習近平氏に明王朝の落とし穴 ゼロコロナ破綻が招く嵐

習近平氏に明王朝の落とし穴 ゼロコロナ破綻が招く嵐
本社コメンテーター 秋田浩之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD267770W2A520C2000000/

『中国の「ゼロコロナ」政策が続いている。上海市では都市封鎖(ロックダウン)が講じられ、北京市でもさまざまな地区で住居や店、地下鉄駅が閉じられた。中国政府は不要不急の出国を厳しく制限することも決めた。上海市の都市封鎖は6月に解かれる方向だが、同政策が止まる兆しはない。

米欧の衛生専門家の間では、中国のやり方は新型コロナウイルスを封じ込めるどころか、感染の大爆発を招きかねないとの声が強まってきた。

世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は5月10日、中国のゼロコロナ政策は「持続可能ではない」と批判した。他の主要国のようにある程度、コロナと共存しながら、感染を抑えていく道を選ぶべきだという趣旨だ。

むろん、ゼロコロナ政策は弊害ばかりではない。死者が100万人を超えた米国などに比べ、中国の感染者数や死者数ははるかに少ない。もろい医療体制が崩れるのを防ぎ、人々の命を救っていることは評価に値する。

しかし、感染力が強いオミクロン型が2021年秋に現れて以来、力ずくでウイルスを封じ込めるのは極めて難しくなった。ゼロコロナ政策に固執すれば、かえって悲惨な結末を招きかねない。

共産党体制を脅かす敵

人口に占める感染者が極めて少ないのは、免疫を持たない国民の比率も高いということだ。英国の感染症専門家は「中国は事実上、誰もコロナに感染していない19年に近い状態にある。新たな変異型に極めて脆弱だ」と指摘。変異型に効く米欧のワクチンも使いつつ、「ウィズコロナ」への移行を探るべきだと話す。

ところが、習近平(シー・ジンピン)国家主席はゼロコロナ政策を改めるどころか、意地でも続けようとしている。

WHOに批判される直前の5月5日、習氏は党政治局常務委員会で「わが国の防疫方針を疑い、否定する言動とは断固戦う」と号令をかけた。会議では指導部の総意として、こうも確認した。「我々は武漢市での防衛戦に成功した。より大きな上海でも必ず勝利できる」

習氏がゼロコロナに固執するのは、防疫だけが理由ではない。ウイルスは共産党体制を脅かす敵であり、この「戦争」に勝たなければならないと信じているのだ。

コロナが湖北省武漢市から広がった20年、中国は都市封鎖で感染を抑え込んだ。対応にてこずる米欧を横目に、共産党統治のほうが民主主義体制よりも優れていると宣伝した。いまコロナ封じ込めを諦めたら、西側との政治戦争に負けたことになる。

習氏がゼロコロナ政策にこだわる真意をさらに深掘りすると、特殊な歴史観にいきつく。
「ゼロペスト」から学ぶ面

習氏は国家統治のモデルとして、明王朝を参考にしているふしがある。漢民族が打ち立て、1368年から約300年にわたって続いた王朝だ。実は発足の直前は、黒死病(ペスト)が猛威を振るい、中国にも大きな災いをもたらしているさなかだった。

中国史を研究する岡本隆司・京都府立大教授によると、当時、明王朝がとったのも「ゼロペスト」のような政策だった。その成功を足がかりに、明王朝は統制型の巨大帝国を築いていく。岡本氏はこの史実が、習氏の統治スタイルにも影響していると分析する。

「明王朝は発足時、不景気や感染症に対処するため、移動、交易を制限するなどゼロペスト的な政策をとった。感染が収束し、世界経済が再び動き出しても、明王朝は強い中央統制型の統治を続け、鎖国に近い政策をとった。習氏はこの路線から学んでいる面があるのではないか」

だが、このままゼロコロナ政策を続ければ、感染爆発のリスクが高まるだけでなく、統治の安定を損なう恐れもある。5月後半、北京の大学では厳しい行動制限に怒り、学生が抗議デモに走る騒ぎが相次いだ。経済への打撃も大きく、4月は生産、小売り、雇用が軒並み悪化した。

政策の誤り膨らむ恐れ

民主主義国家では民意が働き、指導部の政策の誤りは政権交代などで改められていく。だが、共産党では指導者の方針は簡単に変えられない。トップに褒められたい側近らの忖度(そんたく)により、政策の誤りを膨らませてしまう恐れもある。中国専門家の川島真・東大教授は話す。

「習氏はウィズコロナを否定し、ゼロコロナといったが、実態として何が何でもコロナをゼロまで撲滅せよ、とまで言ったわけではないだろう。ところが彼の意図を忖度した側近や政府・党幹部らが各地でゼロにすべく競い合っている。トップが決定した方針を柔軟に修正できず、矛盾を増幅させてしまう。そんな共産党体制の欠点が映し出されている」

明王朝をモデルにしているのであれば、習氏はその失敗からも学んだほうがいい。極めて厳しい中央統制は皇帝の権力を強めるのに役立ったが、当然ながら反動も生んだ。自由を制限される民間の反発や不満が高まり、王朝の基盤を崩すマグマになっていった。

岡本教授は「習氏が10年間続けてきた強権路線は、似たような混乱を招くリスクを高めかねない」とみる。仮に、ゼロコロナ政策によって習政権がウイルスに勝てたとしても、過剰な締め付けが人々の怒りに火をつけ、社会の安定が揺らいでしまったら元も子もない。明朝の末路は、そんな危険を暗示している。

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池上彰
ジャーナリスト・東京工業大学特命教授
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ひとこと解説

習近平国家主席が明王朝をモデルにしていることは、南シナ海や「一帯一路政策」からも見てとれます。

習主席が「南シナ海は中国のもの」と主張する根拠は、明王朝時代、世界の大航海時代に先立って鄭和による大船団が南シナ海を開拓したことです。

鄭和の大船団は、インド洋を通ってアフリカ大陸に到達。ムスリムだった鄭和はメッカ巡礼を果たしています。この海路が、まさに「一帯一路」の原型なのです。習主席は、まるで明王朝の皇帝のような存在に自らを擬しているかのように見えます。

2022年5月30日 12:41

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竹内薫
サイエンスライター
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別の視点

「中国は事実上、誰もコロナに感染していない19年に近い状態にある。新たな変異型に極めて脆弱だ」。

欧米からのワクチン受け入れをしたくないメンツもあるのかと思われますが、オミクロン以降は「ゼロ感染」政策は、科学的・医学的に無理ですね。ウイルスにはイデオロギーや根性では勝てません。

2022年5月30日 11:25』