インド中立、やむを得ない ロシアと決別できぬ対中事情

インド中立、やむを得ない ロシアと決別できぬ対中事情
本社コメンテーター 秋田浩之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD109WL0Q2A510C2000000/

『日本と米国、オーストラリア、インドの首脳が5月下旬、東京で一堂に会する。「Quad(クアッド)」と呼ばれる枠組みだ。

クアッドは中国をにらんで結束を強めてきたが、ここにきて暗雲が垂れこめている。ロシアのウクライナ侵略がきっかけだ。

日米豪など西側諸国はロシアを非難し、制裁を強めている。ところがインドは停戦を求めこそすれ、制裁には同調せず、中立の姿勢を変えていない。

ロイター通信によると、インドはロシアから安く石油を買うことすらも検討する。日米豪はこうした態度を改め、制裁に協力するよう、5月下旬の首脳会合でインドに求める構えだ。

ロシアによる残虐な侵略が続いているにもかかわらず、インドは制裁を控え、中立を決め込んでいる。確かに遺憾であり、失望を禁じ得ない。
さらされる一触即発の危機

しかし、インドを追い詰め、中立の態度を変えるよう迫ることが賢明だとも思えない。努力は徒労に終わるばかりか、日米豪の戦略的な利益を損ねる恐れもある。

インドとロシアの友好関係は今に始まったことではなく、米ソ冷戦中にさかのぼる。インドの当局者や元高官にたずねると、対中戦略上、ロシアとの友好を壊すわけにはいかないと口をそろえる。

いちばん大きな理由は1962年の中印戦争以来、中国との紛争が続き、一触即発の危機にさらされていることだ。2年前には衝突で45年ぶりに死傷者が出た。「いまも、両国がにらみ合い、緊迫している」(元インド軍幹部)

インドが恐れる悪夢は、この紛争でロシアが中国側に肩入れすることだ。紛争に直接介入することはないにしても、ロシアが情報提供や外交戦で中国を利する行動に出れば、インドには大きな脅威になる。

ロシアは今のところ、中立を保っている。だが、インドが敵対的な言動に出れば、ロシアは中国支持に転じるだろう。インドの外交専門家によると、ロシアはクアッドについても米国覇権の道具だと敵視し、深入りしないようインドに水面下で警告している。
目指すのは多極的な秩序

ロシアと決別すれば、インドは軍事上も少なからぬ打撃をこうむる。ロシアの兵器に深く依存しているためだ。インド軍の兵器は、約7割がロシア製との試算がある。冷戦以来、米国から最新鋭の兵器を買うのが難しかったことが一因だ。近年はフランスやイスラエルから兵器調達を増やし、ロシア比率を減らす努力を急ぐ。

インドのシブシャンカル・メノン元国家安全保障補佐官によると、全兵器輸入に占めるロシアの比率は2000年に80%だったが、19年には35%に落ちた。それでも、ロシア依存から抜け出すには、10年以上はかかるという。この間にロシアと敵対し、部品の供給を止められたら、インド軍の運用に支障が生じてしまう。

メノン氏は語る。「米国に守ってもらえる日本や北大西洋条約機構(NATO)諸国と違って、インドは自力で中国などとの紛争に対処し、領土を守らなければならない。ウクライナの状況には当然、インドも懸念を深めているが、ロシアと敵対できない厳しい安全保障事情も理解してほしい」

対ロ政策をめぐる米欧日とインドの溝をさらに掘り下げると、全く異なる世界観にいきつく。西側諸国は第2次大戦後、世界の繁栄を支えてきた米国主導の秩序を守ることが利益にかなうと信じている。こうした立場からすれば、ロシアは秩序を壊そうとする無法者だ。

インドの戦略家によれば、同国の発想は違う。インドがめざすのは米国主導ではなく、多極的な秩序だ。複数の大国が並立する、ドングリの背比べの世界である。特定の同盟国に頼らないインドにとっては、抜きんでた覇権国がいない世界のほうが安全なのだ。

インドは特に、中国の突出を阻もうとしている。このため中国の抑え役として、米国だけでなく、ロシアにも大国の座にとどまってもらいたいと願っている。

さらに複雑なのは、インド側は長年にわたる米欧への不信感も抱いていることだ。おおまかに言えば、次のような感情である。

アフガニスタンや中東、アフリカなどあちこちで紛争が続き、難民があふれているのに、米欧は十分に対応してこなかった。だが、身近な欧州で戦争が起きた途端、世界各国に連帯を迫る。これでは二重基準であり、偽善だ――。
過剰な期待、抱かず

では、日米豪、欧州はどうすればよいのか。まずインドが中国を抑止できる軍事力を整え、国境紛争がエスカレートするのを防ぐ体制を築くことは、西側諸国の利益にもかなう。その意味でインドが対ロ制裁を控え、ロシアとの友好をつなぎ留めることは当面、やむを得ないとみるべきだろう。

そのうえで、米欧はインドが一刻も早くロシア製兵器への依存を減らせるよう、軍事協力を急ぐことが大切だ。

インドとの戦略協力を息切れさせないためには、過剰な期待を抱かないことも肝心である。クアッドの連携は中国への対応を中心とし、ロシア問題にはあまり踏み込まないほうが現実的だ。

日米豪が対ロ外交でインドとの連携をめざすこと自体は、もちろん誤りではない。ただ、深追いした結果、クアッドの結束が崩れてしまったら元も子もない。そのときにほくそ笑むのは、まさに中国とロシアである。

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青山瑠妙
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 教授
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ひとこと解説

クアッドなどでインドへの過剰な期待は抱かないほうが良いという主張は全くその通りである。

アメリカや日本と異なり、インドの対外戦略は対中政策だけで規定されているわけではない。

インドは「戦略的自立性」を最重要視し、「強いインド」を目指している。インドのプラグマティズムに対しては、インドの外交姿勢と政策面へのプラグマティックな関与姿勢がむしろ重要なのではないか。

2022年5月16日 12:26』