日本狙う中ロ両軍の結託、長引くウクライナ戦闘で転機

日本狙う中ロ両軍の結託、長引くウクライナ戦闘で転機
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK122FD0S2A610C2000000/

『 中国の国家主席の習近平(シー・ジンピン)とロシア大統領のプーチンが結託して日本に海と空から露骨に軍事的圧力をかける中ロ両軍の共同軍事行動。防衛相の岸信夫がシンガポールで中国側に重大な懸念を直接伝えた裏には、かつての常識を超えてエスカレートする極東地域での中ロ軍事連携がある。だが、そのロシアとの空前の軍事協力があだになって中国は今、深刻なジレンマに陥りつつある。

注目すべきは5月24日、中ロの戦略爆撃機が日本周辺で実施した長距離の共同飛行だ。ロシア軍のTU95爆撃機と中国軍のH6爆撃機(中ロ合計6機)の飛行は、米大統領のバイデンが来日した際、中国を念頭に開かれた日米豪印の「Quad(クアッド)」首脳会議に合わせた軍事行動だった。
共同飛行する中国とロシアの爆撃機(5月24日)=防衛省提供

核兵器まで搭載可能な戦略爆撃機の共同飛行は十分、刺激的だが、ロシア側はさらに踏み込んだ海上での示威にも意欲的だったという。「ところが、今回は中国側が日本周辺をぐるっと回るような派手な海上での共同行動をためらった。意外なことに中国は悩んでいる」。国際関係筋は中国が陥ったジレンマを指摘する。

ロシア側の念頭にあったのは、2021年10月、北海道と本州の間の狭い津軽海峡、そして大隅海峡を中ロ両海軍の艦船10隻が初めて一緒に通過し、日本列島をほぼ1周したのと似たような目立つ行動とみられる。

もしバイデン来日中に中ロが日米に対して度を超えた脅しに出れば、日本の世論が沸騰し、米中、日中の間の溝もさらに深くなっていただろう。中国側は、陸から目視できる中ロ艦の津軽海峡通過などより刺激が少ないと判断した空を選んだ。主眼は台湾問題にあり、東シナ海を中心に太平洋と日本海にかかるルートの長時間飛行で十分だった。それでも、外部からみれば、日本けん制を狙う中国が似た思考のロシアを軍事的に支え、ロシアも中国を手助けする相互依存の構図に変わりはない。
中国主導から一転、ロシアが前のめり
並んで航行する中国(右側)とロシアの海軍艦艇(21年10月 、長崎県男女群島の南南東海域)=防衛省提供

ロシアが前のめりで、中国がやや慎重という解さない主客逆転の裏には何があるのか。要因は長引くロシアのウクライナにおける戦闘である。ロシア批判を拒み続ける中国の海空軍が、実際にウクライナ侵略中のロシアの海空軍と極東で組むリスクは大きい。昨年までの中ロ両軍の共同行動とはインパクトが違う。今後も極東で中ロ協力のレベルを上げ続ければ「中ロは軍事的に一体」とのイメージが国際的に定着してしまう。

ウクライナを巡って米国は中国にロシアを軍事支援しないよう要求している。極東であってもそのロシアとの結託は、米国にさらなるケンカをふっかける行為だ。これでは中国共産党大会を控えて必要とされる暫定的な対米関係の安定さえ困難になる。

ウクライナ侵攻の緒戦で失敗したロシアは厳しい経済制裁で困窮している。孤立回避を狙って中国との軍事連携に積極的になるのは当然だ。バイデンの日韓訪問へのけん制でもロシア側の意欲は突出していた。台湾海峡を含む極東の諸処に混乱の種があればウクライナへの注目度が下がる。この観点からみれば、ロシアと北朝鮮の関係緊密化にも注意が必要になる。

中国としては、ロシアの思惑においそれと乗るわけにはいかない。2月4日、北京での中ロ首脳会談で「無制限の友好協力」をうたったとはいえ、長引くウクライナの戦闘で局面は変わった。中国にとって日米欧とつながるサプライチェーン(供給網)は命綱だ。世界2位の経済大国である以上、ロシアとともに沈没するわけにはいかない。

極東、シベリアを舞台にした中ロの軍事連携は、ロシアが18年に実施した30万人規模の大規模合同軍事演習「ボストーク(東方)2018」で一気にレベルが上がった。この演習に中国軍が初参加し、将兵3200人、戦車など車両900台、航空機30機が派遣された。米トランプ政権下で激しくなった米中対立が背景にあった。

実のところ米国でバイデン政権が発足した21年の段階で、極東でのロシアとの軍事連携に、より積極的だったのは中国である。中ロ艦船による津軽海峡の共同通過も、バイデン政権とともに中国をけん制する日本への示威行為として、かつてない踏み込みようだった。

中国の思惑が先にあり、それにロシアが乗る構図は半年後、一変する。ウクライナ侵攻で窮地に立つロシアが、制裁に参加した日本に報復するため、中国を巻き込もうと前のめりになったのである。

ロシアは北方領土周辺水域での日本漁船の「安全操業」を担保する漁業協定の履行停止も発表した。その対日圧力の重点は北海道周辺や北方四島にある。中国は直接、利害関係がない北海道、北方領土周辺の争いにまで頭を突っ込むのは、できれば避けたいはずだ。
中国国防相報道にみえるジレンマ

中国の悩みは、シンガポールでのアジア安全保障会議(シャングリラ会合)に出た国務委員兼国防相、魏鳳和の会談と発言を伝える中国側報道にも表れていた。防衛相の岸は12日、魏との会談で、中ロ軍機の日本周辺での共同飛行などを「示威行動」と非難し、一連の共同行動に重大な懸念を伝えた。
 日中防衛相会談で話す中国の魏鳳和国務委員兼国防相(12日、シンガポール)=防衛省提供・共同

これは立ち話ではなく、両閣僚が向き合う机上にきちんと日中両国の小旗が置かれた公的な対話だ。ところが中国の主要メディアは、2年半ぶりだった対面での日中防衛相会談について直後には一切報じず、岸の懸念表明に強く反論したはずの発言内容も紹介しなかった。中国側の具体的な反応は不明なのだ。中国と韓国、中国とオーストラリアの国防相会談も似ている。

例外は米国防長官、オースティンとの会談だけだ。こちらはバイデン政権下で初の国防相会談だけに、中国国防省が「中国政府と軍はいかなる『台湾独立』のたくらみも断固として粉砕する」という魏の発言を紹介した。ただ共産党機関紙、人民日報の扱いは3面の5番手と小さい。国営中央テレビは夜のメインニュースでは伝えていない。
シンガポールのシャングリラ会合で発言するオースティン米国防長官(11日)=AP

対話も重視した魏の動きは、強気一辺倒の「戦狼(せんろう)外交」に慣れてきた中国の一般の人々からみれば弱腰に見えなくもない。ウクライナ問題を含めて孤立感のある中国が、袖にしてきた相手と何とか会ってもらったイメージになりかねないのだ。しかも魏は中央軍事委員会の序列4位に当たる軍人閣僚である。
外交・安保上の成功とは宣伝できず

「この段階では外交・安全保障政策上の成功と宣伝しにくく、これを(中国の)一般人に大々的に伝えるのをためらった」

「これまでの米国に対する強い態度と違って、シンガポールの現場では妥協しているのがわかってしまう。それが米中(国防相)会談の扱いの小ささに表れた」
中国外交トップの楊潔?・共産党政治局委員(20年、東京)=ロイター

「今回の魏のシンガポール行きには、安保面から対米関係の安定を探る狙いがあった。外交担当ではない国防省だけに、日本、韓国、豪州などとの会談の報道にまで現場で細心の注意を払う余裕はなかっただろう」

内情をうかがい知ることのできる関係者らからは、こうした声が聞かれる。この1カ月余りの水面下のやり取りを経て、ようやくこぎ着けたバイデン政権下で初の米中国防相会談と、関係する日中、中韓、中豪などの接触。これは緊張緩和への道なのか。

米中間では13日、中国外交トップの共産党政治局委員、楊潔?(ヤン・ジエチー)が、米大統領補佐官(国家安全保障担当)のサリバンとルクセンブルクで4時間半にわたって会談した。シンガポールでの米中国防相会談の直後だけに興味深い。

米軍基地が点在する日本周辺での中ロ共同軍事行動の頻度、規模も今後を占う重要なヒントになる。シャングリラ会合の前後、中国海軍の情報収集艦1隻が対馬海峡から日本海に入り、ロシア海軍の情報収集艦も宗谷海峡や津軽海峡を通過した。中ロの軍事的な結託の行方は、いまや主導権を握っている中国の決断次第だ。中国は行く道を誤るべきではない。(敬称略)
中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』