ウクライナ、統治の行方 欧州の識者に聞く

ウクライナ、統治の行方 欧州の識者に聞く
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR200F10Q2A520C2000000/

『ロシアがウクライナに軍事侵攻して約4カ月がたつ。東部や南部で激しい戦闘が続き、欧州連合(EU)加盟を目指すウクライナを支援する西側諸国の間でも、停戦や戦後統治に関して様々な観測や意見が出ている。欧州の外交担当者らに今後の焦点などを尋ねた。

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平和的な「分割」はない 元英NATO大使 ピーター・リケッツ氏

Peter Ricketts 1974年に英外務省入省。NATOの英国大使などを経て2006~10年に外務次官。その後フランス大使も歴任

ロシア、ウクライナともに完全な勝利を収められず、数カ月は戦闘が続くだろう。当初の目標を縮小せざるを得なくなったロシアは、東部ドンバス地方とクリミア半島につながる回廊の掌握を戦果として受け入れる可能性はある。

だが自国領土を失う結果をウクライナのゼレンスキー大統領が容認するはずがない。ロシア軍をできるだけ後退させるために戦い続けるだろう。朝鮮半島のような国の分割論が浮上するかもしれないが、平和的解決には至らない。

西側諸国の間でロシア軍をウクライナ領から全て追い出すべきか意見が割れている。クリミア半島からロシアを押し出すことは難しく、ゼレンスキー大統領もそれを期待しているとは思わない。

西側諸国の大きな目的は、ロシアによる国際法違反の侵略行為への責任を明確に示すことだ。軍事支援はロシアの勝利を防ぐためにある。最終的に停戦にこぎつけても、英国をはじめとする欧米諸国は長期にわたってロシアに経済制裁を続けることになる。

対するプーチン大統領は核兵器使用をちらつかせ、欧米諸国に恐怖をあおっている。ただ本気で使う気はなく、政治的なテコとして発言しているというのが私の見解だ。

核投入には中国も強く反対する。ひとたび使えばロシアの国際的な孤立は決定的で、同盟国を完全に失うことになりかねない。核兵器を使う可能性のある唯一の状況はロシアの存立が危うくなった場合だが、今回の戦争はウクライナで何が起きてもロシアの存在は脅かされることはない。

プーチン政権が揺らいでクーデターが起きる状況は短期的には考えられない。プーチン氏は22年にわたり政権を掌握し統制も強化してきた。長期的にあり得るなら、ウクライナ侵攻がロシアに深くダメージを与える間違った判断だと広く認知された場合だ。

正確な類似例ではないが、ソ連のフルシチョフ首相は1962年のキューバ危機の対応を機に失脚し解任された。こうしたプロセスはあり得ると思うが、あっても数年かかるだろう。プーチン氏の健康問題は真偽を知らない。長年の外交経験では情報の間違いも多かった。こうした臆測は注意して分析した方がいい。

現段階ではトルコがスウェーデンやフィンランドの北大西洋条約機構(NATO)の新規加盟に反対している。ただトルコの究極の目的は自国の利益となる代償をNATO加盟国から引き出す短期的な条件闘争だろう。トルコが長い間2カ国の加盟を阻止すれば、米国からの圧力も強まり利点は少ない。私は2カ国の加盟を楽観的にみている。

今回の戦争は第2次世界大戦以降、最悪の軍事衝突で、NATOと欧米諸国の関心や能力の優先度がアジア太平洋から一時的に離れるのは避けられない。ただ戦争の長期化に伴い、戦闘の強度は下がってくる可能性が高いだろう。

インド太平洋が地政学的に重要な地域との認識は変わらない。NATOや欧米諸国において中国への警戒も含めたアジア地域に対する関心や優先度はすぐに戻るだろう。

(聞き手は中島裕介)

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EU加盟でロシアくじく ウクライナ元最高会議外務委員長 ハンナ・ホプコ氏

Hanna Hopko 2014年~19年にウクライナ最高会議(議会)外務委員長。親欧米で知られ、各国へ支援の働きかけを続ける

ロシアの侵略が続くなかで、ウクライナの未来を示す焦点のひとつとなるのが欧州連合(EU)加盟に向けた前進だ。次のEU首脳会議で、ウクライナが「加盟国候補」として認められるように懸命に働きかけている。課題や行程を明確にして、EUの規範に沿った改革や復興を進めることが加盟への近道になる。

加盟国候補の承認は、欧州で勢力圏を主張するロシアの帝国主義的な試みの失敗を意味する。戦争の突破口になるかもしれない。逆にEUが後ろ向きならば、ロシアは私たちの緊張や失望をあおるプロパガンダの材料にするだろう。停戦交渉を複雑にし、戦争をさらに長引かせかねない。

ロシアによる侵略は2月24日に始まったわけではない。実際は(ロシアがウクライナ南部クリミア半島の併合を一方的に宣言した)2014年から8年以上続いている。

ウクライナに対するEUや北大西洋条約機構(NATO)の曖昧な態度は侵略拡大を招いた。プーチン大統領との融和は幻想で、米欧は14年にロシア産石油の禁輸など厳しい制裁に踏み込むべきだった。ロシアへの譲歩となり、事態が本格的な戦争に発展するのを止められなかった。

明らかなのはウクライナが14年以前より強くなったということだ。国家や民族の存続の危機に直面し、EUやNATO加盟に近づこうと改革を重ねてきた。ロシア語を主に使っていた国民がウクライナ語を話し始めるなど、ウクライナ人としてのアイデンティティーも再確認されている。

ウクライナの経験はNATOの同盟強化にも貢献できるのではないか。民主主義を志し、守り抜く方法はほかの国々とも共有できるはずだ。

戦争を一刻も早く終わらせるにはプーチン氏に恥をかかせない方策を探るのではなく、圧力を強め続けなければならない。譲歩や妥協はできない。なぜなら、ロシアがほごにした(ウクライナが核兵器を放棄する代わりに、同国の安全を米英ロが保証した1994年の)「ブダペスト覚書」のような枠組みを私たちはもう信じられないからだ。

国際社会の支援に深く感謝する。だが満足しているとは言えない。欧州に戦火を広げないためにはウクライナを支える以外の選択肢はない。私たちは独立と自由、欧州の未来のために闘っている。民主主義は力に屈しないと示そうとしている。ウクライナの勝利は「インド太平洋地域でもロシアのような振る舞いは許されない」と中国に強いシグナルを送ることにもなる。

ウクライナではこの瞬間にも犠牲者が出ている。日常が戻る見通しが立たないまま、強い心を持ち続けるのも容易ではない。それでもクリミア半島や東部ドンバス地方を取り戻すまで、抵抗は終わらないというのが私の考えだ。

プーチン氏がウクライナに固執するのは、ウクライナなしでは帝国を再建できないと考えているからだ。私たちは今、ロシアがソ連のように崩壊に向かうのを目の当たりにしている。ソ連時代から苦しめられてきた人々の尊厳や自由について議論する時が来た。

(聞き手は小川知世)

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欧州は戦後も全面支援 独連邦議会議員 ウルリヒ・レヒテ氏

Ulrich Lechte ロシア・中国に厳しい姿勢をとるリベラル系与党・自由民主党の論客。同党の外交政策担当(写真はPetra Homeier撮影)

心情的にウクライナは欧州連合(EU)に即時加盟、と言いたいが、そう簡単ではない。北マケドニアやアルバニアなどが長い間、加盟を目指して努力しており、ウクライナも(民主主義や人権尊重などを定めた)コペンハーゲン基準を満たす必要がある。

いま必要なのはウクライナを「加盟国候補」と認め、将来は加盟できる、との展望をきちんと示すことだ。この方針を6月のEU首脳会議で決めてもいい。ロシアのウクライナ侵略で西側諸国がひるんでいないというシグナルを発することにつながる。

(正式加盟は)戦争がどう続き、その後の政治体制がどうなるか次第だ。ウクライナが民主主義国家であり続けるかどうかにもよる。いずれにせよ戦争終結後、欧州がウクライナ復興に協力しなければならないのは明らかだ。

ドイツはロシアのプーチン大統領に遠慮し、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟に拒否権を発動した過去がある。それゆえ今回のEU加盟にドイツが反対することはない。

ウクライナ侵略が始まった2月24日は、2001年9月11日の米同時テロと同じような衝撃を欧州大陸にもたらしたと思う。国境が揺らぎ、欧州の平和秩序が危機にひんしている。

だからこそ今回の戦争は非常に重要だ。ウクライナは負けてはならない。戦争という道具を使って自らの利益を押し通そうとする国家が二度と現れないようにウクライナが勝たなければならない。

今は自由主義的な世界秩序や国際協調の枠組みが攻撃されている。21世紀にプーチン大統領が(全面戦争という)20世紀の手段を使うことを許してはならない。

ウクライナが自らの自由のため、欧州の自由のために戦う限り、ドイツは支援を惜しまない。(ウクライナへの重火器供与に慎重とみなされた)ドイツ政府の情報発信のあり方はまずかった。ドイツならではの問題があったと思う。公然とウクライナを支援してロシアとトラブルになりたくなかった。NATOを戦争に巻き込み、戦争の当事者になることも避けたかった。

どう武器を渡すのかも課題だった。これは人知れずやらないといけない。例えば主力戦車レオパルトなどはトラック搬送が無理だ。貨物列車などのインフラが必要で、様々な調整が必要になる。

ドイツは欧州の主導権を握ろうと思っているわけではないが、周囲からの期待が大きいことはわかっている。

ロシアとの経済関係は実質的にすべて清算すべきだ。長年にわたってロシアにだまされ、(エネルギーで)依存してしまった。過ちを認め、少しずつ関係を断ち切っていかなければならない。もはやプーチン政権との政治、経済、金融面での協力は不可能だ。

仮に米国が中国との紛争に巻き込まれれば、欧州の助けを期待するだろう。民主主義国家として結束し、お互いを守る義務がある。我々は強権国家に毅然として対峙し、自由民主主義の基本秩序を守るべきだと思う。

(聞き手は赤川省吾)

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〈アンカー〉 民主主義守る最前線に

民主主義陣営、そして欧州の一員として認められたい――。大国ロシアに徹底抗戦するウクライナ国民の熱意と粘りが国家の行方を変えた。戦争前は「欧州とロシアの緩衝地帯」とみなされたが、今は一転して「民主主義陣営の最前線」との受け止めになった。

戦争が長引き、分断国家になるリスクがある一方、おぼろげながら将来像もみえてきた。日米欧が復興コストを支え、EUは加盟への道筋を示そうとしている。将来はNATOへの加盟論が再浮上するかもしれない。汚職などの課題は山積し、国家安定への道は険しいが希望はある。

6月下旬のEU、主要7カ国(G7)、NATOの3つの首脳会議でのシグナルが極めて大切だ。強権国家を打ち消す希望の光をどこまで明るくできるのか。民主主義陣営の大胆な歩みが問われる。

(欧州総局長 赤川省吾)』