習氏の密使訪韓、米にシグナル バイデン氏との協議探る

習氏の密使訪韓、米にシグナル バイデン氏との協議探る
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK221JM0S2A520C2000000/

 ※ この世の中、すべて、「表の話し」と「裏の話し」がある…。

 ※ 「表」では、押したり・引いたり、「失言」して見せたり・それを「修正」して見せたり、「強烈な不満」を表明して見せたりする…。

 ※ そして、「裏」では、肚の内を探ったり、エサを撒いて、反応を見たり、誘ったりする…。

 ※ そういう「地下水脈」みたいなルートは、数々あったりする…。

 ※ 国内政治でも、「太いパイプがなんたらかんたら。」と言ったりするだろ?

 ※ そういう「動き」にも、目配りしておくことが、肝要だ…。

 ※ ましてや、米中間は、表向きは「援蔣ルート」使って、国民党の尻押しする「裏」では、毛沢東を秘かに支援していた…、とも噂されるんで、要注意だ…。

 ※ キッシンジャーの「ニンジャ外交」も、あまりに有名だしな…。

 ※ さらには、サイクス・ピコ協定の「二枚舌外交」もあったしな…。

 ※ 今、wiki見たら、フサイン・マクマホン協定-バルフォア宣言-サイクス・ピコ協定の三つで、「三枚舌外交」だったらしい…。

 ※ いやはやな話しだ…。

 ※ 「頭の単純なヤツは、生き残れない。」…。歴史の荒波に飲まれて、藻くずとなって消えて行く…。「強か(したたか)なヤツ」だけしか、生き残れない…。

『米大統領バイデンの訪韓、訪日、日米豪印による「Quad(クアッド)」首脳会議、インド太平洋経済枠組み(IPEF)立ち上げなど中国を意識した動きが目白押しだ。崖っぷちの米中関係は、今秋の中国共産党大会でトップ続投を狙う国家主席の習近平(シー・ジンピン)にとっても大きな懸念材料になっている。

ロシアのウクライナ侵攻を巡り、中国国内世論が真っ二つに割れる事態にも頭を痛める習は、ひそかに布石を打った。長年の盟友で剛腕として知られる国家副主席の王岐山(ワン・チーシャン)を米国とのパイプ役として再度、起用したフシがあるのだ。王はもともと米国の金融界に太いパイプを持つ経済分野の知米派だった。

10日、ソウルで尹錫悦・韓国大統領(右)と握手する中国の王岐山国家副主席= AP

段取りは相当、手が込んでいた。秘密裏の米中意思疎通の舞台となったのは、韓国・ソウルだ。王は5月10日、ソウルで開かれた韓国新大統領、尹錫悦(ユン・ソンニョル)の就任式に「習近平主席特別代表」として出席し、尹に習の親書を手渡した。

習が韓国新大統領就任式に従来より格の高い国家副主席を派遣したのは異例で、韓国重視の表れという解説が一般的だ。だが、実のところ王岐山には別の重要な使命があった。深刻な危機に陥っている対米関係の維持・修復を見据えるシグナルの発信だ。

喧騒のソウルで隠密行動

バイデンがソウルに送った米政府代表団は、副大統領ハリスの夫、ダグラス・エムホフをトップとする8人。ほかに労働長官のマーティン・ウォルシュ、大統領特別補佐官(人事担当)のリンダ・シム、民主党下院議員のアミ・ベラとマリリン・ストリックランド、米司法次官補トッド・キムらだった。

関係者などによれば、習の意を受けた王岐山は、短い韓国滞在中の隠密行動で、バイデン側に届くように意味のあるシグナルを送り、今後の米中対話に関する感触を探った形跡があるという。新大統領就任に伴うソウルの慶祝ムードと喧騒(けんそう)に紛れた動きは気づかれにくく、好都合だった。

「習主席を代表する」と説明される特別代表は、いわば習の分身である。政治性を帯びた密使の役割は、外交トップの共産党政治局委員、楊潔篪(ヤン・ジエチー)、国務委員兼外相の王毅(ワン・イー)ら「官僚上がり」にはできない芸当でもある。

王とバイデン政権側の意思疎通を足がかりに設定されたのが、1週間余り後の18日、楊潔篪が米大統領補佐官(国家安全保障担当)のサリバンと意見交換した電話協議だった。裏の高位の意思疎通は、過去に何度もあった米中の公式ルートでの協議にブレークダウンされた。

2021年10月、スイス・チューリヒで会談するサリバン米大統領補佐官(左手前)と中国の楊潔篪共産党政治局委員(右手前)=新華社・共同

中国国営通信、新華社の報道によると、ここで楊は「米側は何度も、一つの中国政策を堅持し、『台湾独立』を支持しないと述べている。だが最近、米側の台湾問題上の実際の行動は、表明とは大きく違っている」と非難した。

最後に「双方はウクライナ、朝鮮半島情勢など国際的な地域問題について意見交換した」とも付け加えている。目下の国際政治上、重要な意味があるのはこちらだ。

バイデンが東アジア歴訪の際、台湾問題で想定以上に踏み込まないと約束をするならばウクライナ問題、北朝鮮が準備中とされる核実験を含む朝鮮半島情勢を巡り、一定の範囲で協力できる――。そう考える中国側が、米中首脳協議に応じる用意があると示唆していたとしても違和感はない。中国側の要求には、対中制裁関税の引き下げなども含まれているはずだ。

これは米側にも好都合だった。一連のバイデン外交に強く反発する中国が、予想外の軍事的な冒険に出るのは極力避けたい。米中首脳協議が内々に固まっていれば、ダメージコントロールとしては秀逸だ。

5月末にも米中首脳協議との観測

興味深いのはその直後の19日、サリバンが遠くない将来、 バイデンと習が協議する可能性を強く示唆したことだ。「今後、数週間のうちに(2人が)再び(電話やオンラインで)話をしても驚かない」。韓国に向かう大統領専用機内で語った言葉は、この時点で米中の意思疎通が順調な様子を示していた。

米中関係者の間では「中国の反発は想定内だ」「一連の(米中)接触を経て、早ければ日本でのQuad終了後の5月末にも『習・バイデン協議』を設定できる可能性がある」という観測も出ていた。

もう一つ、重要な動きがあった。内情を明かしたのは、やはりサリバンだ。22日、 台湾は当面、IPEFに加わらないと語ったのだ。ここには米中首脳協議に向けた大国間の駆け引きが透けて見える。攻めていたバイデン側も中国に一定の配慮をした。誘い水、譲歩といってよい。

この時期に王岐山が韓国に派遣され、米側とのパイプ役まで担うのは、中国の内政の観点から見ても大きな意味がある。崖っぷちの米中関係を何とかつなぎとめるための王の再起用。それは疎遠さも噂されていた「習・王」関係が、いまだ強固である事実をうかがわせる。

結局、王は習が使える最後の対米パイプ役として機能し、中国経済の極度の悪化に苦しむ習に助け舟を出すのだ。中国が最も重視する対米外交の実相からは、生々しい中国政治の内部も垣間見える。

習近平氏の背中をたたいて呼び止める王岐山氏(2016年3月3日、北京で開いた全国政治協商会議開幕式の終了後)=写真 小高顕

王はソウルで大統領を退任する直前の文在寅(ムン・ジェイン)とも会い「彼(習を指す三人称)を代表して」と3回も繰り返した。習を「彼」呼ばわりする違和感のある作法は、一部で「習を軽視している」と話題になった。だが、これは一断面しか見ていない。

王が「彼」と呼ぶのは、親しさのアピールでもある。ふたりは陝西省延安での「下放時代」から半世紀を超す長い付き合いで、しかも王は習より年上の兄貴分だった。

それは2016年のエピソードを思い起こせば、すんなりと理解できる。当時、汚職撲滅を掲げた苛烈な「反腐敗運動」の司令塔だった王は、絶対権力者への道を歩む習の背を手でたたいて呼び止め、振り向いたトップと話しながら退場したのだ。

北京で開幕した全国政治協商会議の全体会議が終わり、最高指導部メンバーがひな壇から退場する際の一幕である。衆人環視下の密談で、王は習と対等に話せる大物ぶりを誇示した。

なお変わらぬ「習・王」関係

この雰囲気はいまも大筋、変わっていない。習は18年の憲法改正で2期10年までだった国家主席の任期制限を撤廃し、終身のトップさえ可能にした。実はこの措置は王が就いた国家副主席のポストにも適用される。制度上、王は副主席にずっととどまることができる。それは習の考え方次第なのだ。

クアッド首脳会議に臨む(左から)アルバニージー豪首相、バイデン米大統領、モディ印首相、岸田首相(24日午前、首相官邸)

今後の問題は、日米首脳会談とQuad首脳会議も終わった現在、中国側の意思に変化があるかどうかだ。バイデンは日本での共同記者会見で、台湾有事の際は米国が軍事的に関与すると明言した。激しく反発する中国が本音ベースでどう受け止め、どう行動するかである。

バイデンは同じ場で対中制裁関税の引き下げを「現在、検討している」とあえて付け加えた。こちらは誘い水である。

仮に近く米中首脳協議が実現する場合、習はいったい何を語るのか。台湾問題を巡って米側に強くくぎを刺しながらも、対米関係を壊す気はないという雰囲気を醸し出すに違いない。それさえもできなければ、党大会を勝ち抜いて3選をめざす際、長老らや非習派につけ込まれる口実を与えかねない。

2013年12月、当時は米副大統領だったバイデン氏(左)と握手する習主席(北京の人民大会堂)=ロイター

厳しい「ゼロコロナ」政策と、民間企業いじめにもみえる経済政策で中国経済は急減速している。いま、習には米国に本気で強く出る余裕はない。長期化するウクライナでの戦闘を巡り、欧州にくぎ付けになるバイデン政権の外交・安全保障の脆弱さも突きながら、少しでも有利な条件で対等に対話する。それができれば、中国側にとっては上々だといえるだろう。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)

1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』