英政府、アーム「流出」阻止へ一丸 SBG説得に首相動員

英政府、アーム「流出」阻止へ一丸 SBG説得に首相動員
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『【ロンドン=佐竹実】英政府がソフトバンクグループ(SBG)傘下の英半導体設計大手アームのつなぎ留めに必死になっている。上場先として米ナスダックが有力視されているためで、ロンドン証券取引所への誘致にジョンソン首相も動員して説得にあたる。テック企業の集積は英国の成長シナリオに欠かせないほか、半導体は経済安保の要でもある。高いシェアを持ち、「クラウンジュエル(王冠の宝石)」と言われる英企業が流出すれば政権へのダメージになりかねない。

「我々はアームが英国の比類無い技術と資本を活用し、ここでビジネスを続けることを望む」。英政府の報道担当者は日本経済新聞の取材にこう答えた。4月以降、経済担当閣僚らを総動員してSBGの説得に当たっている。英政府はこれについて直接の言及は避けたが、「革新的な企業が成長して資金を調達するための最も魅力的な場所になることを約束する」とも指摘した。

あるSBG幹部は書簡を受け取り、目を丸くした。差出人にジョンソン首相の名があったためだ。英フィナンシャル・タイムズ(FT)などによると、政府は英国の投資家に上場した際にアームの株式を買うよう働きかけているとみられ、ロンドン証取上場の利点をアピールしているようだ。国のトップまで動員して一企業を自国市場に誘致するのは異例だ。

英政府がここまで必死になるのは、アームの上場先として米ナスダックが有力視されているからだ。SBGの孫正義会長兼社長は2月、アームの新規株式公開(IPO)について「おそらくハイテクの中心であるナスダックになるのではないか」と述べた。5月12日には「いつでも上場できる体制は整いつつある」と年内にも上場させることを示唆。早ければ今夏にも上場先などが決まる可能性がある。

英国が欧州連合(EU)離脱後の成長シナリオの一つとしてテック企業のハブとなることを掲げていることも背景にある。

英金融規制当局は企業を呼び込むため、ロンドン証取への上場に必要な浮動株比率を引き下げるなど要件を緩和した。21年には英国際送金フィンテックのワイズなど地元有力スタートアップを上場させている。

世界のスマートフォンの約9割にはアームが設計した半導体が使われている。今後の技術革新を陰で支えるアームをなんとしてでも自国市場に上場させたいとの思いがある。

SBGが米半導体大手エヌビディアへのアームの売却で合意(後に断念)した21年時点で、アームの企業価値は約400億㌦(約5兆3600億円)。ロンドン証取に上場すれば過去最大級の規模となる。

そのアームがナスダックに流れてしまえば、政治問題にも飛び火しかねない。SBGは16年、上場企業だったアームを約3兆円で買収した。当時のメイ政権が日本企業による「クラウンジュエル」の買収を阻止しなかったとして、後に批判も出た。

それから5年がたち、人工知能(AI)やサイバーセキュリティーなどの成長産業に欠かせないアームは、経済安全保障の面からも重要度が増している。英政府としては国内にとどめたいとの思いが強いほか、与党・保守党内にはアームに政府が出資すべきだとの声すらある。

SBGは「上場先は決まっておらず、様々な可能性を検討している」(広報室)としている。投資先の株価下落で業績が落ち込むSBGにとってアームは虎の子だ。アーム上場による業績の回復やさらなる資金調達を期待する。市場規模や投資家の数を考えればナスダックの方が高い企業価値を期待しやすい一方、首相のラブコールを断って米国を選べば英政府とのしこりが残る。SBGは難しい判断を迫られている。

EU離脱後に物流が混乱するなどし、離脱は間違っていたとの批判もくすぶる。大型上場を逃すことは、EU離脱後のロンドン証取の地盤沈下を印象づけかねない。負けられない誘致合戦にメンツをかけて臨む英政府が、今後どんな条件をSBGに提示するのかが注目だ。

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