1870年にプロイセンが、新見本(近代的な徴兵制度)を示した。

1870年にプロイセンが、新見本(近代的な徴兵制度)を示した。
https://st2019.site/?p=19710

『Kamil Galeev 記者による2022-6-2記事。

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 ロシア帝国は1699年から1874年まで、「リクルート徴兵」をしていた。男子人口の一部を強制的に兵隊にする。初期にはその服役年限は一生であった。のち、25年に改められた。25年でも、永久就職のようなものだ。だから、非志願制であると同時にそれは「プロフェッショナル」な軍隊だったと言える。

 この方式は、平時の軍隊の質を高くするにはよい。しかし、規模のわりにはコストがかかる。また、戦争が始まってから大量且つ急速に補充することはできない。

 すなわち、平時には大所帯に過ぎるし、戦時には小所帯に過ぎるのだ。

 1870年にプロイセンが、新見本を示した。近代的な徴兵制度だ。平時に、多数の若者を短期間だけ、軍営で鍛えては、次々に除隊させ、予備役をやたらに増やしておく。有事にはその予備役を総動員する。こうすれば、平時の軍隊は小所帯で済み、戦時には全男子を兵隊に使えるので、国軍は爆発的に兵力を増やせる。

 この近代的徴兵制は、政府と臣民の間の暗黙の同意が大前提である。市井人たる予備役兵がいつ何どき、召集令状によって軍事動員されるかもしれないが、その政府の決定には従いましょうという社会契約が、そこには必要なのだ。

 ロシアは1874年以降にこれを採用し、WWIIまでこれで乗り切った。

 WWII後はどうか? 戦後のソ連は、一回も、予備役兵の充員召集はしていない。アフガニスタンのときでもそうだった。ソ連崩壊後も、現役(当初は18歳から3年間。近年は1年間に縮んでいる)の若い徴兵だけで、チェチェン作戦をやり切っている。1945いらい、予備役を動員したことがないのだ。

 いつしかロシア軍は、近代的徴兵制の軍隊ではなくなっていたわけだ。戦時に兵隊の人数を膨らませることができなくなってしまっている。法制度の上ではそれは可能でも、現実に、予備役の動員など考えられない慣習が社会にできあがっているのだ。

 2000年のチェチェン戦争のビデオを見るがよい。映っているロシア兵は皆、18歳か19歳である。指揮官の将校だけが、あきらかに中年だ。これでなんとかなった。というか、なんとかするしかなかったのだ。

 2000年以後のロシア軍は、志願兵のプロフェッショナルを中核とする軍隊に変わった。

 今次ウクライナ戦争の中核は、20歳以上の志願兵たちである。

 ロシア社会からは、戦前には存在した「社会契約」が、ひとつ、消えていると考えられる。もはや誰も、予備役の召集になどよろこんで応ずるつもりはない。政府が国民から信用を失っている。だから、大量動員ができない。

 兵営の側でも、大量の未訓練兵を急速に二等兵に仕立てるためのインフラを、ポスト冷戦期に、整理廃止してしまっているのだ(セルデュコフ国防相によるプロ化改革)。いまさら、うけいれようもない。

 ※いま、ロシアには、古い砲弾が腐るほどあるが、兵隊がまったく足りない。

FEBAが東へ遷移すればするほど、ウクライナ軍は、露軍を有利にしてやることになってしまうのである。つまり露軍は限られた未訓練の兵隊を広義の「砲兵」に仕立てて、最多余裕資源であるところの「砲弾」を撃ちまくらせればいい(WWII中も同じことをやった。120mm迫撃砲とカチューシャ)。

輸送トラックの苦労も戦場が東に移れば解消されるのである。

これに対してウクライナ軍は70kmレンジの地対地ロケット弾を整備してこなかったものだから、敵の砲弾のイン・レンジで戦うことになり、日に日に人命を捨てることになる。拙劣である。

このまずいパターンを脱するには、十五榴相当の炸薬7kgを充填した投下爆弾を70km以上運搬できる再利用型のUAV(それは全重30kg台でできあがることをとっくにポーランドが実証している。15榴のタマ1発よりも軽いのだ!)を雲霞の如くに殺到させるしかない。

30kg台のUAVを大量生産するのに、西側諸国には一体何ほどの苦労があるというのか? ぼやぼやしてるんじゃねえ!』