「プーチンはヒトラーより恐ろしい人間になる」

「プーチンはヒトラーより恐ろしい人間になる」 スパイに毒殺された夫は警告していたhttps://www.tokyo-np.co.jp/article/182728

『 <侵攻の深層 第2部 プーチンとウクライナ>
①元FSB職員、リトビネンコ氏の妻 マリーナ(59)
◆犯罪直訴しても何の関心も示さず
 「夫の警告が何を意味していたか。今、誰の目にも明らかになった」
 ロシアのウクライナ侵攻から約3カ月がたった先月、ロンドンのカフェでマリーナ・リトビネンコ(59)は悔しさを隠さなかった。「夫は毒殺される直前まで、プーチンがいかに危険かを警告していた。『ヒトラーより恐ろしい人間になる。戦争を始めて100万単位の人が死ぬだろう』と」
 夫のアレクサンドル・リトビネンコは、旧ソ連国家保安委員会(KGB)の流れをくむ連邦保安局(FSB)の職員だった。43歳だった2006年、亡命先の英国で放射性物質ポロニウムによって毒殺された。英当局は実行犯2人を特定し、調査報告書で「殺害はFSBの指令の下、おそらくプーチンによって承認された」と結論付けた。
 リトビネンコの人生は、何度もプーチンと交錯している。中佐だった1998年、FSB長官になったばかりのプーチンに、犯罪行為を上司に指示されたと直訴した。しかしプーチンは何の関心も示さず、追い込まれたリトビネンコは記者会見を開いて「上司に複数の人物の暗殺を命じられた」と告発した。
 その後に逮捕、収監され、亡命を余儀なくされた。マリーナは「逮捕はプーチンの指示だった」と確信する。リトビネンコに「青白くて無口」という印象を残した当時40代のプーチンは、わずか2年後に大統領に登りつめた。
◆プーチン氏を選んだロシア特有の「システム」
ロンドン市内で5月、取材に答えるマリーナ・リトビネンコさん=加藤美喜撮影

ロンドン市内で5月、取材に答えるマリーナ・リトビネンコさん=加藤美喜撮影
 「プーチンがシステムをつくったというより、システムがプーチンを選んだ」
 マリーナによると、リトビネンコは、プーチンを生み出したロシア特有の権力構造を「システム」と呼んで恐れていた。「夫はこのシステムが危険だと訴えたが、誰も信じなかった」
 システムとは、旧ソ連国家保安委員会(KGB)出身者が中心となり、治安当局と犯罪組織、政治家、闇の資金が絡んだ複合体を指す。1991年のソ連崩壊とともにKGBは解体されたはずだが、マリーナは「(KGB出身者は)企業や政治家と協力しながら力を取り戻し、再び全てを掌握した」と指摘する。
 KGB出身の政治家プーチンはシステムにとって好都合な存在だ。システムは、ロシア第2の都市、サンクトペテルブルクの副市長で同市の犯罪組織も掌握していたプーチンを中央政界に押し上げる。98年にはFSB長官に就任。そしてリトビネンコと対面する。
 マリーナによると、リトビネンコは当初、無名だったプーチンをそれほど警戒していなかった。しかしプーチンに不正を直訴した後、自宅で盗聴器がみつかった。「夫はシステムを甘く見ていたことに気づいた」
◆テロを自作自演したチェチェン侵攻を告発
亡命先のイギリスで毒殺されたアレクサンドル・リトビネンコ氏(2002年5月撮影)=AP

亡命先のイギリスで毒殺されたアレクサンドル・リトビネンコ氏(2002年5月撮影)=AP
 リトビネンコは英国に逃れたが、再びプーチンの虎の尾を踏む。FSB=システムがテロを自作自演してチェチェン侵攻を正当化し、無名のプーチンを大統領に押し上げたと告発したのだ。一連のテロでは300人以上が犠牲となり、人々は強い指導者として登場したプーチンを熱狂的に支持した。毒殺はこの告発が引き金になったとみられる。
 リトビネンコの警告は、ロシア資金への依存を深める世界にも向けられていた。特に英政界にはプーチンとつながりの深い新興財閥オリガルヒの資金が流入してきた。マリーナは「プーチンは民主主義者や改革者のふりをして、多くの投資を呼び込んで原油ビジネスを成長させた。でもプーチンが民主主義者だったことはない」と断言する。
 マリーナによると、プロパガンダの浸透したロシア国内ではウクライナ侵攻の正しい戦況は伝えられていない。8割近い国民が侵攻を支持しているが、西側の制裁で経済状況が悪化し、戦死者も増えつつある。マリーナは「人々は政府の言葉がうそだと気づくだろう。いずれプーチン政権は崩壊する」と予言する。
◆親族を平気でプロパガンダに使うロシア政府「私は操られない」
 リトビネンコは生前、「僕たちは必ずロシアに帰るよ」とマリーナに話していたという。しかし帰国は実現していない。マリーナが、ロシア政府のプロパガンダに利用されることを恐れているためだ。
 実はリトビネンコの父は18年、息子の暗殺事件後に国会議員となった人物と並び、テレビ出演したことがある。英当局はこの人物を暗殺容疑者と特定しているが、父はこれを「デマ」と主張する西側批判に利用された。「親族をプロパガンダに使うのはKGBの常とう手段だ。私は彼らに操られたくない」と話す。
 「夫はずっと、人々を助けることが自分の義務だと思っていた。だからこそ、暗殺を指示された時に拒否し、告発を決意した」。マリーナは正義感の強かった夫について語る。「西側はロシアとのつながりを断ち切り、もっと圧力をかけてロシアを孤立させるべきだ。私たちの財布が少し痛んでも、ウクライナの人々が命を失っている痛みの方がもっと強い」と訴える。
 「今、夫が生きていたら、もっと多くのことができたと思う」と最愛の夫の不在をさみしく思いながら、「私は彼の小さな代わりでしかないが、私にできることをしていきたい」と前を見つめた。(敬称略、ロンドン・加藤美喜)

 マリーナ・リトビネンコ 1994年にFSB職員のアレクサンドル・リトビネンコ氏と結婚、一男をもうける。2000年、英国に亡命。06年、同氏が毒殺された後、英政府に真相究明を訴え続け、14年に独立調査委員会の設置を実現させた。社交ダンス講師。共著に「リトビネンコ暗殺」(早川書房)。
   ◇
 プーチン政権と対峙してきた関係者やロシア情勢に詳しい識者へのインタビューから、ロシアによるウクライナ侵攻の背景や含意を4回にわたって探ります。
【侵攻の深層 第1部】
<1>肥大化したロシア国民の愛国心…プーチン政権がプロパガンダであおる 侵攻の出口は見えず
<2>ウクライナ侵攻の原型は「自作自演」か…プーチン氏が権力を握った爆破事件と謎の死
<3>語られ始めた「終末の日」…核で恫喝するロシア 「2週間余りで完了」の見通し外れ苦戦の裏返し
<4>プーチン氏の誤算…北欧2カ国が「中立」放棄 NATO拡大への怨念が真逆の結果を招いた 』