イスラム経済圏、成長加速 原油追い風も統合は進まず

イスラム経済圏、成長加速 原油追い風も統合は進まず
20億人のムスリム市場(下)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB280610Y2A520C2000000/

『イスラム諸国の経済成長が加速している。新型コロナウイルス禍からの回復に加え、ロシアによるウクライナ侵攻を背景とした原油高が追い風となっている。人口増が続き、労働力や消費の拡大も見込まれている。さらに同じ宗教を信じる人々が1つの「イスラム経済圏」を築ければ、大きな経済効果をもたらせる。

だが、期待された統合は進まず、むしろ分断が深まっている現実もある。

57のイスラム諸国・地域が加盟するイスラム協力機構(OIC、本部はサウジアラビアのジッダ)の2021年11月の報告によると、21年の加盟国の国内総生産(GDP)は計7.7兆ドル(約1000兆円)と世界の8%を占める。

21年は4%台の成長軌道に戻る

実質経済成長率は20年にはコロナ危機の影響でマイナス1.6%に落ち込んだが、21、22年は4.3~4.5%と過去10年の平均の成長に近い水準を取り戻す見通しだ。成長はさらに上振れる可能性がある。OIC経済のけん引役であるサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などの有力産油国が原油高の大きな恩恵を受ける可能性が高いためだ。

国際通貨基金(IMF)は4月、22年の湾岸産油国の実質GDP伸び率の予測を2.2%引き上げ、6.4%とした。

5月の世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)に出席したサウジのジャドアーン財務相は1~3月期のGDPが前年同期比で9%以上伸びたと述べた。ジャドアーン氏は石油収入だけでなく、実力者ムハンマド皇太子が進める脱石油の改革の成果を強調した。

サウジが改革の目玉のひとつとして掲げるのが観光業だ。メッカとメディナという2つの重要なイスラム聖地をかかえるため、信者の巡礼にからむ観光業の発展に大きな期待を寄せる。

OIC、一体性欠く経済圏

もっとも、OICが1つの経済圏として発展するには一体性を欠いているといわざるを得ない。

例えばイスラム諸国が集まる北アフリカ地域。アフリカ開発銀行は、同地域のGDPは統合の欠如で2~3%押し下げられていると推計している。高関税や紛争で域内の貿易は伸びない。OICの貿易に占める域内取引の割合はわずか19.5%だ。

中東を中心にショッピングモールを運営するアルフッタイム・グループが5月に発表した報告によると、パキスタンを含む中東アフリカ地域(MENAP)は世界人口の8.5%を占めるが、GDPシェアはわずか3.4%にとどまっている。

OICの加盟国の経済的な実力はばらばらだ。インドネシア、トルコ、サウジアラビア、イラン、ナイジェリアの上位5カ国でOIC全体のGDPの半分以上を占めている。外国直接投資(FDI)のシェアではアラブ首長国連邦(UAE)とインドネシアの2カ国だけで全体の4割近くを占める。

GDPの上位10カ国にはインドネシアやサウジ、イラン、ナイジェリア、UAEなどの有力産油国がならぶ。

一方、石油を産出しないアフリカなどの加盟国は成長が遅れ、富める国と貧しき国との差は極めて大きい。

イスラム発祥の地で、中東から北アフリカにまたがる「アラブ世界」も、「一つ」ではなく「一つ一つ」だ。

カイロを本部とするアラブ連盟は1945年に創設された。ほぼ同じ時期に始まり、現在は最終段階の欧州の経済統合に比べると、その違いは明白だ。同じ宗教、文化、言語を共有するにもかかわらず、統合は遅々として進んでいない。

サウジ・イランの対立、紛争の火種に

「現状では経験も技能も設備もないが、その潜在力に注目している」。アラブ首長国連邦(UAE)の商業都市ドバイをおとずれた欧州の小売りビジネスの幹部は、中東アフリカ地域のサプライチェーン(供給網)について、こう語った。

米中対立やロシアのウクライナ侵攻をめぐるリスクの高まりから企業は今、供給網の見直しを急いでいる。広げすぎたネットワークを縮め、生産地や消費地に近づける「ニアショアリング」がその柱だ。欧州企業からすれば中東はその有力候補だ。

イエメンではサウジとイランが「代理戦争」を繰り広げている=ロイター

だが、現実には政治対立の壁が立ち塞がる。中東アフリカ地域は世界で最も紛争が多い不安定な地域の一つだ。大きな影を落とすのはイスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアとシーア派のイランの覇権争いである。

イランの核の脅威を封じ込めるために結ばれた2015年のイラン核合意。米国のトランプ元大統領が18年に一方的に離脱し、これに反発したイランが原子力活動を広げ、事実上の機能不全に陥った。封じられていた対立がこれによって吹き出した。

バイデン米政権は核合意への復帰を目指し、今年初めには再建合意の一歩手前まで進んだが、ロシアによるウクライナ侵攻で再び議論が宙に浮いてしまった。ロシアは英独仏中とならぶ重要な当事国の一つだが、核合意再建後の取引について、対ロ制裁の適用除外とするよう要求し、議論が混乱した。

シリアやイエメンの内戦ではイランとサウジが代理戦争を繰り広げる。両国が政治的な影響を競うレバノンは経済が崩壊状態にもかかわらず、政治対立で必要な改革が進まない。イランとサウジは水面下での対話も模索するが、相互の不信感は根深い。

「中国優先」の米国の外交姿勢、混乱に拍車

混乱に拍車をかけるのが世界の盟主・米国の外交姿勢だ。核合意への復帰にカジを切ったとはいえ、バイデン政権の政策の優先課題は中国の権威主義との戦いだ。加えてウクライナ紛争の長期化で、中東問題にかつてのような外交資源を割くことは難しくなるかもしれない。

米国が”撤退”した跡を中国やロシア、インドなどが埋めようとするが、その行動はしばしば機会主義的だ。自国の利益を重視して対応を変えるため、対立の仲介、紛争予防、持続可能な発展に向けた改革の支援などは後回しにされる恐れがある。

 バイデン米大統領はイラン核合意への復帰を目指していたが、議論は暗礁に=UPI

一方、中東の産油国が曲がりなりにも進めてきた脱資源の改革は、原油価格の高騰で棚上げされる懸念が高まっている。イスラムESG債も、環境関連の発行にはブレーキがかかる可能性がある。しかし、石油頼みの構図を続ければ、どこかで世界経済から置き去りを食らうだろう。

消費国はウクライナ紛争で化石燃料への依存のリスクを痛感した。ロシアのプーチン大統領が侵攻の暴挙に出たのは、「化石燃料をロシアに頼る欧州が強く出ることはないだろう」とタカをくくっていたからかもしれない。

だが、欧州連合(EU)は5月30日、ロシア産石油のEUへの輸入を禁止することを柱とする追加制裁で合意した。

欧州は気候変動対策から再エネルギー投資を近年、加速してきたが、今後は外交・倫理的な意味からも脱・化石燃料を急がざるを得ない。

原油高を追い風に成長軌道に戻ったイスラム経済圏だが、国家間の格差、統合の遅れ、宗派間対立、脱資源など様々な課題が山積している。

(編集委員 岐部秀光)

=おわり

[日経ヴェリタス2022年6月5日号]』