食料輸出規制、20カ国に 侵攻が自国優先に拍車

食料輸出規制、20カ国に 侵攻が自国優先に拍車
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『主要な食料の輸出禁止を打ち出す国が相次いでいる。自国の供給確保を優先するためで、規制を導入した国は足元で20に達した。小麦や鶏肉などを輸入に頼る国では価格上昇や供給不足が顕著になっており、加速する世界的なインフレに拍車をかける懸念も強まっている。

米シンクタンクの国際食糧政策研究所(IFPRI)によると、7日時点で実質的な輸出禁止に踏み切った国はインドやマレーシア、アルゼンチン、ガーナなど20カ国。アジアや中東、アフリカなど広範囲の地域に及んでおり、小麦や植物油、鶏肉・牛肉など世界の食卓や飲食業に欠かせない品目が並ぶ。

自国の食料確保を優先する「食料保護主義」が広がる契機となったのは、ロシアによるウクライナ侵攻だ。世界のヒマワリ油の輸出シェアの5割弱を占め、世界5位の小麦輸出国でもあるウクライナからの輸出が困難になり、植物油などの価格が急騰した。生産国は国内の食料価格への影響を最小限に抑えるため、輸出禁止に踏み切った。

ウクライナ産の穴埋めを期待されていた世界第2位の小麦生産国、インドは5月中旬に小麦の輸出停止を決めた。砂糖の国内価格が4月に5%超上がり、1日からは砂糖の輸出も制限した。政府は通達で「国内の消費と価格安定のため」と説明する。米農務省によると、インドは2021~22年度の砂糖生産量で世界首位で、輸出量でもブラジル、タイに続く主要国だ。

世界のパーム油の約6割を生産するインドネシア政府は、4月下旬に導入したパーム油の禁輸措置を5月23日に解除したが、5月末からは生産業者に生産量の一定割合を国内に供給する義務を課した。現地紙によると、コメの主要生産国であるタイはコメ農家の収入を確保するため、ベトナムと協調して国際価格の引き上げに動いている。

輸出禁止は輸入国に大きな混乱をもたらしている。シンガポールの生鮮市場では、一部の鶏肉店が一時閉店に追い込まれた。隣国のマレーシアが1日から鶏肉の事実上の輸出禁止に踏み切ったためで、地元名物のチキンライスの屋台を営むリー・ウォンロンさん(50)も「新鮮な鶏肉が入荷できなくなれば近く営業を停止する」と力なくつぶやく。

各国が主要食品の輸出禁止に動くのは、食料高騰が現政権の批判や政情不安に直結するからだ。スリランカでは生活苦に陥った市民が抗議デモを起こし、首相や閣僚が辞任に追い込まれた。隣国のインドでも4月の消費者物価が約8年ぶりの高水準に達し、政府はインフレの進展に神経をとがらせている。

マレーシアのイスマイルサブリ首相は鶏肉の輸出禁止措置を発表した際に「国民への供給が最優先だ」と強調した。アナリストのジェフリー・ハレー氏は「食料不足や価格高騰は、原油高より社会不安の原因になりやすい。食料のナショナリズムは今後さらに広がる見通しだ」と指摘する。

気候変動も供給不足を引き起こしている。インド政府は5月、21~22年度の小麦生産量の見通しを1億641万トンと当初予想より約4%引き下げた。3月以降にインド全土を襲った熱波が主因で、北部ハリヤナ州で小麦を育てるディネシュ・ラナさん(38)は「熱波で雨が降らず、多くの農家が水不足から生産を減らす恐れがある」と語る。

世界気象機関は「気候変動がインドとパキスタンで起きている熱波の発生確率を30倍に高めた」と分析する。パキスタンでも5月に最高気温が50度を超え、主力輸出品目のマンゴーの生産が22年に50%ほど減る可能性が懸念されている。

輸出規制は世界のインフレの長期化につながる。国連食糧農業機関(FAO)が3日発表した5月の世界食料価格指数(2014~16年=100)は157.4と前年同月に比べ22.8%高い水準となった。3月のピークからはやや低下したが高止まりが続く。ロシアの黒海封鎖でウクライナからの輸出が困難な状態が続き、世界のサプライチェーン(供給網)の混乱も需給の逼迫に追い打ちをかけている。

規制強化は輸出国にももろ刃の剣となる。地元紙によると、インドネシアはパーム油の禁輸措置によって最大22億ドル(約2900億円)の外貨収入を失った。アジアの多くの国は輸出が経済をけん引しており、世界経済への減速懸念が高まる中で、景気の腰折れ要素を増やすことになる。

(シンガポール=中野貴司、ニューデリー=馬場燃、山本裕二)

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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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ひとこと解説

食糧難?日本人にとって頭でわかっていても、実感したことがない。歴史教科書を開くと、米騒動があった。でも、それは食糧難ではない。現実的に二種類の食糧難がある。一つは、コメや小麦粉などの食料品が売っているが、値段が高いだけ。これをあえて相対的な食糧難と呼ぶことにしよう。もう一つは店には食料品が品薄になり、売り切れが続出。これは絶対的な食糧難になる。今のところ、日本は後者の可能性が低いが、前者の可能性がすでに表れている
2022年6月9日 7:55

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志田富雄
日本経済新聞社 編集委員
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ひとこと解説

食料、とりわけ穀物はもともと自国消費が中心で世界生産に占める輸出量の割合は小麦が26%(米農務省の20~21年度統計)、コメが10%にすぎません。これまでも天候異変などで減産が深刻になった局面では輸出を止める国が出ました。資源・エネルギーよりも「もろい市場」なのです。
FAOなどの国連機関が公表した報告書は、20年は世界人口の10人に1人にあたる最大8億1000万人強が飢餓に苦しんだと推定しています。食料価格の高騰は新興国を中心にこうした状況を悪化させるおそれがあります。
2022年6月9日 7:27 』