クアッドの歩み、東京から加速

クアッドの歩み、東京から加速 ライオネル・バーバー氏
英フィナンシャル・タイムズ前編集長
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD251CD0V20C22A5000000/

『2019年春、インドの首都ニューデリーにある首相官邸でモディ首相と面会した。

チャイ売りの家庭に生まれたモディ氏は染み一つないオレンジ色のジャケットに身を包み姿を現すと、すぐに政治家としての顔を見せた。国連安全保障理事会に英国など5カ国の常任理事国を置く戦後体制を「過ぎ去った時代」と切り捨てたのだ。

モディ氏は、同年の20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)で二つの会合が別々に開かれたことを指摘した。一つはインドとロシア、中国が参加し、もう一つはインドと日本、米国が参加した。「両者の共通項がインドだ」とモディ氏は語り、「その点がこれまで十分に考慮されてこなかった」と続けた。

東西間の勢力の移り変わりを巡るモディ氏の発言は、日米豪印の4カ国の枠組み「Quad(クアッド)」が5月24日に東京で開いた首脳会議の重要性を浮き彫りにしている。クアッドは同盟というより、中国の台頭など地政学的な変化によって芽生えたパートナーシップに近い。

英フィナンシャル・タイムズ前編集長 ライオネル・バーバー氏

そもそも04年のスマトラ沖地震と津波被害の現地支援を機に立ち上がったクアッドは10年以上にわたって足踏みが続いた。18年の再始動後も、中国の王毅外相は「海の泡」のごとくすぐに消え去るだろうとの見方を示した。

確かに米国の資金を使い、新型コロナウイルスのワクチンをインド発で供給するクアッドの計画は頓挫した。しかし中国がクアッドを押さえ付け、黙らせようとする動きにも効果はなかった。中国政府の敵対的な態度はむしろ、4カ国の結束を強めた。

クアッドが目指すものとしては、サプライチェーン(供給網)の強化に加え、自由かつ開かれたインド太平洋地域に向けた全般的な取り組みが挙げられる。

目下の新たな推進力は、日本政府の防衛費拡大の方針、バイデン米大統領による対アジア外交の立て直し、オーストラリア総選挙で勝利し、23日に就任したばかりのアルバニージー首相の登場だ。

クアッドと並行し、バイデン氏はインド太平洋経済枠組み(IPEF)を打ち出し、日本や韓国が貿易や投資の共通ルールに加わるよう呼び掛けている。IPEFは米国が17年に環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱したままの現状を埋め合わせる努力であるのが透けて見える。

バイデン氏が前任のトランプ氏から距離を置こうとしても、民主党議員が後押しする貿易政策は「米国第一」の看板を掛け替えただけだ。ニュージーランドのある外交官は中身の薄いIPEFを、「ラマダン(イスラム教の断食月)中に昼食に招かれたような感じだ」と言い表した。

クアッドはIPEFよりも食欲をそそる。日本との関係緊密化に前向きな姿勢を見せる韓国がまず仲間入りする可能性がある。英国も候補で、欧州連合(EU)からの離脱後、新たなパートナーシップの構築を模索している。

これらの動きが新たな地政学的環境を映し出す半面、従来は中立を決め込んできた国々が、ロシアのプーチン大統領のウクライナ侵攻をきっかけに方針の変更を強いられている。その中でインドはロシアに軍備を頼る状況を自覚し、板挟みの状態にある。

中国をけん制するため、同盟のような枠組みにインドを引き込もうとしても無駄だ。インド政府は中国を安全保障上の脅威と見なすが、同盟に頼らない立場を誇りにしてきた。米国のあるベテラン外交官は「インドは決して同盟国にならないが、パートナーにはなり得る」と話す。

総選挙を二度勝ち抜いたモディ氏は決定的な影響力を誇る。同氏の自由化政策は途切れ途切れにもかかわらず、インド経済のアニマルスピリット(血気)は再び活性化しつつある。ゼロコロナ政策に苦しみ続ける中国よりは景気が良さそうだ。

自信を深めるインド、自己主張を始めた日本、インド太平洋地域との関係を再構築したい米国、実績を作りたい豪新首相。クアッドの前進が東京から加速する兆しは十分にある。クアッドを元気はつらつな10代の若者には例えられないかもしれないが、18年の時を経て立派に成人したのは間違いない。

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Nikkei Asia https://asia.nikkei.com/Opinion/Shared-unease-over-China-helps-the-Quad-come-of-age?n_cid=DSBNNAR 』