習近平「親ロ外交」に変調 カギ握る外相候補放逐の裏側

習近平「親ロ外交」に変調 カギ握る外相候補放逐の裏側
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK177SU0X10C22A6000000/

『誰もが認める親ロシア派で、次期中国外相の最有力候補だった外交官を外務省から放逐して降格――。筆頭外務次官、楽玉成の更迭が公になった14日、中国政界に激震が走った。

「やはりトップ(国家主席の習近平=シー・ジンピン)は、(ロシア大統領の)プーチンとの関係、対ロ外交のカギを握る人物を外す重大な人事を容認した」「この決断には大局を見すえた理由がある」。今後の中国外交を左右する大事件について、関係者らからはこんな声が聞こえてくる。

筆頭外務次官から国家ラジオテレビ総局の副局長に異動した「親ロシア派」の楽玉成氏(同総局ホームページ)

楽の異動先は畑違いの宣伝部門、国家ラジオテレビ総局の副局長だ。既に閣僚級の楽は、共産党の重要決定をする中央委員会の総会に同席できる中央候補委員である。外務次官としては唯一で、党中央外事工作委員会弁公室副主任だった経歴から習にも近いとみられていた。しかも楽の明らかな降格人事の公式発表は、習がプーチンと電話協議した15日の前日だった。ロシア側が気にしないはずはない。

大騒動の読み解きでもう一つ重要なのが、楽の更迭発表の前日の出来事だ。中国外交トップの共産党政治局委員、楊潔篪(ヤン・ジエチー)がルクセンブルクで米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)のサリバンと4時間半も話し込んでいる。

シンガポールでの米中国防相会談に続いて長時間のルクセンブルク会談が設定されたのは興味深い。これは習と米大統領バイデンの首脳協議に向けての前さばきだった。そのバイデンは18日、近く習と(電話)協議すると明かした。準備は順調にみえる。

「中ロ関係に天井はない」に内部批判

どうやら楽の奇怪な異動は対ロ外交、対米外交、そして中国の内政の全てに関係がありそうだ。まずは対ロ外交である。今年59歳の若手のホープが消えた経緯を目の当たりにした関係者の頭をよぎったのが、2月4日の北京での中ロ首脳会談後の突出した発言だった。

「中ロ関係に天井はない。永遠に上り続け、終着点はなく、ただ(途中にエネルギーを充塡する)給油所があるだけだ」。はしゃぎすぎの発言はバイデン政権や米議会関係者らに執拗に引用され、中ロのただならぬ外交、経済、軍事的な結託を決定付ける証左として流布された。

習近平国家主席は69歳の誕生日だった6月15日、プーチン・ロシア大統領と電話協議した(2月4日、北京での中ロ首脳会談)=AP

2月4日時点で、中国が同24日からの首都キーウ(キエフ)を含むウクライナへの大規模攻撃を予測するのは難しかった。だが中国が何も知らなかったわけではない。ロシアに独自パイプを持ち、プーチンの言動も知る立場にある楽は、少なくともロシアが東部地域にいずれ侵攻する可能性を察知できたはずだ。本来、習に危険性を強く耳打ちし、抑え役に回るべきであった。

それなのに楽は突っ走る。仮に習の黙認、後ろ盾があったとしても、プロの外交官としては天真爛漫(らんまん)で不用意すぎた。ここまで親ロの色が出てしまうと、ロシア軍と激闘中のウクライナ側から信用されるはずもない。今後、もし中国に両者の仲介に乗り出せる好機が到来しても、外交の表舞台には立てない。

米ロ両方とのバランスを重視する「外交的穏健派」は中国内で相当な力を持つ。そこには長老、老幹部らも含まれる。その穏健派からも楽の発言について「習主席を標的にした米国の立法にまで悪用された。責任は重い」という批判の声が噴出した。楽はある意味、今秋の共産党大会を前にした内政上の含意もあるターゲットにされた。背景が複雑な「舌禍事件」に仕立て上げられたとみてもよい。

では、なぜ絶大な権限を持つはずの習が、ブレーンを放逐する人事にストップをかけず、容認したのか。そこには今後の中国外交の針路に絡む大局的な判断があった。楽の扱いは、秋の党大会での指導部人事と来春の閣僚人事で中国外交の布陣をどうするのかに大いにかかわる。

外相レース混沌、対米外交担う人材欠如

外交トップの楊潔篪は既に72歳で引退が確実だ。後任として有力なのが国務委員兼外相の王毅(ワン・イー)である。習と同じ69歳になるため、年齢を巡る内規に触れる。だが傑出したライバルが見当たらない。駐日大使を務めた王はアジア、そして中東・アフリカ外交などで経験を積んだが、対米外交で実績がない。

対米外交は知米派の楊潔篪・共産党政治局委員(中央)が主導し、王毅国務委員兼外相(中央左)は脇役だった(米アラスカでの米中外交トップ会談、21年3月)=ロイター

王が昇格する場合の後任の外相として楽の名が挙がっていた。ロシア語を学んだ後、外務省のソ連・東欧局に配属され、2度ロシア大使館に勤務した。若くして駐インド大使も務めた。米欧への対抗心をむき出しにする「戦狼(せんろう)外交」がもてはやされる習時代の寵児(ちょうじ)として、うってつけの人材にみえた。

ただ、ここで大問題が生じる。中国にとって今後とも死活的に重要なのは、良くも悪くも対米外交である。もし外交トップがアジア派の王、外相がロシア派の楽という布陣なら、大切な対米外交の手綱を握る知米派外交官が不在となる。

はっきり言えば王・楽のコンビでは偏りすぎで中国外交が成り立たない。こんな単純な事実が見過ごされていたのだ。つまり楽の異動は早くからひそかに検討されていたと考えるのが自然だ。そして最後は習もうなずいた。いずれにせよ習の親ロ外交路線の変調ではある。これで中国の次期外相レースは本命不在になり、混沌としてきた。今や適当な知米派の人材は少ない。

一方、楽の更迭発表までには曲折があり、多くの疑問が残る。ラジオテレビ総局への異動はまず香港紙が5月下旬に報じた。その後、同総局ホームページの指導者紹介欄には一時、楽の名が明記され、後に消えたという。これを受けて「指導部内での激しい議論の結果、発令は見送られた」という解釈も広がった。だが、最後は報道通りの発表となった。

この間、中国の一部ニュースサイトは正式発表前なのに見出しで確報のように伝えている。ラジオテレビ総局のホームページの混乱の証拠は、中国のポータルサイトに残る画像で確認できる。統制が厳格な共産党体制下では不可解な現象だ。内部で何らかのもめごとが起きていた可能性が高い。

ブレーン不在で誕生日に中ロ協議

これまで中ロ首脳会談の下準備、応答要領をつくる責任者が楽だったのは間違いない。中ロ国交樹立70年でも党理論誌に「中ロ関係の新時代を共に創ろう」と題した論文を寄稿していた。その楽が6月15日の中ロ電話協議の際はまったく不在だった。侵攻直後だった2月25日の電話協議では、習はロシアの圧倒的優勢を確信していたはずだ。だが、ロシアも苦境にある今回、雰囲気が一変したことは想像に難くない。

習近平氏66歳の誕生日をケーキやアイスで祝うプーチン氏(2019年6月15日、タジキスタン)=中国国営中央テレビネットニュース

注目すべきは電話協議した6月15日が習の69歳の誕生日だったことだ。双方の公式報道では、プーチンが習に「誕生日おめでとう」と伝えたくだりはない。だが、過去の経緯を知る人物は「普通に考えて、おめでとうという言葉はあっただろう」とみる。

なぜなら、それが慣例なのだ。例えば19年6月15日、プーチンはタジキスタンで習に66歳の誕生祝いにロシア製アイスクリームを贈り、共にシャンパングラスを傾けた。習は返礼に中国茶を贈った。中国国営テレビは66と書いたケーキを前にした両首脳の写真をウェブサイトで公開した。

プーチンもその前年、インタビューで「おそらく習氏にとって私は誕生日を共に祝った世界で唯一の指導者だ」と語っている。今は空気が異なる。習・プーチンの親密さを監視する国際的な厳しい視線を意識するなら、誕生日を祝う言葉を不用意に公表できない。中国はウクライナ情勢の影響にひどく悩み、神経質になっている。

バイデン米大統領(左)と中国の習近平国家主席=新華社・共同

バイデンの予告通り、近く米中電話協議があれば、ウクライナ情勢が最大の焦点になる。習の最近の言葉には、機が熟せば停戦の仲介役をいとわない姿勢もにじむ。それにはロシアだけに偏らず、まず米国、そして米国から支援を受けるウクライナと腹を割った話をするパイプが必要だ。

習は配下の外交当局にバイデンとの協議を最優先案件として準備させる一方、プーチンとの電話を前に親ロ路線の象徴だったブレーンを切り、外相選びも振り出しに戻した。ここから見ても、党大会を前にした中国指導部の最大の懸案が、危機にひんする対米外交の立て直しであることは間違いない。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』