プーチン氏に健康不安の臆測 「後継者」に複数の名前

プーチン氏に健康不安の臆測 「後継者」に複数の名前
編集委員 池田元博
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD121H20S2A610C2000000/

『ロシアがウクライナへの軍事侵攻を続ける中、作戦を主導するプーチン大統領の健康不安説が取り沙汰されている。がんを患っているとの臆測も浮上。仮に事実なら侵攻の行方、ロシアの政権運営に大きな影響を与えかねないが、ロシア政府は完全に否定する。情報戦の可能性もあり、今後の動静が注視される。

情報、乱れ飛ぶ

米誌ニューズウィークは今月初め、プーチン氏が4月に進行がんの治療を受け、体調を持ち直したようだと報じた。米情報当局が5月末、バイデン政権に提出した機密報告に基づくもので、複数の情報機関の幹部が明らかにしたという。

同誌によれば、米高官の一人は「プーチン氏の統制力は強いが、もはや絶対ではない」と指摘した。ただ米国家安全保障会議(NSC)の報道官は、こうした機密報告の存在を否定している。

現在、69歳のプーチン氏の体調を巡っては、これまでも様々な情報が乱れ飛んできた。英紙タイムズはプーチン氏が「血液のがん」にかかっている可能性があると報じた。ロシアの独立系メディア「プロエクト」は同氏が甲状腺の病気を抱えていると伝えた。

机を握り続けた右手

健康不安をうかがわせるような映像もある。典型例が4月21日、モスクワのクレムリン(ロシア大統領府)で開かれたプーチン氏とショイグ国防相の会談場面だ。

4月21日、クレムリンでショイグ国防相(右)と会談するプーチン大統領=大統領府提供・タス共同

大統領府の公式サイトでみられる約12分間の映像は、プーチン氏が硬直した姿勢で椅子に座り、終始、右手で机の角を握り続ける様子が映っている。右足は足先を頻繁に動かしていた。一部で取り沙汰されてきたパーキンソン病との関連を指摘する声も出ている。

後継者説が流れた男性

健康不安説が広がるにつれ、後継問題も噂に上り始めた。5月9日、モスクワの「赤の広場」で開かれた第2次世界大戦の対独戦勝記念式典。軍事パレードの終了後、プーチン氏が若い男性と歓談しながら広場を歩く姿が国営テレビで長々と映し出された。一部メディアやSNSなどが「後継者か」と騒ぎ立てた。

5月9日、モスクワで軍事パレードに出席したロシアのプーチン大統領(中央)。左側がコバリョフ氏=ゲッティ共同

ロシアメディアによれば、男性は36歳のドミトリー・コバリョフ氏。大統領府の幹部職員で、父親は天然ガス最大手ガスプロムの関連会社のトップだという。アイスホッケーの愛好家で、そのつながりでプーチン氏と親しくなったとされる。

「SVR将軍」の投稿、話題に

一方、ロシア発の通信アプリ「テレグラム」では、ロシアの対外情報局(SVR)の元将軍と称する人物が投稿する「SVR将軍」というサイトが話題だ。あたかも政権の内部情報のような話が載っており、プーチン氏が最も信頼し、緊急時に一時的に権限を移譲する側近はパトルシェフ安全保障会議書記(70)だとしている。

またプーチン氏が今月初め、一部側近と段階的な権限移譲策を協議したと投稿。2024年の次期大統領選を1年前倒しし、パトルシェフ氏の長男ドミトリー・パトルシェフ農相(44)を後継者として推す計画が話し合われたとしている。

独立系ネットメディアの「メドゥーザ」は、ロシアのエリート層内で政権交代を望む声が高まりつつあると指摘。政権内では、プーチン氏の後継候補として前大統領のメドベージェフ安全保障会議副議長(56)、ソビャーニン・モスクワ市長(63)、キリエンコ大統領府第1副長官(59)の3人が上がっていると報じている。

メドベージェフ氏(左から2人目)も後継候補の一人か(5月9日、モスクワの対独戦勝記念式典)=ロイター

ロシアとウクライナは情報分野でも、激しいつばぜり合いを演じる。プーチン氏自身は頻繁に公の場に登場しており、健康不安や後継を巡る噂話の流布は、情報戦の一端である可能性が否定できない。他方、ウクライナ侵攻で社会の閉塞感が強まる中、「ポスト・プーチン」を期待するロシア国民の心情を映したとの見方も出ている。

ウクライナ侵攻前は、2024年に任期を迎えるプーチン氏が次期大統領選に再出馬するのはほぼ確実とみられていた。通算4期目の同氏は現在の任期が最後のはずだったが、20年に国民投票を通じて、自らの5選出馬を可能にするよう憲法改正を断行していたからだ。

ちなみに憲法改正を巡る当時の議会審議で、プーチン氏の再選を認める条項を加えるべきだと主張したのは政権側ではない。世界初の女性宇宙飛行士で、国民人気が高いテレシコワ下院議員だった。だが同議員は「当日の朝まで、そのような提案をするとは自分も知らなかった」(フランス在住の政治評論家タチアナ・スタノバヤ氏)という。実態は政権が入念に仕組んだシナリオだったようだ。

ロシア市場から撤退したマクドナルドの店舗でロゴマークと看板を撤去する人々(8日、ロシアのレニングラード州で)=ロイター 

だがウクライナ侵攻の長期化で事態は一変しつつある。具体的な戦果を誇示できないまま、ロシア軍兵士の犠牲が増え続ければ、厭戦(えんせん)機運が一気に高まりかねない。日米欧の厳しい制裁で、ロシア経済も一段と疲弊し、国民生活への影響が避けられない。
ロシア社会では早晩、プーチン政権への不満が水面下で膨らんでくるとみられる。健康不安説の真偽はともかく、プーチン氏の再選戦略に黄信号がともりつつあるのは確かなようだ。

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渡部恒雄
笹川平和財団 上席研究員
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分析・考察

ウクライナ侵攻を終わらせるシナリオとして、プーチン大統領の交代を期待する声が大きいのはよく理解できます。しかし、実際にプーチン大統領から次の指導者に交代するにしても、後継がうまくウクライナからの撤退を行えるかどうかの保証はありません。むしろ後継者争いが愛国的な競争となれば、安易な撤退はできなくなるという状況も考えられます。アメリカのベトナム戦争介入は、1961年に就任したケネディ大統領が介入を深め、後継のジョンソン大統領も終結はできず、ニクソン大統領がベトナムからの撤退を決定し、戦争終結の宣言をしたのは1973年でした。

2022年6月15日 8:44

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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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ひとこと解説

強権政治において、指導者の健康状態は核爆弾よりも重要なトップシークレット。しかし、人間はだれでもいずれ死ぬ。民主主義の指導者が死んでも、ショックが小さい。それに対して、強権政治の指導者が死んだ場合、天変地異になることが多い。今のロシアは北朝鮮や毛沢東末期の中国ではないが、プーチンが退いた場合、権力闘争が激化する可能性は払しょくできない。しかも、暗殺のある国だから、それにどう備えるか、心の準備をしておく必要がある

2022年6月15日 6:30』