半導体投資、台湾全土が沸騰 全20工場16兆円の衝撃

半導体投資、台湾全土が沸騰 全20工場16兆円の衝撃
膨張する地政学的リスク
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM028SK0S2A600C2000000/

『【台北=中村裕、龍元秀明】中国からの統一圧力に揺れる台湾。軍事侵攻リスクも懸念されるなかで、未曽有の半導体の投資ラッシュが起きている。総額16兆円に及ぶ世界でも例を見ない巨額投資だ。昨年来、世界から台湾の地政学的リスクが何度も指摘されてきたが、それでも台湾は域内で巨額投資に突き進んでいる。なぜか。全土を縦断し、各地で建設が進む全20工場の映像とともに検証した。

台湾南部の中核都市・台南市。5月後半、台湾最大の半導体生産拠点がある「南部サイエンスパーク」を訪れると、町は少し異様な雰囲気に包まれていた。工事用の大型トラックが頻繁に行き交い、至る所で建設用のクレーンがつり荷作業を繰り返すなど、複数の半導体工場の建設が同時に急ピッチで進んでいた。

ここはもともと、世界大手の台湾積体電路製造(TSMC)が一大生産拠点を構えた場所。米アップルのスマートフォン「iPhone」向けの半導体を中心に、世界で最も先端の工場が集まる場所として知られ、最近でもTSMCが4つの新工場を完成させたばかりだった。

それでも十分ではなかったようだ。TSMCはさらに最先端品(3ナノメートル=ナノは10億分の1)の新工場建設を周辺4カ所で同時に進め、拠点の集中を加速させていた。
台湾の半導体生産の最大拠点がある台南市では、新工場建設が相次ぎ、周辺は異様な雰囲気に包まれる(5月下旬)

TSMCが手掛ける半導体の新工場は少なくとも1工場当たり、投資額が1兆円程度と巨額になる。それをTSMCは現在、この周辺だけで4工場も同時に進めていることが、通常と異なる雰囲気につながっていた。

「ほろ、見ろよ。このTSMCの建設現場も、完成をかなり急いでいる。皆、夜遅くまで残業もするし、休日出勤も当たり前さ」

ある50代の男性作業員は、工事現場の前でそう言って汗を拭い、工事の進捗状況を詳しく教えてくれた。台南市の気温はこの時、既に35度前後。工事現場の入り口には建設資材を載せた大型トラックやトレーラーがひっきりなしに到着しては道路脇で長い列をなし、工事が急ピッチで進んでいた。

この慌ただしさは、TSMCだけではない。こんな光景が今、台湾全土で広がっている。

日本経済新聞が台湾の半導体各社の投資状況を調べたところ、少なくとも現在、台湾域内で20もの新工場が建設中か、あるいは建設されたばかりの状況であることが分かった。立地も北部の新北から、新竹、苗栗、さらには台南、最南部の高雄にまで全土に及び、その投資額の合計は実に約16兆円にのぼる。

これほどの投資が一挙に行われることは業界でも過去に例がない。TSMCが米アリゾナ州に建設中の新工場や日本の熊本県に進出を決めた工場はいずれも1兆円規模であることからも、いかに台湾の16兆円の投資が巨額であるかが分かる。

敷地面積でみても全20工場の合計は200万平方メートルを突破し、東京ドームの40個以上分に相当する規模になる。

だが、これほどの投資が日本の九州ほどの面積の小さな台湾で進む怖さは計り知れない。

台湾の半導体生産は既に世界で群を抜く。特に先端の半導体では9割以上が台湾で生産される。今後、全20工場の新工場が全て量産を始めれば、世界の台湾への依存度はさらに引き上がるのは確実だ。米国はこうした過度に台湾に依存する状況を恐れ「いずれ世界の危機になる」と指摘した。

実際、半導体不足が深刻化した昨年2月、バイデン大統領は半導体などのサプライチェーン(供給網)に関する大統領令に署名。関連省庁に対し、将来に向けた半導体調達の強靭(きょうじん)化策を急ぎ、命じた。

ただその後、米当局はTSMCを中心に何度も台湾メーカーや当局に呼び掛け、米国への工場誘致や新たなサプライチェーンをつくろうと協議を持ったが、交渉は1年以上、延々と進まなかった。台湾が譲らなかったためだ。

背景には台湾の強い危機感がある。中国からの統一圧力が強まるなか、台湾の外交は今、ほぼ米国頼みの状況にある。その状況下で唯一、台湾が米国と対等に話ができるカードが「半導体」となる。

その半導体まで米国に早々と譲歩し、手渡してしまえば、台湾にはもはや外交カードは残らない。この先、米国の思うがままに進み、台湾が台湾ではなくなることを、台湾は最も危惧する。

そんな危機感が台湾メーカーを台湾に踏みとどまらせ、域内での巨額投資に駆り立てた。世界からどんなに地政学的リスクを指摘されようとも今の台湾には、そこに配慮する余裕はない。
台湾北西部の苗栗県では、大手の力晶科技(パワーチップ)が広大な敷地で半導体工場の建設を急ピッチで進めている(6月1日)

中国からの統一圧力は喫緊の課題だ。むしろ「これだけ半導体の生産の集積化が進んでしまった台湾を、もう世界は見捨てることなどできない」(台湾の半導体業界関係者)とにらむ。

台湾にとって最大の対中防御策は、もはや米国から供与される武器などではなく、自前による最先端の半導体工場なのかもしれない。生き残りをかけた勝負の巨額投資が、台湾全土で今、静かに、そして急ぎ足で進む。
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益尾知佐子
九州大学大学院比較社会文化研究院 准教授
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ひとこと解説

これは貴重な記事ですね。まさに地経学。
米中の力の対立が国際秩序を塗り替えていく中、それ以外の主体には自分の生存空間をどう確保するかという問題が問われています。半導体の人質化なんて、数年前までは誰も思い付かなかったでしょう。
「これだけ半導体の生産の集積化が進んでしまった台湾を、もう世界は見捨てることなどできない」。まさにその通りです。サプライチェーンが最大の安全保障。
日本の国際的価値はどこにあるのでしょうか。台湾の真剣さを見習いたいものです。
2022年6月7日 12:00
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深川由起子
早稲田大学政治経済学術院 教授
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分析・考察

スマイルカーブの底にある製造に特化して高付加価値化のはしごをかけ上り、到達した究極の台湾半導体産業。アジアはグローバルな国際分業の中で経済発展し、産業・企業の集積パワーが関税交渉主体を上回るユニークな時代に突入しています。規模ではなく、サプライチェーンで絶対不可欠なポジションの品目を死守・強化しつつ、古典的なNation stateを枠組みとして戦争が進行中の欧州とは全く違う構造であることをワシントンにも北京にも説いて、落としどころを探すのが日本の役どころでは。まずは変化のスピードに伍して行かないと。
2022年6月7日 12:44』