ウクライナ侵攻でにわかに関心が高まる「核共有」

ウクライナ侵攻でにわかに関心が高まる「核共有」: 日本が導入するための前提条件
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 ※ オレは、「豚のように、屠殺される」のは、嫌だね…。

 ※ 捕らえられて、後ろ手に縛られて、頭を討ち抜かれるなんてのは、真っ平ごめんだ…。

 ※ たとえ、「死んで行く」にしても、「敵に食らいついて」、「敵の心胆寒からしめて」死んで行きたいものだ…。

 ※ それが、「侍(サムライ)」ってもんだろう…。

『 高橋 杉雄 TAKAHASHI Sugio

防衛研究所 政策研究部 防衛政策研究室長。1995年、早稲田大学政治経済学部卒。97年、同大学院同研究科同課程修了(政治学修士)。97年、防衛研究所入所。2006年、ジョージワシントン大学コロンビアンスクール修士課程修了(政治学修士)。2009年、政策研究部主任研究官を経て現職。共同編著に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房)『「核の忘却」の終わり: 核兵器復権の時代』‎ (勁草書房)。

『 谷田 邦一TANIDA Kuniichi経歴・執筆一覧を見る

ジャーナリスト、シンクタンク研究員。元朝日新聞編集委員。1959年生まれ。90年に朝日新聞社入社。東京社会部、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て、2021年5月に退社。現在は、ジャーナリスト、未来工学研究所(東京)のシニア研究員(非常勤)。主要国の防衛政策から基地問題、軍用技術まで幅広く外交・防衛問題全般が専門。防衛大学校や防衛研究所で習得した知見を生かし、新しい時代にふさわしい安全保障問題のアプローチ方法を切り開きたいと考えている。共著に『自衛隊 知られざる変容』『海を渡った自衛隊』(朝日新聞社)など。』

『 83%の人が核共有を議論すべきと回答

―産経新聞とFNN(フジネットワーク)が2022年3月19、20日に行った合同世論調査では、米国の核兵器を同盟国内に配備して共同で使う核共有について「議論すべき」と答えた回答者が全体の83.1%を占めました。この数字をどうみますか。

近年、東アジアの安全保障環境が悪化し、不安感や恐怖感が高まっていることが背景にあるのではないでしょうか。北朝鮮がミサイルの開発を進め、台湾海峡でも危機が叫ばれている中、ウクライナ侵攻でロシア軍の核部隊に戦闘準備を求めたプーチン氏の発言で核使用の現実的リスクに直面し、国民感情が変わってきたのでしょう。

―NATOの核共有とはどんなシステムなのか、解説をお願いします。

核共有の取り決めを結んでいる5カ国(ドイツ、ベルギー、オランダ、イタリア、トルコ)が、各国内の基地に米国の核弾頭を保管し、例えばドイツなら、ドイツの首相と米国の大統領が核使用について決定が一致した場合に限り、ドイツの航空機に核弾頭を積んで攻撃するというシステムです。

ただし、核弾頭はあくまでも米国のものであって、ドイツに保有権はありません。

また、ドイツ側が核兵器を使いたいと言っても、米大統領が「使うべきではない」と判断したら使えません。

逆にドイツが反対しても、米国は自国の航空機やミサイルを使って核攻撃ができるので、ドイツ側には実質上、拒否権がありません。

― 冷戦期の核共有と現代の核共有にはどんな変化があるのでしょうか。

冷戦期には航空機搭載型の核爆弾の他に核ミサイルもありましたが、それは中距離核戦力(INF)全廃条約(2018年にトランプ米大統領が本条約の破棄を表明し、19年8月に失効)で廃止されました。

欧州では戦略環境も変化しています。

冷戦期の欧州においては、旧ソ連やワルシャワ条約機構軍に比べ、NATO軍は通常戦力において圧倒的に劣勢でした。その劣勢を挽回するために核兵器を使うという枠組みでした。そうした戦略的背景の中で、欧州に配備した核兵器の運搬を同盟国が一部担うという仕組みが出来上がってきたわけです。

核共有が有する大きな価値

―日本を含むアジアは当時どうだったのでしょうか。

アジアでは米国の海空軍力が旧ソ連に対して優位にありましたから、欧州と違ってソ連の通常戦力に対して核兵器を先行使用する必要はありませんでした。しかも日本では核アレルギーが強かったですし、米韓でも米国が韓国の軍事独裁政権との関係は微妙なものでしたから、欧州のような核共有メカニズムを必要とすることはなかったと言えます。

―ウクライナ戦争をきっかけに、日本でも核共有を巡る議論をすべきという機運が高まる一方、核共有の是非については、米国の核抑止に依存する現行の日米安全保障体制に肯定的な専門家たちの間でさえも意見が割れています。なぜでしょうか。

理由の1つは、今のNATOの核共有の在り方と日米同盟の在り方の2つのオプションを前提にして、どちらを選びますかという議論になっているからではないかと思います。

確かに核共有には単独の使用権も拒否権もないのですが、大きな価値があります。核兵器は究極の兵器であり、その共有を内外に示すことは同盟の強化になり、強い抑止力になります。

また、軍事作戦とは、「知る必要」がある相手にしか共有されません。たとえ自国の中においてでもです。しかし、核共有協定に基づいて核兵器の使用を伴う作戦を共同で実行することになれば、作戦計画を「知る必要」が同盟国に発生します。シンプルに言えば、核兵器の使用に関する計画を共有できるようになるのです。

米国の軍事的支援を信じる究極的な担保は作戦計画の共有です。

通常戦力において、日米同盟では、ガイドラインに基づいて共同作戦計画を策定し、日米共同訓練を重ねています。こうした計画の共有と訓練の実施が同盟の実効性と相互の信頼性を高めることになります。

核共有協定を結んでいる国の間では、一部の核兵器において計画が共有され、訓練が行われます。この価値やメリットは他では代替できません。だから冷戦後も、核共有は制約がありつつも存続してきたのです。

―NATOの核共有に対する意識も時代とともに変化があるのですか。

冷戦後、NATOの加盟国が拡大したことで、核共有を巡る考え方にある種の分裂が生じるようになりました。

ロシアのクリミア併合(2014年)前のことですが、ドイツをはじめとして、核弾頭の前方(欧州)配備は有事の時に限り、普段は核弾頭を米本土に戻した上で核共有協定だけ続ければいいというような意見が出てきました。

反対に、ロシアに近いポーランドやチェコ、バルト三国などはロシアへの深刻な脅威を常に感じていて、欧州内の配備を求めています。

そうした不信感を埋め合わせるために行われている方策の一例が、核弾頭を運ぶドイツの戦闘機をポーランドの戦闘機が護衛する共同軍事訓練の実施です。

訓練を通して、ポーランドも核兵器の使用を伴う作戦に参加することになり、核作戦計画の共有の範囲を広げたというわけです。

NATOでは多数の同盟国に安心感を与えるために冷戦後、試行錯誤を重ねています。だから冷戦期の5カ国だけの核共有を念頭に議論すると本質を見誤るように思います。

国民が納得するまで議論を

―核共有を実現するとすれば、一般的にどのような手順や課題があるのでしょうか。

当たり前の話ですが、核兵器は軍事作戦の1つとして使われます。

陸海空の通常兵力を用いた通常作戦の協力が深まっていく中に、核兵器が組み込まれているのです。

核共有で言いますと、参加国が核政策をシェアする核計画グループ(NPG)だけが注目されがちですが、全ての通常作戦の上に核作戦が乗っているわけで、それだけを切り出して議論すると整合性を欠くことになります。

実は、米韓同盟は統一的な指揮系統を持っており、軍事作戦計画の面では日米同盟より深化していて議論しやすい。

米韓連合軍には朝鮮戦争時の戦時統制権が存続し、綿密な作戦計画もある。

核については作戦計画に統合されていませんが、そこに持ってくることはできる。

日米の場合は、まだそういう関係まで構築できていません。ようやく両国の統合司令部の必要性が議論され始めたばかりで、まずはそこから始めなければなりません。

―日本の安全保障において、北朝鮮がすでに日本に届くミサイルに核弾頭を積んで配備していると言われています。その脅威が高まれば、日本国内で核共有の議論は盛んになるでしょうか。

北朝鮮の脅威を巡る日米の拡大抑止の考え方は、米国の立場から見ると、米国が北朝鮮を抑止する方策と、米国が日本を安心させる方策の2つから成る三角形の関係です。

この2つは求められることが違う。

核共有は、一義的には同盟国を安心させるための枠組みなので、メリットやデメリットは国民が安心できるかどうかが唯一最大のポイントです。

NATO型の核共有をやろうとしても、核弾頭を同盟国の国内に前方配備することで国民の不満が高まってしまえば、かえって同盟関係が悪化して安心感が低下することもある。

だから国民の理解が得られることが最も重要です。

これは専門家が客観的に評価すべき問題ではなく、国民の主観に関わる問題なのです。そのためにも正しい知識の下で国民が納得するまで議論することが大事になると考えています。

核兵器の使用は連帯責任

―米国の核抑止を高めて核攻撃の可能性を未然に防ぐために、日本ができることは何でしょうか。

「核抑止には2つの考え方があります。

核兵器がありさえすれば抑止はできるという考え方と、核兵器を実際に使う準備をしなければ抑止はできないという考え方です。

日本の置かれた状況は後者に近づいていると私は考えています。逆説的ですが、核兵器を使う準備をすることが逆に使用する可能性を下げていくということです。

もう1つ大事なことがあります。

それは万が一、米国が日本を守るために核兵器を使った場合は、他人事としてとらえないということです。

責任をちゃんと共有する覚悟が必要です。責任を米国の大統領だけに負わせるのではなく、日本の首相や国民も負わなければなりません。ともに歴史の法廷に立つ覚悟がなければ、米国に核抑止を期待する資格はありません。拡大抑止の基盤は責任を一緒に負う覚悟にあるのです。

― 安倍晋三元首相は「核共有についてタブー視すべきではない」と語っていますが、自民党内では核共有について国会で議論をしようという機運には至っていないようです。

今、北朝鮮は米国に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)を開発しつつあり、おそらく日本に届く核ミサイルをすでに配備している。

中国は2000発持っていて、15年もすれば、ICBMも1000発ぐらいになると言われている。

ロシアはいつ暴発するか、分からない状況です。

20年前と比べて日本を取り巻く核の脅威が増大しているのに、安全保障体制は同じでよいのか。国民はどうすれば安心できるのか。議論を尽くして、納得するプロセスが不可欠です。

バナー写真:ドイツ空軍の戦闘爆撃機Tornado-RIAT 撮影:Airwolfhound 』