プーチン大統領、ネオナチ批判の重いツケ 侵攻3カ月

プーチン大統領、ネオナチ批判の重いツケ 侵攻3カ月
編集委員 池田元博
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD201KN0Q2A520C2000000/

『ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始して3カ月。プーチン大統領は侵攻理由のひとつに、ナチズムとの闘いを掲げる。ウクライナのゼレンスキー政権を「ネオナチ政権」と非難。第2次世界大戦で当時のソ連がヒトラー率いるナチス・ドイツに勝利した歴史と重ね合わせ、ロシア国民の愛国心をあおって侵攻を正当化しようとしている。だが、こうした戦術が奏功しているとは言い難い。

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「唯一の正しい決定」

「ナチズムを倒した人々の記憶を守るのは我々の義務だ」「ネオナチ、バンデラ主義者との衝突は避けられない状況だった」――。

9日、モスクワで開かれた対独戦勝記念日の軍事パレード=AP 

5月9日、モスクワで開かれた第2次大戦の対独戦勝記念日の軍事パレード。演説したプーチン氏はウクライナ侵攻に関し、戦果を誇示することも、国民に総動員をかけることもなかった。代わりに終始、訴えたのが「唯一の正しい決定」と総括した侵攻の正当化だ。

プーチン氏は、ウクライナの「ネオナチ」は親ロシア系住民が多い東部のドンバス地方で懲罰的な作戦、クリミア半島などでは領土侵攻の準備を進め、自ら核兵器を取得する可能性すら公言したと主張。北大西洋条約機構(NATO)もロシアに隣接する地域で積極的な軍事開発を進め、「決して容認できない脅威」が国境間近で計画的に形成されていたと断じた。

プーチン氏はかねて、米欧寄りのゼレンスキー政権を「麻薬中毒者やネオナチの徒党」と酷評。ウクライナに侵攻した当初は「非ネオナチ化」と称し、政権の転覆すら模索していた。
バンデラ主義者の非難も

プーチン氏が執拗にネオナチを持ち出し、ウクライナ非難の宣伝材料するのには理由がある。第2次大戦前後にウクライナの独立運動を主導した政治家ステパン・バンデラの存在だ。今回の演説で、ネオナチとともに言及した「バンデラ主義者」はバンデラのシンパを意味する。

バンデラは「ウクライナ民族主義者組織」の指導者で、ウクライナ西部を中心に戦前はポーランド支配、その後はソ連支配からの独立を求めて武力闘争やテロ活動を主導した。1959年、滞在先のミュンヘンでソ連国家保安委員会(KGB)の工作員によって暗殺された。

ウクライナ首都キーウに掲げられたソ連時代のウクライナ民族主義運動指導者ステパン・バンデラのポスター(2014年3月)=共同

ソ連による占領に対抗するため、一時的にナチス・ドイツとの協力を唱えた経緯があり、旧ソ連やロシアではバンデラを「ヒトラーの協力者」、バンデラ主義者を「ネオナチ」とみなす。一方、ウクライナでは91年末の国家独立以降、バンデラを英雄視する傾向が強まり、各地に銅像も建てられるようになった。

ウクライナでは2013年、親ロ派のヤヌコビッチ政権が欧州連合(EU)との連合協定の調印準備を停止したことから、市民による反政府デモが激化。ヤヌコビッチ氏は翌14年にロシアに逃亡し、大統領選を経て親米欧派のポロシェンコ政権が誕生した。

9日にモスクワで開かれた対独戦勝記念日の式典に参加したプーチン大統領(前列中央)=ロイター 

プーチン氏はこの政権交代を、米欧の支援を受けたバンデラ主義の民族主義者が主導した「非合法のクーデター」と非難。ウクライナにネオナチのレッテルを貼り、ゼレンスキー政権誕生後も多用して批判していた。

ロシアを中心に旧ソ連ではもともと、ナチズムへの嫌悪感が根強い。第2次大戦の対独戦で3000万人近い犠牲者を出したからだ。プーチン氏の父親も戦闘で重傷を負った。母親は飢餓で生死をさまよい、兄は病死した。一時的にせよナチスと協力したバンデラの存在は、ウクライナ侵攻で国民の支持を得たいプーチン氏にとって格好の宣伝材料となっている。
ロシアではナチズムへの嫌悪感が根強い(対独戦で戦った家族の写真を掲げて行進する人々。前列中央は父親の写真を掲げるプーチン大統領。9日、モスクワ)=AP 

ただし、政権の思惑が必ずしも成功しているわけではない。「ウクライナ情勢で何を懸念しているか」。民間世論調査会社のレバダ・センターが4月に実施した調査によると、民間人やロシア兵を含めた人的犠牲が47%を占めた。半面、バンデラ主義者やナチズム信奉者の脅威を挙げたのは6%にすぎなかった。

米武器貸与法、復活

政権の過剰なネオナチ批判は、国際社会で思わぬ不協和音も生んだ。ラブロフ外相は5月初め、ゼレンスキー氏がユダヤ系なのに「ネオナチ」とみなす言い訳として、「ヒトラーもユダヤ系だった」と発言。イスラエルの激しい怒りを買い、プーチン氏がベネット首相に謝罪する一幕があった。

米ホワイトハウスで武器貸与法案に署名するバイデン米大統領(9日、ワシントン)=ゲッティ共同

ゼレンスキー氏はウクライナに侵攻したプーチン氏こそが「ナチスの所業をまねている」と反論する。米国のバイデン政権はロシアで対独戦勝記念式典が開かれた9日、ナチス・ドイツとの戦いで多大な役割を果たした「武器貸与法」を復活させた。ウクライナへの武器供与がより迅速になる。ロシアに与える打撃は大きい。「ネオナチ」批判を繰り返すプーチン氏が、手痛いしっぺ返しを受けたといえそうだ。

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