「不安と分断の時代」 欧州世論揺らすウクライナ危機

「不安と分断の時代」 欧州世論揺らすウクライナ危機
有事の欧州政治(1)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR040200U2A500C2000000/

『「信用できない」。フランス南東部に住む看護師のフランソワーズは、4月の仏大統領選で現職エマニュエル・マクロンへの投票を見送った。

5年前の2017年、「古い仏社会からの脱却」を誓って大統領選に出馬した当時39歳のマクロンに投票した。収入や職業による格差の固定化が深刻なフランス社会の分断を是正してくれると思ったからだ。

だが、解雇ルール緩和などのマクロン改革は弱者の切り捨てに見えた。資産に課す「富裕税」廃止や燃料増税に反対する黄色いベスト運動が起こると、マクロンは慌てて所得減税などの生活支援策を打ち出した。これも「小手先のガス抜き政策」と見限った。

第2次世界大戦以来、欧州初の大規模な戦争であるウクライナ危機さなかの仏大統領選では、マクロンが快勝するとの見方が圧倒的だった。戦争などの有事には有権者は政治的安定を求める面があるためだ。結果は違った。極右政党、国民連合のマリーヌ・ルペンが1972年の同党発足以来、最多の41.5%の票を得る大接戦となった。

今回の大統領選でマクロンが失った有権者はおよそ200万人。その多くは移民排斥などのルペンの極右政策に賛同したわけではない。有権者はこの5年でフランスの失業率が2ポイントあまり改善した事実より、南部自治体で失業率が約12%と首都パリの2倍にのぼる現状に目を向けた。ウクライナ危機で加速したインフレは社会の分断を広げ地方の低所得層が離れた。

「不安と分断が至るところにある時代だ」――。5月7日、2期目の就任式でマクロンは語った。「フランスを変えてみせる」と宣言した5年前の勢いはない。「改革を押しつけるだけではうまくいかない。分断を修復しなければ」と慎重に言葉を選んだ。
2期目の就任式に出たマクロン大統領㊨=AP

政治不信の連鎖は欧州全域に広がる。

「厳しい夜だった」。5日の統一地方選で惨敗した英首相のボリス・ジョンソンはうなだれた。ロックダウン中のパーティー疑惑への批判に高インフレが追い打ちとなり、与党・保守党は改選議席の4分の1に当たる約500議席を失った。数十年にわたって保持してきたウェストミンスターやバーネットなどロンドン主要部の過半数議席も失った。

異変は少しずつ広がっている。同日の北アイルランド議会選では、アイルランド共和軍(IRA)の政治団体を前身とするシン・フェイン党が初の第1党になった。英国からの離脱とアイルランドとの統一を訴える同党の勝利によって、北アイルランド情勢は再び不安定になる可能性が高まった。イタリアでも反移民と保護主義を唱える極右政党「イタリアの同胞」の支持率は22%と政権与党の民主党と並ぶ。

主要国の政治が揺れれば欧州の結束も揺らぐ。

「我々の立場は変わらない」。ハンガリー首相のビクトル・オルバンは、EU予算の供給停止をちらつかせて「法の支配を順守せよ」と迫るEU本部に反発する。オルバンはロシア産石油の禁輸案にも「ハンガリー経済にとって核爆弾だ」と公然と反対し、親ロシアの姿勢を堅持する。

ハンガリーだけではない。ブルガリア、チェコ、スロバキア・・・。ウクライナ侵攻直後に国防費のGDP比2%以上への引き上げを決めたドイツでさえ、天然ガスの禁輸には慎重な姿勢を崩していない。

就任式の2日後の9日、マクロンは仏東部ストラスブールにいた。「欧州連合(EU)以外にも欧州の組織があってよいはずだ」。ウクライナを念頭に、EUより加盟が容易な「欧州政治共同体」の設置を訴えた。欧州の再結束を呼びかけるマクロンの政治家としての意欲は健在だが、6月には2期目の最初の関門となる国民議会選が迫る。

「私を支持する議員が増えれば、国民の生活を守れる」。マクロン政権を死に体に追い込もうと甘いささやきを口にするルペンを抑え込めるか。マクロンの内憂外患は、欧州全体に忍び寄る政治危機の縮図でもある。(敬称略)

1993年のマーストリヒト条約で発足したEUが最大の試練に直面している。ウクライナ侵攻と高インフレが各国の社会の分断を増幅しているためだ。苦悩する欧州政治を追う。

【ルポ迫真「有事の欧州政治」記事一覧】

・「本社工場が止まる」 ガス禁輸に独政権のジレンマ

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吉田徹
同志社大学政策学部 教授
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ひとこと解説

フランス社会の「分断」は確かに深刻な状況で、各種意識調査をみても「上手くいっているフランス」と「困窮するフランス」の実体が浮かび上がる。

選挙を制したマクロン大統領が積極的な支持を集めているかといえば、そういうわけでもない。

ただ「政治は悪さ加減の選択」(丸山眞男)である限りは、国民はルペンよりも政権運営能力で評価されるマクロンを選択したのであるし、EUについてもウクライナ侵攻によって、かつてのユーロ危機・難民移民流入危機の後遺症は克服されようとしている。

「強いEUがなければ強いフランスもない」というマクロン政治の正念場でもあろう。

2022年5月18日 14:24 』