おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉

先人の句に学ぶ/芭蕉会議
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『ぎふの庄ながら川のうがひとて、よにことごとしう云ひのゝしる。まことや其興の人のかたり伝ふるにたがはず、浅智短才の筆にもことばにも尽くすべきにあらず。心しれらん人に見せばやなど云ひて、やみぢにかへる、此の身の名ごりおしさをいかにせむ。
おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉 芭蕉 (真蹟懐紙・夏・貞享五)

鵜飼の一夜が更けて鵜舟が帰りゆくころは、あれほど鵜飼をおもしろがっていた心が、そのまま悲しく切ない思いへと変わってゆくことだ、という意。

全体が謡曲「鵜飼」の詞章〈おもしろのありさまや、底にも見ゆる篝火に……〉〈鵜舟にともす篝火の消えて闇こそ悲しけれ〉等による表現だが、そうした典拠を必要としないところまで彫琢された描写が作者の力量である。

前書には、場所が岐阜長良川で、そこの鵜飼は見物人を集めるほど世間で知られていたこと、その興趣は世間の評判通りで筆舌に尽くせないこと、だから情趣を解する人に見せたいものだと思いつつ帰途につくが、名残惜しく去りがたい思いを禁じ得ない、という心持ちを述べる。

なおここにも古典から「あたら夜の月と花とを同じくはあはれしれらん人に見せばや」(信明・後撰・春)、「鵜舟のかゞり影消えて、闇路に帰る此身の、名残りをしさを如何にせん」を織り込むことに注意したい。

結論的には、文章と句が独立しつつ支え合って、芭蕉の志した俳文という様式はこれかと思わせるほど句文融合した作品としてよい。』