骨太方針決定「人に投資」3年4000億円 世界水準には差

骨太方針決定「人に投資」3年4000億円 世界水準には差
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA25C380V20C22A5000000/

『政府は7日、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)を閣議決定した。岸田文雄首相が掲げる「人への投資」に重点を置き、3年間で4千億円を投じる。付加価値を生み出せる人材の育成が成長のカギを握る。現状では日本の投資は官民とも先進国で最低水準。先を行く世界との差を埋めるのは容易ではない。

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「新しい資本主義」の実行計画も閣議決定し、骨太の方針に反映した。

社会人のリスキリング(学び直し)、デジタルなど成長分野への労働移動、兼業・副業の促進、生涯教育の環境整備などが主な課題になる。デジタルスキルは職業訓練の講座の割合を今の2割程度から3割超に高める。企業間での転職が容易になるよう外部コンサルタントと相談しやすくなる体制も整備する。

日本は経済の地力を示す潜在成長率が2000年代半ば以降、1%にも届かず低迷する。経済協力開発機構(OECD)の21年のデータでは0.5%にとどまる。ギリシャ(0.4%)やスペイン(0.6%)などと同水準で、米国(1.8%)やドイツ(1.3%)との差は大きい。

女性や高齢者の働き手が増える一方で全体的な人口減少の制約があり、足元では労働力が頭打ちになっていることが影を落とす。デジタル化などに対応し、一人ひとりのスキルや生産性を高められなければ世界の成長から取り残されかねない。

これまでの取り組みは手薄だった。内閣官房によると、企業による人への投資額は国内総生産(GDP)比で10~14年に0.10%にとどまった。米国(2.08%)やフランス(1.78%)に比べ圧倒的に少ない。米仏が横ばいや増加傾向なのに対し、日本は右肩下がりで差が拡大している。

日本企業は従来、人件費をコストとみなす傾向があった。近年はデジタル化の加速などを背景に企業の競争力の源泉は従業員のスキルやアイデアとの考え方が広がる。

経済産業研究所の森川正之氏が日本企業のデータから試算したところ、教育訓練投資の累積額が2倍になると労働生産性が2.2%上昇した。特にサービス業は2.5%高まり、効果が顕著だ。

新しい資本主義の実行計画は従来の日本企業について「安価な労働力供給に依存し、コストカットで生産性を高めてきた」と総括し、軌道修正を図る。24年度までの3年間で4000億円の予算を人への投資に充てると明記した。成長分野への労働移動で100万人を支援する。企業による投資も倍増をめざす。

なお踏み込み不足との見方もある。みずほリサーチ&テクノロジーズの服部直樹氏の試算によると、潜在成長率を欧米並みの1%台半ばに引き上げるには官民の人への投資額を3.9兆円まで増やす必要がある。現状は年1.6兆円にとどまる。

服部氏は「より大規模な投資が不可欠」と指摘する。特に中小企業向けの税額控除や助成強化が不可欠とみる。ばらまきではなく、働き手の能力を引き出す施策が要る。

世界は先を行く。デンマークは職業訓練の内容を労使が協議し、ニーズにあうスキルアップを支援する。手厚い失業給付とセットの雇用政策はフレキシキュリティーと呼ばれ欧州各国に広がる。

スウェーデンは1974年に就学休暇と仕事復帰の権利を保障する教育休暇法を制定した。就労後の学び直しを国全体で後押しする土壌がある。米国では従業員教育を含む人的資本の開示が進んでおり、企業の投資を促す圧力にもなっている。

人への投資はコロナ後の成長競争も左右する。シンガポール政府は21年に米ボストン・コンサルティング・グループと組み、転職希望者らがデジタル関連スキルを学べる取り組みを始めた。

骨太方針は既存の政策の延長線上にあるように映るメニューも多い。今後、企業の競争力や日本の成長力を高める実効的な具体策を打ち出せるかが問われる。労働移動の加速には投資を手厚くするのと同時に硬直的な雇用システムの見直しを官民で進める必要もある。
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今村卓
丸紅 執行役員 経済研究所長
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分析・考察

日本企業は、1990年代から米英欧よりも大幅に少なかった人的投資をさらに削減して圧倒的な差がついたという根が深い問題です。発展途上国モデルを転換できなかった結果では。日本に足りないのは大学など外部の教育機関での社会人教育でしょう。それは米国の大学等の社会人教育プログラムの充実ぶりから推測できます。
逆にここまで差が開いたことが知れ渡れば、社会人教育など不要と言う経営者や人事部もいなくなると思います。キャッチアップの絶好の機会です。その上で課題は米英欧の企業が実際に行っている人的投資の具体的な内容を細かく調べて参考にすること、日本企業、政府、大学が連携してすぐに取り掛かるべきだと思います。
2022年6月7日 20:36
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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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ひとこと解説

水を差すつもりはない。官邸の危機感と意思が分かるが、企業は経営の合理性に基づいて動く。企業は人に投資しても得しないと思えば、人には投資しない。官邸は企業の経営ビヘイビアを変えるには、政策を使って誘導するしかなく、直接介入することができない。かつて、企業は従業員を留学に生かすなどインセンティブとして考えていた。今は、ほとんどの企業はコストを削減する一貫して従業員の留学プログラムを廃止した。したがって、官邸が考えていることは市場から大きく乖離してしまうと、結局、絵に描いた餅に過ぎない
2022年6月7日 18:53
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チャールズ・レイク
アフラック生命保険 代表取締役会長
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分析・考察

政府が新しい資本主義に向けた対応の第一の柱として、次なる成長の機会を生み出す「人への投資」を掲げた。グローバル企業の多くで、従業員のエンゲージメントを強化することは、人財獲得競争に勝ち企業価値の向上を実現する上で極めて重要な経営課題である。容易なことではないが、多くの日本企業で働き方の変革が進んでいる。従業員エンゲージメントの国際比較において、日本は低水準である状況を考慮すると、実は「人への投資」は秘められた日本の経済成長の大きなチャンスになる。経営者は確固たる信念で、従業員エンゲージメントを高める取組みを推進し、ワークライフマネジメントを向上させ、社会の発展に貢献することが求められている。
2022年6月8日 7:52 』