習近平が突然署名した「非戦争軍事行動綱要」とは一体なにか

習近平が突然署名した「非戦争軍事行動綱要」とは一体なにか
台湾侵攻を「戦争」と呼ばないため?
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/70592

『(2022.6.16(木)福島 香織)

6月13日夜、CCTV新聞聯播、新華社通信が相次いで、習近平が「軍隊非戦争軍事行動綱要」(試行)発布に署名し6月15日から施行されると報じた。

 これは突然の発表で、綱要も全文はまだ報じられていない。非戦争軍事行動とは一体何なのか。そしてなぜ、突然、アジア安全保障会議(シャングリラ対話)が閉幕したタイミングで、習近平はこの綱要に署名したのか。

台湾侵攻を「戦争」と呼ばないため?

 新華社の最初の記事は極めて短い。

「習近平中央軍事委員会主席は、このほど、軍隊非戦争軍事行動綱要(試行)に署名し発布した。2022年6月15日から施行される。

 綱要は、習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想による指導を堅持し、習近平の強軍思想を徹底的に実行し、国家安全保障の総体的な概念を堅持し、リスクと課題を効果的に予防・解決し、突発事件に対応して処置し、国民の生命財産安全を守り、国家主権、安全、発展利益を維持し、世界の平和と地域の安定を維持し、軍事パワーの運用を創新し、軍隊の非戦争軍事行動にルールを課し、効果的に新時代の軍隊の使命、任務を履行させることに重要な意義をもつ。』

『綱要は6章59条からなり、任務の実践経験を真摯に総括し、軍の関連する理論の成果を汲み取り、主に基本原則、組織指揮、行動類型、行動保障、政治工作などの系統だった規範を進めることで、部隊が非戦争行動を遂行するための法的ルールの根拠を提供するものである」

 これだけだ。なので、具体的に何を狙ってのことかは様々な意見がある。

 一般的に言えば、非戦争軍事行動とは、国連平和維持軍のような活動や、大災害などの救援活動、あるいは反テロ活動、密輸や麻薬の取り締まり、または国内の暴動・動乱の鎮圧、あるいは軍事威嚇などだ。

 ネット上では「これは、プーチンの言う『特別軍事行動』と同じようなことを、習近平がするつもりではないか」「戦争をするつもりだが、戦争と呼びたくないのだろう」といった声があふれた。

 つまり、一部のネット民たちは、シャングリラ対話の最終日に中国の魏鳳和国防相が「もし台湾を(中国から)分裂させようとする勢力がいれば、我々は戦争をいとわない。代価を惜しまず最後まで戦う」と演説したのを思い出し、「戦争をいとわない」と言ってしまった国防相の失言を補うために、台湾侵攻を「戦争」と呼ばないための綱要を発布したのではないか、と想像したのだった。

以前からあった「非戦争軍事行動」法制化の動き

 実は人民解放軍はかなり長らく「非戦争軍事行動」について研究してきた。

 2015年に「世界非戦争行動軍事年鑑2014」が軍事科学院非戦争軍事行動研究センターから発行されている。主に紙幅を費やしているのは、世界のイスラム過激派によるテロ事件はじめ様々な国際テロ事件の事例と分析、その対抗手段に対する考察、研究である。そのほかに、暴動・暴乱、災害救援救難、国家権益維持活動、安全保障警戒行動、国際平和維持活動、国際救援行動、国連演習などを非戦争軍事行動と位置付けていた。』

『「香港明報紙」によれば、軍事科学院世界軍事研究部元副部長の羅援が2010年ごろ著書で、解放軍も非戦争軍事行動に関わることが今後多くなってくるので、早急に非戦争軍事行動に関わる法整備を急げ、と主張していたという。解放軍が海外に出て活動する場合、その活動が合法的でありルールに従った非戦争軍事行動であってこそ、軍が国外に出ることが正当化されるからだ。

 羅援は当時、中国の改革開放がさらに進み、戦略的利益の開拓がさらに進めば、解放軍の国外での非戦争軍事行動は日増しに多くなるだろうと指摘していた。そして、それが中国の国際イメージに直接関係し、主権と戦略利益にも関わってくる。そうした行動において法律による国家利益と軍人の権益を守り、軍隊と軍人の行為を規範化することは、解決すべき喫緊の課題だ、と主張していた。

 2010年当時の中国を取り巻く国際環境を考えると、羅援は国際社会において、中国が大国化し、解放軍が米軍のような世界の警察の役割をする日をイメージしていたのかもしれない。

 羅援は、こうした非戦争軍事行動にかかわる法整備が、国家が関わる軍事行動における主権、尊厳、戦略的利益を守るものだと訴えていた。だが、習近平政権になってしばらく、この非戦争軍事行動に関する法制化の動きは止まっていた。
台湾進攻の準備の一環か

 では、今回、習近平が突然「軍隊非戦争軍事行動綱要」に署名したのはどういうわけか。なぜ今のタイミングなのか。背景について、ネット上のチャイナウオッチャーたちの見方は大まかにいえば4つに分かれる。

 1つは、これは習近平の台湾進攻の準備の一環ではないか、という見方だ。プーチンがウクライナに対する侵略戦争をあくまで戦争とはいわず、宣戦布告もせず、「特別軍事行動」と位置付けたことにならって、習近平も台湾進攻を行うときは、戦争という言葉を使わず「非戦争軍事行動」と言うために、急いで法整備をするためにまず綱要を発布した、というわけだ。

 台湾の軍事評論家、亓楽義は、米メディア「ラジオ・フリー・アジア」の取材に答える形で次のように解説していた。

「(長年、中国共産党が研究してきた非戦争軍事行動について、今、初めて綱要が公布されたのは)ロシアのウクライナ戦争と直接関連があるだろう。ロシアはウクライナ戦争を特殊軍事行動と定義し、侵略ではないとしている。その目的は反ナチズムを主張するためだ(ロシアはウクライナのアゾフ大隊がナチズム、レイシズム組織であると主張)。共産党はこの綱要を実施することで、将来の台湾、南シナ海に対する軍事行動の定義を、法的に非戦争であるとすることができる」』

『「今後、中国が武力で台湾を侵攻しても、習近平はこれを戦争とは言わない。なぜなら、戦争とは2つの国の間に起きるもので、習近平はこれを特殊軍事行動、あるいは非戦闘軍事行動と主張し、国内の分裂問題を解決するためだと言うだろう」

 さらに亓楽義は、綱要が「軍事パワー運用の創新」に触れていることに注目する。「この言葉は非常に重要だ。これは一種の伏線で、将来の軍事パワーは必ずしも戦争発動のため、いわゆる伝統的戦争のために運用されるものではないということだ。では、どのような創新(イノベーション)を行うのか?」「これは、未来の台湾作戦、南シナ軍事行動で運用するために、今後さらに深化させて定義され、法的根拠も作られていくだろう」

 具体例として考えられるのは、戦争を引き起こすまでには至らない軍事行動、しかし問題を解決できるようなもの。たとえばコソボ戦争で、米国はユーゴスラビアの中国大使館を爆撃したが、この攻撃で中米戦争は引き起こさなかった。このほか、米国はかつてドローンを使ってイラン軍のソレイマーニー司令官を殺害したが米国・イラン戦争はおきなかった。こうした米国の過去の戦いを参考に、中国は非戦争軍事行動の定義、ルール作りを行っていくかもしれない。

習近平が打倒しなければならない反体制派

 2つ目の見方は、天安門事件のような国内動乱や反体制派の鎮圧に軍事力を使うための法整備を考えているのではないか、ということだ。

 天安門事件の学生リーダー、王丹はフェイスブックで、この綱要署名は、国内の反対勢力を脅し、台湾を対象にしたものだろう、と指摘していた。

 在米中国人学者で政治思想家の劉仲敬はツイッター上で、「習近平は信頼できる部下がおらず、将来2~3年内に反体制集団を打倒しなければならない。彼は日常任務の中で、特別なプロセスを経ずに必要な資源を徴発し、フルシチョフ式の政変を行い、毛沢東式の軍による大衆管理を行って走資派(筆者注:右派、親米派)を打倒し、鄧小平式の大衆弾圧事件を起こし、江沢民式の災害救援を行い、習近平式の感染症対策を行い、プーチン式の戦争を行う」と指摘していた。

 つまり、習近平が非戦争軍事行動綱要に署名した目的は、反体制派打倒、大衆管理や走資派打倒、天安門事件のような軍を使った大衆動乱鎮圧、あるいはゼロコロナ政策実施に軍を動員する状況から、台湾や南シナ海(あるいは日本の尖閣諸島)でプーチン式戦争を行うなど、あらゆる軍事行動を想定している、というわけだ。』

『南太平洋の警察にならんとする中国

 3つ目は、中国が「世界の警察」になるための準備、という見方だ。

 4月、中国とソロモン諸島が安全協議に調印し、人民解放軍がソロモン諸島政府の要請を受ければ、ソロモン諸島内で軍事行動を行うこともできるようになった。

 南太平洋島嶼国10カ国との包括的地域協力の合意調印は失敗したが、南太平洋島嶼国の中には、中国との安全保障協力に積極的な国もあるという。自国の安全を自軍で守れない一部の途上国は、米国など先進国に安全保障を頼らざるを得ないが、植民地の歴史やアングロサクソン的蔑視への反感から、米国よりも中国に頼りたいという意見もある。本当は中国の方が差別意識が強いのだが、そのことはあまり知られていないからだ。

 中国はこうした要請に応える形で、米国に代わって地域の警察を名乗り、「世界の安全保障枠組みのリーダー」にならんという野心を抱きつつある。それは一帯一路沿線に軍事基地を設置し、米軍と対峙していこうという野心にもつながっている。

 オーストラリアメディア「ABC」は、北京在住の政治評論家、呉強の次のようなコメントを紹介していた。

「(綱要への署名は)中国とソロモン諸島の安全協議と関係があると思う」「ソロモン諸島内で社会の不安定化、政変など安全問題が起きた時、ソロモン諸島政府が許可すれば解放軍はこれに干渉できるようになった。この綱要は、中国がこうした軍による外国内政干渉を行うための法律を作る基礎となる」

軍のトップの立場から反習近平派を恫喝?

 4つ目は、習近平による軍事政権化の意図を反映しているという見方だ。

 YouTuberの江森哲は、この綱要の署名が、党中央軍事委員会主席としての単独の署名であることに注目。普通ならば総書記、国家主席、中央軍事委員会主席の3つの肩書を羅列することが多い。このことから、この綱要署名が軍のトップとしての単独の行動、決定なのではないかとみる。

 新華社配信記事には、いつも言及する「習近平を核心とした党中央」という言葉もない。ここから想像をたくましくして、党大会を前に、党中央指導部内で、習近平の次の党大会での引退を求める声が強まり、習近平はこれに反撃すべく軍のトップの立場で「突発事件の対応処置」を含めた非戦争行動綱要に署名、発布したとも考えられる。突発事件として、党内アンチ習近平派からの宮廷クーデターっぽいものを想定しているとしたら、この綱要署名は、党内反習近平派に対して、軍のトップの立場からの恫喝、というわけだ。ならば、習近平は党中央の集団指導体制をつぶすために軍事政権化するのではないか、党中央と軍の分裂、対立する可能性を反映しているのではないか、と江森哲は言う。

 習近平は軍の政治干渉をずっと警戒して、軍制改革を行った。万一、軍事クーデターがあるとすれば、軍の有志が習近平から政権を奪う、というストーリーが想像されていた。中国共産党史における“軍事クーデター”事件といえば、葉剣英元帥らによる「四人組」(毛沢東とともに文革を主導した4人の政治指導者)逮捕があるが、習近平は四人組ではなく葉剣英側になる、ということだろうか。さすがにそれは想像力を羽ばたかせすぎだろうか。

 いずれにしろ、この綱要署名は我々中国周辺の民主主義国家からすれば喜ばしいニュースではない。単なる党大会前の習近平の政治パフォーマンスならばよいのだが、習近平が軍事行動に打って出るという最悪の事態を想定して受け止めるべきだろう。』