モンゴルで始まった野球・ソフト普及の「奥の手」

モンゴルで始まった野球・ソフト普及の「奥の手」
編集委員 篠山正幸
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD039CU0T00C22A6000000/

『ルールが複雑で、必要な道具も多い野球は世界のどこでも親しまれているとはいえない。野球文化が根付いていない国や地域で、面白さを知ってもらうには……。日本の指導者による「奥の手」を使った普及活動が、モンゴルで始まった。

4月30日から5月3日の4日間、日本ティーボール協会常務理事で、全国大会の審判委員長を務める久保田浩司・東京都立青鳥特別支援学校教諭による講習会が、首都ウランバートルの学校などで行われた。

ティーボールは1988年に当時の国際野球連盟と国際ソフトボール連盟により、野球やソフトボールの入門バージョンとして考案された。
ティーと呼ばれる台の上においた球を打つので、だれでも親しみやすい=久保田教諭提供

野球を始める子供たちが最初にぶつかる壁が、ストライクを投げ、飛んでくる球をとらえることの難しさ。ストライクが投げられなければ、試合が進行せず、野球は退屈なスポーツ、となりがち。

この難点を解消するため、野球やソフトボールから、投手というポジションをなくしたのがティーボール、と考えていいだろう。ティーと呼ばれる台の上に置いた球を打つので、初心者にも難しくない。

野球の入門編という位置づけの北米では金属バットと硬式球を使っているが、日本ではもっと簡素化し、ウレタン製のボール、バットを採用し、独自の競技として発展してきた。グラブも必要なく、学校の授業にも取り入れられている。

講習会を企画したのはティーボールの普及によって、将来「野球、ソフトボールの選手が生まれることを期待する」という河内志郎氏だ。河内氏は徳島県でリサイクル業の「三木資源」を経営する傍ら、大相撲の元横綱、白鵬の両親との出会いをきっかけに、モンゴルとの文化交流を深めてきた。

もともと野球選手だったことから、モンゴルでの普及のため、球場の寄贈にもかかわってきた。
ティーボールの講義で久保田教諭(奥左)が質問すると、全員が積極的に答えた=久保田教諭提供

野球がほとんど知られていない国や地域での普及は難しい。モンゴルにも日本の元プロ野球選手らが早くから指導に訪れてきたが、なかなか定着しなかった。そこで河内氏はティーボールに着目し、普及活動を続けてきた。

久保田教諭が指導したのは学校の先生や、教師を目指す大学生たち。久保田教諭がキャッチボールのコツは? と問うと全員が挙手し、先を争って答えた。そんな自己主張の強さはみんなが好きな打順や守備位置を譲らず、試合が始まらない、という事態も招いた。

「自己主張しないと世の中の競争に負ける、という考え方が浸透しているらしく、文化の違いを感じた」と久保田教諭は話す。「個」の意識が強い国で、ティーボールや野球を教えるときに、しばしば問題になるのが、個人と組織の折り合いのようだ。
学校の先生や、将来先生になる大学生らが受講した。学校をベースにした野球型競技の伝道が期待される=久保田教諭提供

元阪神監督の吉田義男氏がフランスで野球を指導し、バントを教えたときには「自分は打ちたい。なぜ自分が犠牲にならなければいけないのか」という選手がいたという。

だが、こうした自己主張と積極性はスポーツだけでなく、あらゆる分野で上達のカギになるものでもある。久保田教諭も、そこに手応えを得た。「実技を始めるため道具をおいたら、もう自分たちでキャッチボールを始めていた」。野球型競技の面白ささえわかってもらえれば、学校を拠点に先生たちから子供たちへの伝道のサイクルができる、と期待する。

今年は日本とモンゴルの外交関係樹立50周年にあたり、8月にはモンゴルで記念事業が行われる。在徳島モンゴル国名誉領事で、記念事業の実行委員長を務める河内氏の地元の阿波おどりや高知のよさこい祭りが披露されるほか、日本のチームも参加してティーボール大会を行う予定だ。

「ティーボールから入るのはいい考え」と話すのは2007年、アフリカのガーナ代表を率いて08年の北京五輪予選に臨んだ野球指導者、阪長友仁氏(NPO法人「BBフューチャー」理事長)だ。

ガーナにも野球文化はほとんどなかった。代表は主に高校生の世代で構成されていた。当初、ストライクがなかなか投げられず、紅白戦は3時間かけてやっと四回、という状態だった。
ガーナ代表チームを指導した阪長氏(右から2人目)。試合を進めるため当初は特別ルールを設けるなど工夫したという=阪長氏提供

このためボールカウントを最初から1-1に設定したり、打者は1球ストライクを見逃しただけで三振という特別ルールを設けたりした。「とにかくボールが動き、人が動くようにすること。そうでないと野手も待ちぼうけだし、練習にならない」と阪長氏はいう。

正規の野球にこだわれば、ハードルが高くなるばかり。その点、まずは誰でも取り組みやすいところから、という点でティーボールは可能性を秘めている。

昨年の東京大会を最後に、野球・ソフトボールが五輪から外れた理由の一つが国際的な普及の遅れだ。本式の野球にこだわるより、まずは打ってベースを回る楽しさから……。モンゴルでの試みは、野球の未来を占う試金石になるかもしれない。』