プーチン体制、アリの一穴どこに 占領維持に巨額負担も

プーチン体制、アリの一穴どこに 占領維持に巨額負担も
Global Economics Trends 欧州総局長 赤川省吾
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR160KV0W2A610C2000000/

『ロシアによるウクライナ侵略からほぼ4カ月が過ぎた。主要7カ国(G7)などの制裁にもかかわらずロシア経済は崩壊を免れ、戦争が長引く。いつまでロシアは戦争を続けることができるのか。プーチン体制はいつまで持つのか。ヒントは意外にもロシア本体ではなく、ロシアの影響下にあるウクライナ東部地域にあるのかもしれない。
資金源を断ち切れていない

大義なき戦争を終わらせるにはロシアの資金源を断つ必要がある。G7は石炭と石油の禁輸で合意した。だが、次の焦点であるガスの禁輸に踏み込んだとしても即効性には欠ける。中国やインドなどが依然としてロシア産エネルギーを買い支え続けており、西側の制裁効果を打ち消している。

経済制裁が戦況を変える特効薬ではない、との見方は早い段階からあった。
経済制裁は継戦能力にさほど影響しない

旧ソ連諸国の研究で知られるウィーン国際比較経済研究所(WIIW)のワシリー・アストロフ氏らは、4月の論文で、ロシア経済は2ケタのマイナス成長に陥る恐れがあるとしつつも、次のように指摘した。「制裁はロシア経済に深刻な影響をもたらすが、ロシアには財政的な余裕がある。短期的には、戦争の継続能力を奪う効果はそれほどない」(Russia’s Invasion of Ukraine)。

同論文は、ロシアの弱点は財政力よりも、「兵員と軍装備を使い果たす」リスクだと指摘する。熟練兵や重火器は簡単に補充できないからだ。実際、欧米諸国から武器供与を受けて一部地域で攻勢に転じたとされるウクライナに対し、損失が膨らんだロシア軍は、冷戦時代の旧式戦車を配備し始めたと伝わる。

むろん経済制裁がまったく無意味というわけではない。スウェーデン出身の著名なロシア研究者、アンダース・アスランド氏らは2021年の論考で、14年のクリミア併合後に実施された対ロシア制裁の効果を調べている。当時の制裁は小規模な資産凍結などにすぎなかったが、それでもロシアの成長率を最大3ポイント押し下げたという(The impact of Western sanctions on Russia and how they can be made even more effective)。

外部からの圧力だけが手段ではない

もっとも、経済制裁やウクライナへの武器供与だけが、ロシアへ打撃を与える手段ではない。実は、ロシアがウクライナ南部や東部を長く支配すれば、その負担が自らの経済を危うくするリスクがある。占領地域で住民の反ロシア感情を抑え込むには、金融システムの安定や社会保障制度の充実を図る必要があり、ロシア本体からの膨大な補助金が不可欠となる。
ロシアが実効支配するウクライナ南部クリミア半島を移動するロシア軍の装甲車両の列=AP

ヒントになるのがロシアに併合されたクリミア半島の維持コストだ。アンダース氏の論考によれば、年に20億ドル(約2700億円)が必要という(KREMLIN AGGRESSION IN UKRAINE: THE PRICE TAG)。

米議会が運営を支援する自由欧州放送(ラジオ・フリー・ヨーロッパ)は21年9月末、親ロシア派勢力が実効支配する東部ウクライナに、ロシアが124億ドルを支援すると報じたことがある(Russia Plans To Spend $12 Billion In Separatist-Held Parts Of Ukraine)。

巨額の支援が積み上がっていく

一見すると規模が小さいようにみえるが、注意すべきは、これが全面侵攻前の金額であるということだ。ロシア影響下の地域はいずれも激しい戦場となったところだ。激戦地の都市インフラはほぼ完全に破壊され、今後、巨額の復興費用が加わることになる。

この地域は経済状況の悪化も著しい。例えば4月のウクライナのインフレ率は平均16%だったが、ロシア占領下のヘルソン州は37%に達したとウクライナ中銀のニコライチュク副総裁が明かしている。「ロシア占領地域では物資の搬入が妨げられている」のが、需給逼迫の理由だという(輸出ルートの寸断 景気の重荷に)。

要衝の港湾都市マリウポリを陥落させたロシアは支配地域の拡大を誇示するが、経済的には間違いなく重荷となる。ウクライナ側はこれからもG7の手厚い支援が期待できるが、ロシア支配地域は、制裁を受けて弱っているロシアが単独で支えなければならない。
歴史は拡張主義に味方しない

勢力圏とみなす地域を力ずくで従わせ、傀儡国家を建てようとする「プーチン・ドクトリン」。ロシア近現代史を振り返れば、そうした拡張主義が逆に重荷となってきた経緯がある。

冷戦時代のソ連・東欧ブロックにはコメコン(経済相互援助会議)と呼ばれる経済協力の枠組みがあり、ソ連は安い原油などを補助金として東欧の衛星国家にばらまいていた。第2次大戦で手に入れた勢力圏をなんとしても維持したかったからだ。それが1980年代前半に揺らぐ。ソ連経済に余裕がなくなり、補助を徐々にカットせざるを得なくなった。

ハンガリーはソ連に見切りをつけて経済改革に取り組み、西側に接近した(写真はブダペストの国会議事堂)

世界銀行が91年にまとめた論文によれば82年から87年までの5年間で、旧東ドイツ、ポーランドなど東欧6カ国に対する補助は、ぼぼ20分の1に圧縮された(The transformation of economies in Central and Eastern Europe)。だからこそハンガリーなどがソ連を見切って経済の自由化を推し進め、89年の東欧革命につながった。

ロシアはソ連の失策を繰り返すのか

経済的に苦しかったにもかかわらず、ソ連は1979年、アフガニスタンに介入した。これは失敗に終わり、国力の低下を世界に印象づけた。「指導者たちは経験や直感、特に威嚇に頼りすぎた。組織の風通しが悪く、シニシズム(冷笑主義)や出世主義などがはびこっていた」。オバマ政権で情報機関を統括する国家情報長官代行などを歴任した元米外交官デビッド・ゴンパート氏らの著書では、敗因がこう分析されている(Blinders, Blunders, and Wars)。

これはいまのロシアにもあてはまる。まだプーチン大統領を支える新興財閥(オリガルヒ)や治安・軍要員(シロビキ)が離反する動きは、それほど目立たない。だが時代遅れの帝国主義がじわじわとプーチン政権を追い詰め、盤石に見える体制に穴を開け、寿命を縮める可能性がある。

ただ、それを時間をかけて待たなければならないとすれば、ウクライナにとってはあまりに酷な話である。

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Global Economics Trends
【記事中の参照URL】
■Russia’s Invasion of Ukraine(https://wiiw.ac.at/russia-s-invasion-of-ukraine-assessment-of-the-humanitarian-economic-and-financial-impact-in-the-short-and-medium-term-dlp-6132.pdf)
■The impact of Western sanctions on Russia and how they can be made even more effective(https://www.atlanticcouncil.org/in-depth-research-reports/report/the-impact-of-western-sanctions-on-russia/)
■KREMLIN AGGRESSION IN UKRAINE: THE PRICE TAG(https://www.atlanticcouncil.org/wp-content/uploads/2018/03/Kremlin_Aggression_web_040218_revised.pdf) 
■Russia Plans To Spend $12 Billion In Separatist-Held Parts Of Ukraine(https://www.rferl.org/a/russia-ukraine-donetsk-luhansk-/31479593.html)
■輸出ルートの寸断 景気の重荷に(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR191820Z10C22A5000000/)
■The transformation of economies in Central and Eastern Europe(https://documents.worldbank.org/en/publication/documents-reports/documentdetail/426401468749061115/the-transformation-of-economies-in-central-and-eastern-europe-issues-progress-and-prospects)
■Blinders, Blunders, and Wars(https://www.rand.org/content/dam/rand/pubs/research_reports/RR700/RR768/RAND_RR768.pdf)

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鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
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ひとこと解説

制裁の効果は様々な形で現れるが、金融面、資金面での制約は限界があり、ガスの輸出や中国、インドといった顧客がいる限り、経済制裁の効果は限定的になる。それよりも兵器の製造、運用が難しくなるということの方が効果がある、という見立ては正しい。ただ、資金面でのカギになるのはウクライナ南部など、ロシアが支配した地域に向けての復興やバラマキの資金。ロシアの財政からの支出になると、かなりの負担となり、戦費調達と共に資金は厳しくなる。これまでも言ってきたが、カネとタマ(資金と武器)の切れ目が戦争の終わりとなるので、金融制裁、工業製品禁輸制裁は効いていると考えてよいと思う。
2022年6月19日 12:37
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赤川省吾
日本経済新聞社 欧州総局長
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ひとこと解説

状況は第二次世界大戦直後の状況と似ています。当時は…
西欧:米国がマーシャルプランで復興支援
東欧:ソ連が衛星国家(親ソ共産党員による実質的な傀儡政権)を各地に設立し、マーシャルプランを受け取らないように圧力をかけた。代わりに安い原油などを供給し、不満が出ないようにした。

これは大失敗。西欧はマーシャルプランで高度成長を遂げる一方、東欧は復興が遅れました。その後、ソ連•東欧ブロックは経済格差を埋めようとましたが、果たせず体制崩壊に向かいます。

歴史的な教訓:ウクライナに対する圧倒的な経済支援がロシアを崩壊させるために必要。ここで日本ができることは多いと思います。
2022年6月19日 16:59 』