「王子なきハムレット」の愚 創造的破壊を促す政策競え

「王子なきハムレット」の愚 創造的破壊を促す政策競え
本社コメンテーター 小竹洋之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD143UH0U2A610C2000000/

『「経済を考える時には、選挙を考えよ。そして選挙を考える時には、経済を考えよ」。米統計学者のエドワード・タフト氏は、1978年の著書「選挙と経済政策(邦題)」にこう記した。

日本でも同じことが言える。7月10日投開票の参院選では、ウクライナ危機を踏まえた外交・安全保障政策も重要な争点になるが、物価上昇にあえぐ国民の関心はやはり経済政策に向かいがちだ。

各党の公約はどうか。消費税やガソリン税の減免、所得制限抜きの手厚い児童手当、広範な教育の無償化……。野党は非現実的な分配戦略を掲げ、減税や給付の大盤振る舞いを張り合う。

昨秋の衆院選で野党は総じて振るわなかった。バラマキ色の濃い経済公約に、厳しい審判が下ったのは間違いない。それでも「生活安全保障」や「ボトムアップの経済政策」などをスローガンに、似たような主張を繰り返す。

与党は予想以上に成長戦略を押し出した。岸田文雄首相の看板政策「新しい資本主義」を国民に問い、人、科学技術、スタートアップ、脱炭素、デジタルへの投資に広く理解を求める構えだ。
大盤振る舞いに走る危険

だが確たる財源を示さぬまま、資金の投入ばかりを訴えるのはいかがなものか。国費だけで50兆円規模の補正予算案編成を求める声が出ており、与党も同じく大盤振る舞いに走る危険をはらむ。

参院選の経済論戦で競ってほしいのは、財政出動の単なる規模ではない。日本経済のエンジンを再起動する施策の中身である。

かの経済学者シュンペーターは42年の著書「資本主義、社会主義、民主主義」に名言を刻んだ。「産業上の突然変異で経済構造に絶えず内部から革命が起き、古い構造が絶えず破壊され、新しい構造が絶えず生み出されている。この『創造的破壊』の過程こそ資本主義の本質を示す事実だ」

そんな本質を見落とす理論は「デンマーク王子の登場しない『ハムレット』のようなものだ」とも断じた。劇作家シェークスピアの四大悲劇に含まれる名戯曲から、肝心の主役を消去するに等しい愚行とみなしたのである。

日本は安易な痛み止めやカンフル剤を多用し、創造的破壊を促す改革を先送りしてきた。シュンペーターが発した警告を、今こそ真剣に受け止めねばなるまい。

米誌フォーチュンによる世界500社の売上高番付。ここに名を連ねる日本の企業は、95年の148社から2020年には53社に減った。米欧に比べて縮み方が大きい。日本の国内総生産(GDP)が世界に占める割合は、同じ期間に18%から6%に落ちた。
停滞根治の改革に本腰を

技術革新に合わせて産業構造を変えるのが米国型の「イノベーション・トランスフォーメーション」なら、企業の競争力を合併・買収で高めるのが欧州型の「コーポレート・トランスフォーメーション」だ。日本はどちらにも振り切れず、「昭和モデル」の改善と改良でしのいできた――。経営共創基盤グループの冨山和彦会長は、そこに真の病巣をみる。

入れ子構造で知られる伝統的なロシア人形のごとく、ひと回り小さい同質の経営者が次々に出てくるさまを、サントリーホールディングスの新浪剛史社長は「マトリョーシカ現象」と呼ぶ。そしてアニマルスピリットの喪失こそが、日本停滞の病根だと話す。

こうした病を根治する改革に、本腰を入れるべきだ。仏経済学者のフィリップ・アギヨン氏らは、国の豊かさの指標とされる1人当たりGDPの成長率と、開廃業率や特許登録数との間に密接な関係があると分析した。フロンティアを開く民間の活力を引き出すため、政府も効果的な税財政支援や規制緩和に取り組みたい。
マイナス成長常態化の可能性

日本経済研究センターは3月に最新の中期経済予測をまとめた。新型コロナウイルスの感染が22年度中に収束し、ウクライナ危機の打撃が20年代半ばに峠を越す標準的なシナリオでも、30年代にはマイナス成長が常態化する可能性があるという。

企業収益の低迷による設備投資の落ち込みや、少子高齢化の進展に伴う労働力人口の減少が主因だ。産業の新陳代謝や生産性の向上を後押しする努力を、もはやためらっている時間はない。

与党は曲がりなりにも本質の一端を突いてきた。3年間で4千億円の能力開発・再就職支援、5年間で起業を10倍に増やす構想などは一定の成果だ。確かに多くの課題は残るが、より深刻なのは野党の対案の貧しさだろう。

09年に発足した旧民主党政権は、企業の活性化を通じて家計に雇用や賃金の恩恵をもたらす政策から、個人の懐を直接温める政策への転換を目指した。ところが子ども手当や高校無償化などの目玉政策に必要な年間10兆円規模の財源を確保できず、国民の信頼を失った記憶はまだ生々しい。

野党はその失敗を直視した方がいい。分配偏重の経済政策は巨額の財源を要するだけでなく、個人の自立も妨げかねない。大恐慌下のニューディール政策で「大きな政府」を極めたルーズベルト元米大統領でさえ、過剰な救済策を人間の精神を巧みに破壊する「麻薬」に例えたことがある。

もちろん分配は重要だ。コロナ禍や物価高で困窮する人々には、手を差し伸べなければならない。これらの原資を確保するためにも、成長の源泉を探る論戦が不可欠である。「王子なきハムレット」を見せられるのではたまらない。

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