「戦狼」不信と岸田外交

「戦狼」不信と岸田外交
 風見鶏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA12AUT0S2A510C2000000/

『国と国の首脳会談は事務方が積み上げた事項を確認するだけの場ではない。トップ同士が一対一で本音を交わす。率直な意見交換で首脳自身が感じたことが次の判断の材料になる。

岸田文雄首相は今春、東南アジアの首脳にこうささやかれた。「中国は絶対に許さない。信頼しているのは日本だ」

首相は3月下旬から5月上旬に東南アジア5カ国とインドの首脳と対面で会談した。発言はそのうちの一人のものだ。

中国は軍事・経済で優位な立場を背景に威圧的に要求を飲ませようとする。中国のアクション映画のタイトルから「戦狼」外交と呼ばれることも多い。

足元では新型コロナウイルスを徹底して抑え込む中国の「ゼロコロナ」政策が周辺国の経済にも打撃を与えた。東南アジアの首脳が中国への怒りを吐露しやすい時期ではあった。
首相がそのときに思い出したのは2010年12月、自民党が野党だった時のインドネシアとシンガポールの記憶だ。いま自民党幹事長の茂木敏充氏と2人で視察した。

日本が国内総生産(GDP)で中国に抜かれ、世界第3位に転落した年だった。中国が国際的な大型投資に動き、期待が高まる実態を現地で目の当たりにした。「このままではアジアは中国に全部取られるぞ」。茂木氏と語り合った。

東南アジア諸国連合(ASEAN)はその後も中国への経済的依存を深めてきた。日本企業の駐在員は「首根っこを中国に押さえられている」と話す。

首相は今回の訪問で12年前には考えられなかった空気に接した。「経済的利益だけを見て中国のいうことを聞いていたら危険だ」という東南アジア各国の警戒感があった。

首脳外交を支えるのは首相が政治家として自負する「聞く力」である。首脳会談で得た意見、感じ取った雰囲気をどう次の一手につなげるかが大事だ。

大型連休で首相は東南アジアのあとにすぐイタリアと英国を訪ねた。アジア各国の首脳の本音を伝えた。遠い異国の実態は貴重な情報になる。欧州とアジアの橋渡しを担った。

首相周辺は「首相はまず相手の話に耳を傾け、言い方も押しつけがましくない」という。相手国にとっては米国や中国などの大国を相手にするのとは違って、心を許しやすいと分析する。

岸田政権は「新時代リアリズム外交」を掲げる。「一国のみで自国の平和と安全を守ることは現実的ではない」と説明する。国と国の間に入り望ましい環境をつくる外交だ。

ウクライナ危機で国際社会は覇権主義の危険性を実感した。首相はインド太平洋での中国の行動もロシアと同じ「力による現状変更」と位置づける。中ロの結束を防ぐためアジアにも欧州にも働きかける。

「ウクライナはあすの東アジア」と首相は説く。経済を基軸に中国をみていた欧州も、中国の別の顔に気づき始めた。欧州のある首脳は「中国が台湾侵攻に動くだろう」と首相に語った。

日本の安全保障の最大の懸案は中国だ。30年ごろには東アジアでの中国の軍事力は日米を逆転するという予測もある。

「戦狼」不信があっても日本が経済を再生させて米国と共に防衛力を強化しなければ対処できない。「経済を強くしないと外交に影響する」というのは首相の信念でもある。

23日に首相はバイデン米大統領と会談する。互いの中国観をぶつけ合うだけでなく、対中抑止の具体策を示さなければならない。そうでなければ聞く力は単なる受け身と化してしまう。(秋山裕之)』