[FT]オーストラリア総選挙、野党・労働党に追い風

[FT]オーストラリア総選挙、野党・労働党に追い風
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『3年前のオーストラリア総選挙(下院選)で、スコット・モリソン首相が率いた保守連合に屈辱的な敗北を喫した労働党の党首選にアンソニー・アルバニージー氏が出馬した。出陣式の会場として最大都市シドニーのパブ「ユニティー・ホール・ホテル」を選んだのには理由があった。

総選挙に向けた討論会でモリソン首相(右)と握手する労働党のアルバニージー党首(11日、シドニー)=ロイター

このパブはアルバニージー氏の地元、グレインドラー選挙区にある。1891年にはここで、労働党のニューサウスウェールズ支部が誕生した。労働党は3年前、選挙期間の大半で世論調査の支持率ではリードしながら敗北した。出直しが必要だった同党にとって、このパブは大きな象徴的な意味を持っていた。

そして今、21日投票の次期総選挙を前に、労働党はまたも支持率で先行している。同党のアルバニージー党首は9年ぶりの政権交代と首相の座の獲得を目指す。

新型コロナウイルスの感染拡大、気候変動対策をめぐる国内の対立、中国との関係悪化など、豪州が揺れ動いた後の総選挙になる。モリソン氏は台頭する中国に対抗するため、米国、英国と共に地域の安全保障の新たな枠組みである「AUKUS(オーカス)」を設けた。

労働党の支持率は54%

8日の第2回党首討論会後にニュースポール社が実施した世論調査の支持率は、労働党が54%で、46%の保守連合を引き離している。投票まで2週間という時点の調査でこれほど大きな差をつけて逆転を許した例は、豪州の現代史に見当たらない。

それでも選挙戦はなお「形勢が変わってもおかしくない状況だ」と話す労働党のメンバーもいる。「少し不安になってきた」

この労働党員の心理の背景には、アルバニージー氏がこれまでの選挙で苦戦を続けてきた事実がある。同氏は1996年から下院議員を務めているが、ラッド、ギラード両首相の労働党政権で閣僚を務め、党首に選ばれるまで、その存在は「陰の実力者」として評価されていた。

総選挙の公示日の翌日、有権者は物価高騰に苦しんでいたのに、アルバニージー氏は記者団から金利と失業率について問われ、うまく答えられなかった。その後、新型コロナに感染した。遊説に戻った後も、障害者福祉向上に向けた政策をスムーズに説明できなかった。

ギラード元首相の戦略ディレクターを務めた経験があるメルボルン大政治学部のプリンシパルフェロー、ニコラス・リース氏は、こうしたアルバニージー氏の失態がモリソン氏の得点にはつながっていないと指摘する。こうしたエピソードは「むしろ政治家の親近感を高めることになる」という。

モリソン首相の経済運営手腕を疑う有権者

リース氏によると、金利、物価上昇率、エネルギー価格の高騰が有権者の切実な問題になっている。(こうした現状を解消できない)モリソン氏が、経済運営の手腕は自分のほうが勝ると言い張っても、有権者には響きにくくなっている。公示後、南太平洋のソロモン諸島が中国と安全保障に関する協定を締結した。安保問題に強いとけん伝してきたモリソン氏にとっては痛い出来事だった。

59歳のアルバニージー氏は、そつがなく自己主張の強いモリソン氏に比べ、地に足のついた政治家として自分を押し出している。公営住宅でシングルマザーに育てられた「ハウソ(houso)」という自らの生い立ちを強調する。討論会で同氏は自分が「3つのことを強く信じて」育ったと語った。3つとは、労働党、カトリック教会、プロラグビーチームのサウスシドニー・ラビトーズだ。

「オーストラリアの人々は(アルバニージー氏が)苦労人で、好人物だと知っている」とリース氏は話す。

アルバニージー氏は学生時代に政治活動を始めた。地方政治家として地元で活躍した後、下院議員に当選した。労働党が下野した10年間、陰の実力者とされた。党内から攻撃を受けるモリソン氏とは正反対に、アルバニージー氏には分裂した労働党を総選挙に向けてまとめ上げたという評価がある。

労働党は選挙運動の焦点を中核的な政策に絞り込んでいる。高齢者介護の予算増額、低所得の住宅購入者向けのシェアードエクイティ(共有持ち分)制度、汚職を取り締まる連邦機関の設置、賃金の引き上げ、多国籍企業の税逃れの封じ込め、気候変動対策の強化などだ。

アルバニージー氏はシャープな人物像の演出にも努力している。イメージチェンジと減量をして、フィルム・ノワール(犯罪ドラマ)の主人公のような雰囲気を醸し出す写真でファッション誌に登場した。同氏の選挙コマーシャルのナレーターには、サウスシドニー・ラビトーズの共同オーナーで俳優のラッセル・クロウ氏を起用した。

労働党の政策を嫌ってきた財界の各方面など、これまで同党への支持が広がっていなかった層への訴求にも取り組むようになった。

モリソン氏とアルバニージー氏の双方と一緒に仕事をしてきたコンサルティング会社テイラー・ストリート・アドバイザリーのクリストファー・ブラウン会長は2人を評して、いずれもビジネス感覚は持ち合わせていないが、アルバニージー氏は急進的な姿勢を改め、インフラ担当相を務めてから、財界の受けがよくなったと話す。

中国の報復で豪州企業に打撃

ブラウン氏は「労働党政権が商工会議所を震え上がらせるような時代は去った」と言い切る。それでもアルバニージー氏について「(総選挙での)勝利を求めているが、どれだけ熱弁をふるっても、それだけでは勝てない」と指摘する。

一部の財界人は、防衛問題で「大きく出た」あげく、貿易上のニーズと安保のバランスを取れなかったモリソン政権にいらだちを募らせている。

中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の排除、AUKUSへの参加、新型コロナ発生源の調査要求によって、最大の貿易相手である中国との緊張を高めた。大麦生産者からワインメーカーに至るまで、豪州企業は、中国が報復としてしかけた貿易戦争で打撃を受けている。

匿名の大手輸出企業のトップによると、モリソン政権の一連の動きをみて、アルバニージー氏支持に転じる企業経営者もいる。

ユニティー・ホール・ホテルでよく一杯やるという元市職員のジェームズ・マカロックさんはさらに端的に2人を評価する。住宅価格高騰と気候変動への対策ではアルバニージー氏がモリソン氏に勝るが、突き詰めて重要なのは人物より政策だと話した。「アルバニージー氏はとりわけ強力なリーダーではないが、私たちには変革が必要だ」と話す。

アルバニージー氏・労働党の主な主張

【中国】
モリソン氏は、アルバニージー氏が中国に弱腰だとのイメージを植え付けようとしているが、アルバニージー氏は過去の労働党政権下で米海兵隊が豪北部ダーウィンに駐留していたと説明する。モリソン氏が入閣していた政権の時代にダーウィン港は中国共産党の関連企業に売却されたとアルバニージー氏は指摘した。

【経済】
税制の構造改革に関する大きな提案はしていないが、賃上げを約束し、最低賃金を5%の物価上昇に合わせて引き上げる考えを示している。

【気候変動】
労働党は2030年までに二酸化炭素(CO2)排出量を05年比で43%削減するという計画を公表しており、これはモリソン政権の目標を大きく上回る。アルバニージー氏は再生可能エネルギーの利用を推進する構えだが、(資源産業に関わるケースが多い)地方の有権者の離反を防ぐため「脱石炭」は掲げていない。

By Nic Fildes

(2022年5月12日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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