[FT]ウクライナで「戦場のルール」を無視するロシア軍

[FT]ウクライナで「戦場のルール」を無視するロシア軍
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB060TH0W2A600C2000000/

『ロシア軍のユーリ・シャラエフ中尉のスマートフォンをみれば、この軍隊の体質とウクライナで起きたとみられている人権侵害の実態がよくわかる。

ウクライナ南東部マリウポリを進むロシア側の装甲車(4月)=ロイター

中尉は2月下旬、機動ライフル師団の指揮官に配属されたが、4月にはウクライナ軍の捕虜にされた。中尉のスマホに保存されていた動画とチャットのメッセージはその後、ウクライナのジャーナリストによって24分間のドキュメンタリーに仕立てられた。

このドキュメンタリーは大幅に編集されており、情報源としては偏っているかもしれない。だが、シャラエフ中尉と同僚らの不安、粗悪な装備やロシアのプーチン大統領による「特別軍事作戦」への不満は、ロシア軍の内部がいかに荒れているかをあらわにしている。米欧側の軍事当局者やアナリストは、こうした荒廃が原因でウクライナにおけるロシア軍の作戦がうまくいっていない可能性があると指摘する。

薄れるプーチン氏による軍改革の機運

ロシアの部隊の行動からも、プーチン氏が独裁を強めたことで、同氏が10年前に着手した軍改革の機運が薄れた事実がみてとれる。

ロシアの軍事戦略に詳しい米ランド研究所のダラ・マシコット氏は「シャラエフ中尉が破壊されたロシア軍の車列を撮影している場面に、その体質が表れている。車を止めて助けようとするのでなく、走らせ続けた。(将兵間の)仲間意識は全く確認できなかった。自分の身は自分で守らなくてはならないということだ」と指摘した。「これは必勝を期している軍の雰囲気とはいえない」

プーチン氏が3カ月余り前にウクライナへの全面侵攻を命じて以来、ロシア軍の「士気の低さ」は繰り返し話題になってきた。それは、欧州の価値観を守るためにロシアの「オーク(怪物)」と闘っている勇敢な戦士というウクライナ政府のストーリーを際立たせてきた。ウクライナ市民は侵略者のロシア兵とその戦争犯罪疑惑を「オーク」と呼び、蔑んでいる。

ウクライナの首都キーウ(キエフ)にある人権擁護団体「ジミーナ」のテティアナ・ペチョンチク代表は「戦争のルールをことごとく破るのが、ロシア軍の戦い方だ」と指摘する。「どうせ処罰されないとたかをくくっている。士気が低ければ低いほど残虐さが増す」

ロシア軍の上級司令官が部隊を「ウッドチッパー(木の粉砕機)」(オースティン米国防長官)に送り込むような(いたずらに死傷者を増やす玉砕)作戦も、ウクライナを支援する米欧の軍の幹部に衝撃を与えている。陸軍大尉だった英国のウォレス国防相は「職業軍人はおしなべて、がくぜんとしているはずだ。(ロシア軍の)幹部は兵士をうまく機能させていない。軍法会議にかけられるべき案件だ」と語った。

東部で押されるウクライナ軍

ロシア軍はこのところ攻勢を強めている。ウクライナ東部ドンバス地方の同国部隊の拠点を制圧するため激しい砲撃を加えている。反撃に必要な長距離砲を持たないウクライナ軍を抑え、徐々に占領地を広げている。

ロシア軍は前進しており、ウクライナ軍がロシアの侵攻開始から数週間でキーウ州全域を奪還し、ロシア軍に大きな損害を与えたのに伴う(ウクライナ側にとっての)楽観は打ち砕かれた。だが、英国防省の推計では、ロシア軍が開戦時に投入した戦力15万人の3分の1がすでに死傷した。

こうしたロシア軍の高い死傷率や、キーウ近郊のブチャなどでの同国軍による民間人の処刑を巡る報道は、プーチン氏の肝煎りで14年前に始まった軍改革が腐敗と同氏の独裁主義のために停滞し、ロシア軍が残忍さを増した証左になっている。
キーウ近郊のブチャで、ウクライナ側が「ロシア兵に殺害された」と非難する民間人の遺体の袋(4月)=ロイター

ロシアに拠点を置く軍事アナリスト、パベル・ルージン氏は「(ロシア軍の行為は)一線を越えている。ロシア軍の体質は、他人を信用せず責任を取らないロシアの独裁体制の体質に由来する」と指摘する。

プーチン氏が軍改革に乗り出したのは、2008年のジョージア侵攻時にロシア軍が苦戦した事実がきっかけだった。プーチン氏はロシア連邦税務局の長官だったセルジュコフ氏を国防相に任命し、腐敗を一掃し、士気を高めるため、軍の近代化を命じた。

セルジュコフ氏は装備を近代化し、新兵の給与や待遇を改善し、20万人の将校を削減した。将校が目を離したすきに上官が若い徴集兵を虐待する「デドフシナ」をなくすため、契約軍人の下士官で構成する部隊も創設した。

マシコット氏は「ロシアは軍の待遇改善に多くの時間と費用、労力を費やした。当初は反発もあった。だが、新兵を募り、兵役から恐怖を取り除こうとした」と指摘した。

統制とれず「残虐行為の工場」

だが、セルジュコフ氏が12年に解任され、ショイグ氏が国防相に、ゲラシモフ氏が軍参謀長に任命されると、改革機運は薄れた。ショイグ氏、ゲラシモフ氏はなお現役だ。

マシコット氏は、ショイグ氏とゲラシモフ氏が「(改革反対派の)反発をなだめるために任命された。内輪のもめ事が表面化しないように、忠誠と安定が最優先された。契約軍人の下士官部隊の創設計画は廃止された。一部の改革は続いたが、改革に必要な組織の内部や対外での透明性、対話はなくなった」と述べた。

その結果、軍事史学者のルシアン・スタイヤーノ・ダニエルス氏が称したように、ロシア軍は「残虐行為の工場」と化した。ウクライナでは、統制がとれていない空腹のロシア兵が食料や貴重品を探して店や民家を荒らし、武器を持たない村民を射殺している。シャラエフ中尉はロシア発の対話アプリ、テレグラムのグループチャットで、民間人を殺害する可能性について仲間と身も凍るようなやり取りをしている。

西側の軍事顧問の一人は「(ロシア軍が)味方の兵士の命を軽んじているのは衝撃だ。これがロシア軍の士気の低さと統制の欠如に直結し、苦戦につながっている」と指摘する。

ロシア軍はいまのところ、集中砲撃と地上攻撃という旧ソ連時代の戦術で成果をあげている。ウクライナ南東部の港湾都市マリウポリの壊滅作戦では、1995年にチェチェン共和国の首都グロズヌイを制圧した際と同じ戦術が採用された。

この戦術を続けられるかどうかは、ロシアが兵力を補充し、統制や士気を保てるかによる。ルージン氏は「ロシア軍は単なる検査だと称し、予備役に従軍を求めている」と明かす。「だが、予備役は(新兵募集)センターに行っても契約しないだろう」

ロシア軍は再び体質を変えなくてはならないとマシコット氏は考えている。だが、それが遅れた結果、ウクライナ侵攻で数千人の将兵が死亡し、ロシア政府はウクライナでなかなか目的を達成できずにいる。

シャラエフ中尉は自分の装甲車がウクライナ軍の攻撃にさらされている場面で「この地獄から脱出しなければ」とつぶやいていた。「まったく、最悪だ」

By John Paul Rathbone

(2022年6月3日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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