北京の奥の院、「異変」の兆しあり

北京の奥の院、「異変」の兆しあり

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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
     令和四年(2022)6月1日(水曜日)
          通巻第7354号  
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 北京の奥の院、「異変」の兆しあり
   ?国勲、応勇、遼寧ら習近平側近がつぎつぎと落馬
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 4月27日、廖国勲・天津市長が自殺した。59歳。
 廖は習近平側近として知られ、栗戦書・全国人民代表大会常務委員長の部下だった。2020年、天津市長に就いて僅か二年。死後、2ケ月、市長は空位である。

 応勇・湖北省書記(その前は天津市市長)は20年三月に就任したばかり、22年三月に退任におい込まれた。応勇は習派である。
 劉寧・広西チワン自治区書記は21年に任命されたが、前職は遼寧省々長、元青海省々長で、陳希・共産党組織部長に抜擢された。
 この劉寧に批判が集中した。これは習近平の人脈拡大に、亀裂が入ったことを示唆する。というのも、劉は意気軒昂に、あるいは無邪気に『習近平思想』なる冊子をつくり、あたかも『毛沢東語録』のように配布したところ、批判が巻き起こり、冊子配布を取りやめた経緯がある。

 新彊ウイグル自治区で「弾圧」の先頭にたっていた陳全国は閑職に追いやられ、馬興瑞に交代した。馬は李克強首相が率いる共青団系の大物、王洋派である(ちなみに現在、奥の院で展開されている権力闘争が激化した場合、『リリーフ』として王洋副主席が習近平と交代する可能性もある、と筆者は『夕刊フジ』(5月27日号)で指摘しておいた)。

 組織部長とは人事権を握る権力中枢。部長の陳希は清華大学科学部で習近平と学生寮が同室だった。異例の出世は習との学友関係であり、陝西省党委員会書記の胡和平は陳希の下で清華大学党委員会副書記や副校長。陳希の後任として大學党委員会書記である。また北京市長の陳吉寧は陳希の下で清華大学の副校長、校長。つまり習近平派系の学者の登用も目立った。

 陳希が組織部長として何をしたかと言えば、胡錦濤や李源潮(元中央組織部長)が推進した幹部選抜の競争制度を方向転換し、習近平の権力強化に寄与する仕組みに変えたことであり、非主流派からは敵視されてきた。

 ▲習近平派が後退、李克強派が伸張

 陳希が組織部長に就任してから、学者の同僚、後輩等が地方幹部に抜擢され、前述の胡和平や陳吉寧のほか天津市党委員会副書記の陰和俊、海南省党組織部長の彭金輝は雲南民族大学や昆明理工大学で校長だった。遼寧省副省長の盧柯。広東省副省長の張光軍は中国工程物理研究院に勤めていたことがり、陳希人脈である。

 四月頃から党機関誌などが李克強を褒めあげる記事が出始めた。人民日報は、李克強論文を長々と掲げた。ネットでは遠回しに習近平の上海都市封鎖、ウクライナ戦争対応の不手際などを露骨に批判する文書がネット上に出回るようになった。
 上海封鎖の陣頭指揮を執った李強・上海特別市書記は、本来なら習のゼロコロナ政策を忠実に実行したのだから、大出世だろう。ところが政治の風向きが変わってきた。李強は、むしろスケープゴートにされる可能性がある。

 そして李克強首相派の石泰峰(内蒙古自治区書記)は社会科学院長に出世したほか、李派の数名が昇進した。共青団は「次期のホープ」=胡春華を温存している。胡春華は王洋の後釜として広東省書記を務め、現在は副首相。習近平が徹底的に冷遇してきたが、雰囲気が変わっている。

 秋の党大会前、夏に長老があつまる北戴河会議で基本的な人事が内定する流れとなっている。
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