「傲慢なエリート」の典型であるマクロンは、なぜ39歳でフランス大統領になることができたのか?

「傲慢なエリート」の典型であるマクロンは
なぜ39歳でフランス大統領になることができたのか?
【橘玲の日々刻々】
https://diamond.jp/articles/-/302806

『4月24日に行なわれたフランス大統領選の決選投票で、現職のエマニュエル・マクロンが国民連合のマリーヌ・ルペンを下して再選を決めた。とはいえ、「圧倒的に有利」とされたマクロンの得票率は59%で、ロシアのウクライナ侵攻でプーチンとの親しい関係が批判されたルペンは前回(2017年)から7ポイント伸ばした41%を獲得した。投票率は過去2番目に低い72%で、有権者の関心が低いというよりも、「ネオリベ」と「極右」では選択のしようがないと棄権した者も多かったのだろう。

 2018年に始まった「黄色いベスト(ジレジョーヌ)運動」は、燃料価格の上昇(税率の引き上げ)への抗議行動だが、それがコロナ禍で中断されるまで1年以上続いたのは、「傲慢なエリート」の典型と見なされたマクロンへの反発が大きかったようだ。実際、マクロンの次のような発言は強い批判を浴びた。

「彼ら失業者は自分でどんどん動けばいいのだ。道を渡るだけで仕事は見つかるのだ。小さな企業を自分で起ち上げればいいのだ。望めばなんでもできるはずだ」

「生活難に苦しむ人々の中には、よくやっている人たちもいますが、ふざけた人たちもいます」

 そもそもこんなマクロンがなぜ、2017年に弱冠39歳で大統領になれたのか? それが知りたくて、日本人にはあまり馴染みのないフランスの教育制度とマクロンの経歴を調べてみた。
パリ・バタクラン劇場前。2015年のテロ犠牲者を追悼して (Photo:@Alt Invest Com)

マクロンは「パリ政治学院(シアンスポ)」から「国立行政学院(ENA)」に進み、財務監査総局に採用された超エリートだった

 フランスで中央集権化が進んだのは絶対王政期で、革命(1789年)によって「中央」にいるはずの王や貴族階級が一層されたことで官僚機構だけが残った。共和国は、官僚制によって統治する以外になくなった。

 早くも1794年には、革命を主導した国民公会(ジャコバン派)によって、技術者を養成する「理工科学校(エコール・ポリテクニーク)」と、リセ(高校)の教授の養成を目的とする「高等師範学校(エコール・ノルマル)」が設立された。この両校は現在でもフランスの高等教育機関の頂点にあり、理工科学校の成績トップから11番目までの最優秀者は「技師」、25番目までは「土木技師」という革命当時のままの称号を与えられ、超エリートとして行政機関に採用される。一方、高等師範学校で「教授資格(アグレガシオン)」を取得した者は「アグレジェ」と呼ばれ、フランスにおける「(文系)知的エリート」の象徴とされている。

 フランスの教育制度を国家の統制下で整備したのはナポレオンで、1802年には国立のリセを創設して古典学中心の教育を復活させ、08年には「業績」と「平等」の原理に基づく選抜制度として「バカロレア」が発足した。これは中国の「科挙」に範をとったもので、家柄ではなく試験の結果(学力)を重視した教育制度はヨーロッパでは画期的だった。

 フランスは小学校5年制、中学校(コレージュ)4年制で、中学卒業時に普通高校と職業系高校に振り分けられる。日本との大きなちがいは、生徒が進学先を決めるのではなく、各校に設けられた「評議会」で決定されることだ。国立のリセは無償だからで、本人が普通高校を希望しても、評議会で職業高校と決められてしまうとその決定を覆すのは難しいという。

 全生徒のおよそ6割が普通高校に進み、3年生(最終年)で論述と口頭のバカロレアを受験する。これは「大学入学資格試験」といわれるが、正しくは高校の卒業試験で、バカロレアに合格しないと高校を卒業できない(留年して翌年もういちど挑戦することになる)。

 日本とのもうひとつの大きなちがいは、大学(ユニベルシテ)が国立で授業料無料であることと、バカロレア合格者はどの大学でも自由に入学(登録)できることだ。だったらソルボンヌなどの名門大学に入ればいいではないかと思うが、そのぶん卒業が難しく、8割以上が大学卒業資格を得られないという。

 登録自由のユニベルシテに加えて、「グランゼコール」という「入学試験のある大学」がある。グランゼコールは200校あまりあるが、試験の難易度によって厳密に序列化されていて、理工科大学と高等師範学校のほか、行政官を養成する「パリ政治学院(シアンスポ)」がエリートの登竜門とされている。

 ユニベルシテに進むならバカロレアにさえ合格すればいいが、グランゼコールを目指す場合は、バカロレア取得後に「グランゼコール準備級(CPGE)」に入らなければならない。これは大学の教育課程(1~2年生)に相当するが、そのための教育施設があるわけではなく、一部のリセ(高校)に併設された「特進コース」のようなものだ(準備級に進むのは普通高校の10%程度とされる)。この準備級を終えて、はじめてグランゼコールの入学試験を受けることができる。

 ドゴールが設立した「国立行政学院(ENA)」は官僚養成のための大学院大学で、グランゼコールの成績優秀者が進学し(その多くはシアンスポ卒業生)、上位の優秀者のみがエリート官僚への道である「大官僚団」の一員になれる。ENA卒業生は「エナルク」と呼ばれ、そのなかで最上位の1番から3番ぐらいまでが財務監査総局、次の4人ぐらいが国務院、その次の4人ぐらいが会計検査委に採用され、法案作成作業などの実務に従事する。

 国立のエリート養成機関であるENAは授業料無料であるばかりか、在学中は給料が支払われる。その代わり、卒業後10年間は公務員として働く義務を負い、その後は大企業の社長や副社長として「天下り」する。このエナルクによる支配は「エナルシー(エナ帝国)」という。

 このようにフランスで「エリート」になるためには、きびしい選抜を勝ち抜いて同世代のトップ数十人に入らなければならない。逆にいえば、いったんエリートの地位を得てしまえば、死ぬまでずっとエリートのままだ。公的な社会的地位でいえば、それは20代前半で決まってしまい「再チャレンジ」の道はない(ENAはエリート主義の象徴として批判され、2022年1月に新設の「国立公務学院」に統合された)。

 マクロンは「パリ政治学院(シアンスポ)」から「国立行政学院(ENA)」に進み、財務監査総局に採用された超エリートだった。だからこそ、30代で政治経験が乏しくても大統領を目指す資格があると見なされたのだ。』