「強すぎるドル」の波紋 引き締め競争、勝者なき消耗戦に

「強すぎるドル」の波紋 引き締め競争、勝者なき消耗戦に
ニューヨーク=斉藤雄太
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN16EP90W2A610C2000000/

『国際金融市場で米ドルの強さが際立っている。インフレ退治に出遅れた米連邦準備理事会(FRB)の急速利上げがマネーをひき付け、物価抑制につながるドル高を米当局も容認する。通貨安とインフレ圧力が強まる他国は対抗利上げを強いられ、危うい「引き締め競争」の影もちらつく。

「物価高が中央銀行に金融引き締めを迫り、通貨にはプラスとなる力学が働いている」。バンク・オブ・アメリカのFXストラテジスト、ジョン・シン氏は足元の外国為替相場の特徴をこうみる。

ドルは今年に入って独歩高が進み、主要な先進国通貨に対する強さを示す指数は昨年末から9%上昇した。約20年ぶりのドル高水準にある。対円では先週に1ドル=135円台と24年ぶりのドル高・円安を記録した。

FRBは想定以上の物価の強さを踏まえ15日、約27年ぶりに政策金利を0.75%引き上げるなど利上げを急ぐ姿勢を鮮明にした。マイナス金利政策の続く日欧や小刻みの利上げを続ける英国との差が意識され「ドルは引き続き強含む」(バンカメのシン氏)との見方が広がる。

強いドルはインフレ抑制を最優先課題に据えるバイデン政権とFRBにとって追い風になる。物資を安く輸入できるようになり、ドル高が進んだ4月は石油を除く輸入物価の前月比の伸びが緩やかに、5月は約1年半ぶりにマイナスになった。

JPモルガンはドル高が米国の輸入増と輸出減を招き、成長率と物価を押し下げる経路を見込む。同社のエコノミスト、マイケル・フェローリ氏は「今年下期には(ドル高の)米製造業への影響が出てくる」とみる。

「金融引き締め策が機能している証左だ」。前FRB議長のイエレン財務長官は5月、米紙主催のイベントでドル高についてこう言及した。金融環境が広範に引き締まり、過剰な需要が減って物価が下がることを期待する当局からすると、現在のドル高は思惑通りの展開といえる。

1995年にクリントン政権(当時)の財務長官に就いたロバート・ルービン氏は「強いドルは国益」と訴え、日米通商摩擦などで進んだドル安基調を反転させた。足元の米国の動きは「強いドル」志向への回帰を示唆するが、その波紋は世界に広がる。

「新興国で不確実性を高め、ボラティリティー(市場変動)を生じさせている」。ブラジル中央銀行は15日、11会合連続の利上げを決めた後の声明文で、米利上げで生じる余波に警戒感をにじませた。ドル高は米国の貿易相手国の通貨安を招き、輸入物価に上昇圧力をかける。米国への資金シフトも起きやすくなる。

各国は対抗するように利上げに踏み切っている。アジアでは5月以降にインド、マレーシア、フィリピンなどが動いた。欧州中央銀行(ECB)が7月の利上げ方針を示し、スイスの中銀が約15年ぶりに政策金利を引き上げたのも同じ流れにある。

トランプ前政権はFRBに露骨に金融緩和圧力をかけてドル安誘導と輸出の促進を狙い、他国は「緩和競争」「通貨安競争」に身構えた。現在は正反対の動きが起きている。米ハーバード大のジェフリー・フランケル教授は言論サイトで「逆通貨戦争に備えよ」と訴え、各国が通貨高をめざす展開を予見する。

FRBの政策転換が世界を揺らしてきたことは歴史が証明する。

前回、0.75%の利上げに踏み切った1994年11月のすぐ後にはメキシコが通貨危機に陥った。北米自由貿易協定(NAFTA)の成立などで成長期待の投資マネーを集めてきた同国だが、政情不安や米利上げが重なり、資金流出が加速した。メキシコの外貨準備は急減し、変動相場制に移行した通貨ペソは暴落した。

2013年5月には当時のバーナンキFRB議長が量的緩和の縮小(テーパリング)を唐突に示唆したのを機に、新興国通貨が急落する「テーパータントラム」が起きた。インドの通貨ルピーやインドネシアのルピアの対ドル相場は数カ月間で2割超下落した。

今回も既に変調の兆しがみえる。国際金融協会(IIF)によると、米利上げが始まった3月以降、新興国の証券市場からは3カ月連続で計200億ドル(2.7兆円)規模の資金が流出した。米ピーターソン国際経済研究所のアダム・ポーゼン所長はドル高が進めば「ドルで借金している国やエネルギー・食品の(輸入)代金を払っている国は厳しくなる」と指摘。「金融の脆弱性で最も心配されるのは新興国債務だ」とみる。

「ドルが世界的に広く使用されていることは金融安定の課題をもたらしうる」。17日、ドルの国際的役割を討議する会合でパウエルFRB議長はこう指摘し、危機時のドル供給の枠組みなど安全網の存在を挙げた。金融システム面での備えを説明したものだが、金融政策を通じたドル高が他国に及ぼす悪影響を和らげられる妙手はない。

新型コロナウイルス禍からの回復途上にある世界経済は引き締め競争に耐えられるほど盤石ではなく、拙速な利上げは景気減速に拍車をかける。「強いドル」は勝者なき消耗戦を引き起こす恐れがある。

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