ロシアのVTB銀行の重役だった人が回顧して綴った『ロシア外国銀行史』という一級一次資料

ロシアのVTB銀行の重役だった人が回顧して綴った『ロシア外国銀行史』という一級一次資料
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『Kamil Galeev 記者による2022-6-13記事。
   N.クロトフという、ロシアのVTB銀行の重役だった人が回顧して綴った『ロシア外国銀行史』という一級一次資料には、旧西ドイツが冷戦中にいかにしてCOCOMを破って西側の先端技術(ソフトウェア)をロシアへ売り渡していたかが証言されている。
 ドイツとソ連の商業協力は1922年に遡る。独ソ戦中は中絶したが、戦後すぐ復活した。1960年代にはハンブルグの商社が、ソ連には売ってはいけないはずの米国製コンピュータを、ソ連に船荷のコンテナで転売してやっていた。

 1980年代にはドイツ商社のこういう活動が米政権を怒らせていた。

 ソ連には、技術のアウタルキーはなかった。冷戦中も一貫して、西側のハイテク品を輸入することが必須だったのである。それで、技術が成り立っていたのである。

 Kamaz といえばソ連随一のトラック・ブランドだが、じつはKamaz工場は、ソ連が国内で必要とする消費財なら何でも手がける生産拠点として、米・西欧・日本から設備を買い集めて建設されているのだ。

 ほとんどが輸入品でできた工場だった。トラック製造の工程管理は「IBM370」。アメリカがコンピュータを売ってやったのだ。

 これではいかんとレーガン政権が1981年に、対ソ輸出品の規制を強化した。しかしソ連は抜け道を探し、西欧と日本からスペアパーツを調達し続け、それで軍用トラックを量産していた。』