出遅れた米のアジア戦略 中国抑止、時間との競争に

出遅れた米のアジア戦略 中国抑止、時間との競争に
世界の分断と日米㊥
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN185RZ0Y2A510C2000000/

『「21世紀の経済の未来はインド太平洋、私たちの地域で大きく描かれる」。ロシアのウクライナ侵攻からほぼ3カ月となる23日、バイデン米大統領は訪問先の東京で韓国、インドなど13カ国によるインド太平洋経済枠組み(IPEF)の始動を宣言した。

トランプ前政権が環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱して5年。バイデン氏は大統領として初めてのアジア訪問で、中国と競う最前線での経済戦略の空白を埋めることを狙った。だがIPEFはまだ文字通り「枠組み」でしかない。

貿易やサプライチェーン(供給網)など分野ごとに中身を詰めつつ、TPPのように米議会の承認が必要な貿易協定はめざさない。関税引き下げによる市場開放は雇用を奪うと与野党そろって反対だからだ。求心力となる実利が薄く「年末には忘れ去られてしまうかも」(ハドソン研究所のライリー・ウォルターズ氏)との声がくすぶる。

それでも傍観を続けるよりましだ。この3カ月の歴史の急転は米国の危機感を高めた。経済の相互依存は必ずしも調和を意味せず、法の支配など共通の価値を軽んじる相手に半導体といった戦略物資を頼ることはリスクに直結する。

戦禍に揺れる欧州の言葉は米国の問題意識をよく表している。トラス英外相は4月末、こう語った。「どの国もルールに従わなければならない。中国もそうだ。ルールに従わなければ中国の台頭は続かない」。

IPEFは越境データ流通や供給網の混乱に関する早期警戒制度など新たなルールを作り、中国の覇権主義的な行動の抑止につなげる。

最大の懸案は台湾有事だ。中国が台湾統一を目標とする限り、その可能性はゼロにならない。米国は軍事と経済の両面で備えを急ぎ「台湾侵攻シナリオが浮上しないよう強い抑止力を保つことが最善策だ」(ブルッキングス研究所のライアン・ハス氏)。

ロシアの経済規模が中国の広東省と同程度なのに対し、中国経済は米国の4分の3に達する。「だから中国を切り離すデカップリングは不可能」と立ち止まるのではなく、コスト優先から信頼重視に軸足を移すなどリスクを制御する思考が試される。

中国は東アジアの地域的な包括的経済連携(RCEP)に加わり、TPP加盟も申請した。正直言って米国は周回遅れだ。米国が圧倒的な軍事力で不安を抑え込めた時代はもはや遠い。危機感を保ち、仲間を結集して重層的に備えの厚みを増すしかない。

米国はIPEFが「反中国」に傾くのを懸念した東南アジア諸国に配慮し、創設メンバーから台湾を外した。「低姿勢の交渉」(米通商筋)によって東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国のうち7カ国の参加を取り付けた。全体では13カ国と、11カ国のTPPを「数」で上回った。

今秋の中国共産党大会で習近平(シー・ジンピン)総書記が異例の続投を決めれば、次の5年の統治で台湾統一の目標は一段と重みを増す。米国の出遅れ挽回は時間との競争になる。

(ワシントン支局長 大越匡洋)

【前回記事】ウクライナの先に台湾有事 日本、アジアの安定へ求心力

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伊藤さゆり
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究理事
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ひとこと解説

中国はRCEPに参加し、TPPにも加盟を申請しているほか、チリ、NZ、シンガポールが2020年に立ち上げたデジタル貿易に関する新協定「デジタル経済パートナーシップ協定(DEPA)」にも昨年11月に加盟を申請、多国間の枠組みに積極的に関与する姿勢を見せている。
昨日、日経主催の「アジアの未来」でオンライン講演した易小準・元商務次官が指摘した点だが、米国こそが、一方的なTPPからの離脱、G20やAPECなどの地域横断的な多国間枠組みでのロシア代表の出席への抗議の退席、WTOの上級委員会の機能不全を生み出すなど、保護主義的で、グローバル経済の分断を煽る存在との批判を許してしまっている面がある。

2022年5月27日 8:13 (2022年5月27日 8:39更新)

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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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ひとこと解説

IPEFは安全保障の観点から結成された枠組みだが、具体的に企業は利益で動くものである。

貿易ならば、政府は関税をかけることで企業の経営行動を変えることができる。

しかし、サプライチェーンを変えることは簡単ではない。とくに、中国の場合、市場として存在感が増しているので、企業にとってその利益を無視するわけにはいかない。

30年前、中国の市場は微々たるもので、アメリカは巨大な市場だった。今は逆。したがって、IPEFは実行段階でどれほどの効力を発揮できるかがまだ未知数。

とくに、世界主要国の企業は半導体の増産に走っている。半導体の需給がリバランスすれば、IPEFは形骸化する可能性がある

2022年5月27日 7:14 』