ウクライナ「IT王国」陥落せず 踏みとどまるエンジニア

ウクライナ「IT王国」陥落せず 踏みとどまるエンジニア
編集委員 下田敏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD174020X10C22A5000000/

『ウクライナのIT(情報技術)テクノロジーが国際的注目を集めている。ウクライナは旧ソ連時代に科学技術の中心地として発展し、今では知る人ぞ知るIT大国。対話アプリ「ワッツアップ」や電子決済「ペイパル」の共同創業者はウクライナの出身だ。ロシア軍の攻撃により、代替が利かないソフトウエア開発拠点としての存在が再認識された。国産テクノロジー兵器による戦果も関心を呼んでいる。

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「優秀な技術者、非常に多い」

ソフトウエアのオフショア開発事業を手がけるGAX(ギャックス、東京・港)はウクライナのIT企業5社と提携し、あわせて約5500人のエンジニアにソフトウエア開発を委託している。
現地の開発会社Muteki Groupで今も働くウクライナ人エンジニア(ウクライナ東部ハリコフ)

ウクライナを委託先に選んだのは「優秀なIT技術者が非常に多く、とくに人工知能(AI)開発能力は突き抜けている」(秋間信人代表)からだ。欧州のソフト開発の一大拠点であるだけにノウハウの蓄積があり、欧州で事業展開する日本企業からの依頼が多い。

ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めた2月24日。直ちにソフト開発の委託事業を約2週間止め、エンジニアには首都キーウ(キエフ)などからの脱出や生活面での対応に専念してもらった。

残留者も避難者も開発を継続

ロシア軍の攻撃にもかかわらず、キーウなどのインターネット環境には大きなトラブルもなく、残留を決めた8割ほどのエンジニアは開発を継続。ポーランドなど周辺国に脱出した人も、パソコンがあれば避難先でも開発作業に取り組めるため、委託事業は間もなく再開された。4月に入ってからはロシア軍の撤収でオフィスに戻ってくるエンジニアも増えた。
ロシアの攻撃を受けた首都キーウ近郊=ロイター

4月中旬、ロシア軍の黒海艦隊の旗艦である巡洋艦「モスクワ」が沈没した。ウクライナ国産の対艦ミサイル「ネプチューン」がロシア軍の防衛システムをかいくぐって撃沈に成功したと伝えられ、国際的な注目を集めた。

ウクライナ軍がロシア軍と対峙できるのは米欧からの武器供与があるためだと考えられていたが、ネプチューンの戦果はウクライナがモノづくりからソフト開発、AIまで技術力に優れていることを人々に思い起こさせた。

地上戦でもテクノロジーが活躍している。英タイムズ紙はウクライナの技術者と英国のデジタルマッピング会社が開発したシステムが、ウクライナ軍の砲撃の精度を高めていると報じた。全地球測位システム(GPS)やドローンが収集したデータを使ってロシア軍の位置を特定すると、システムが瞬時に最適な攻撃方法を判断して提示するという。

国産ミサイルの戦果でウクライナの技術力が注目を集めた(撃沈されたロシアの巡洋艦モスクワとされる艦艇)=共同

思わぬ形で注目を集めたウクライナのテクノロジー。GAXの秋間代表は「ウクライナ支援の広がりもあって、ソフト開発力や納期に問題がなければウクライナに委託したいという顧客が増えている」と話す。

ウクライナは旧ソ連時代に軍需産業や鉄鋼業の集積が進み、産学連携の科学技術の中心地として、大陸間弾道ミサイル(ICBM)などの開発に関わっていた。1991年のソ連崩壊後はこれらのエンジニアがIT産業に移り、ソフト開発のアウトソーシング先として発展した。
戦闘長期化なら頭脳流出のリスク

英オックスフォード大学インターネット研究所がオンライン労働市場についてまとめた各種指標によると、ウクライナはインドや米国に並ぶ世界有数のアウトソーシング先。ほかの国では映像制作や事務・データ入力に関わる人が多いが、ウクライナのオンライン労働者はソフト開発・テクノロジーに従事している割合が9割近くと高いのも特徴といえる。

国内に踏みとどまり、あるいは避難先から、ソフト開発を支えるウクライナ人エンジニアとは対照的に、ロシアでは母国を離れるIT技術者が急増している。西側の制裁で経済的苦境に陥り、金融制裁で事業の継続が不透明になっているうえ、政治信条や反戦意識からロシアを離れるIT人材も少なくない。ロシアのIT技術者の3分の1が海外移住を模索しているとの報道もある。

紛争が長期化するとITエンジニアの「頭脳流出」も懸念される(ハリコフの開発センター)

もっとも、ロシアとの戦闘が長期化すれば、ウクライナでもITエンジニアを中心とした頭脳流出が起きるリスクはある。一例がアフリカのエチオピア。低コストのソフト開発のアウトソーシング先として知られていたが、2020年に始まった反政府勢力との戦闘が一時は首都アディスアベバに迫るほどに拡大し、国家非常事態が宣言される状況となった。この時に戦渦に巻き込まれるのを恐れ、優秀なITエンジニアが欧州や米国に流れてしまったといわれる。

世界銀行は22年のウクライナの国内総生産(GDP)成長が前年比マイナス45%になると見込んでいる。ロシアの軍事侵攻でインフラが破壊され、穀物等の輸出や経済活動が停滞し、企業活動も縮小を余儀なくされるためだ。ウクライナのIT産業が持ちこたえられるかどうかは戦後の経済復興にも大きく関わってくる。

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南川明
インフォーマインテリジェンス シニアコンサルティングディレクタ
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分析・考察

これまでの戦争の定義が大きく変化していることを感じます。

タンク、駆逐艦、空母、戦闘機や兵士の数では圧倒的なロシアの苦戦はITの差が原因であると言えそうだ。

日本でも軍事費増額、先制攻撃も可能な武器の配備が検討されているがIT技術者育成、増員の話は聞かない。

核の脅威は唯一の被爆国である日本が1番理解している。ITや半導体で圧倒的な技術力があれば核保有以上の抑止力になる事を国には検証してもらいたい。

2022年5月30日 8:30』