2021年3月期 第3四半期 決算ハイライト 2021/2/12 オンキヨーホームエンターテイメント株式会社

 ※ 今日は、こんなところで…。

 ※ 一年前の「IR資料」を、見つけた…。

 ※ いろいろ、頑張ってはいたようだが、「これじゃあな…。」というような内容だ…。

 ※ 結局、B to Cで行くのか、B to Bで行くのか、方向性が定まらなかった感じだな…。
 ※ いろいろ、「芽」は探していて、ものになりそうな感じのものもあったようだが、「時間切れ」となったようだ…。

 ※ まあ、「従業員」との話し合いも、うまくいかなかったんだろう…。

 ※ こういう場合の「常道」としては、「希望退職」募って、ともかくも、「労務コスト」を下げてからの展開となる…。

 ※ そこがうまく行かないと、「赤字垂れ流し」「出血、止まらず」ということになる…。

「オンキヨー」が経営破綻 裁判所から破産手続きの開始決定

「オンキヨー」が経営破綻 裁判所から破産手続きの開始決定
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220513/k10013625051000.html

※ 「破産」となれば、最終的には「従業員は解雇」され、「会社は消滅」だ…。

※ オレらの世代には、懐かしい「老舗の音響機器メーカー」だ…。

※ 栄枯盛衰だな…。

『 大阪に本社を置くオーディオメーカーで、経営不振が続いていた「オンキヨーホームエンターテイメント」が資金繰りに行き詰まって経営破綻し、13日、裁判所から破産手続きの開始決定を受けました。

会社の発表によりますと、負債総額はおよそ31億円に上るということです。

オンキヨーは、スマートフォンで音楽を楽しむ人が増えたことなどを背景に2020年度の決算で2期連続の債務超過に陥り、去年、上場廃止になっていました。

その後、スピーカーやアンプといった主力事業をシャープなどで作る合弁会社に売却したものの、収益の改善には至らず、経営再建を断念しました。』

オーストラリアで揺れる中国とソロモンの安保協定

オーストラリアで揺れる中国とソロモンの安保協定
岡崎研究所
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/26563

『今回の中国とソロモンとの安全保障協力協定の締結は、特にジェニングス等、豪州の国防専門家にとっては大きなショックになっているように見える。政治についてもそうである。

 豪州は5月21日の選挙に向けて選挙運動中である。対中国政策の成功を最大の武器に選挙戦を進めていたモリソン首相は、中国とソロモンの合意を阻止することに失敗したことを、野党労働党から厳しく批判されている。今回の出来事は、豪州の総選挙にも影響を与えかねない。

 ジェニングスは、
① 安全保障協力協定の締結は、単に中国の秘密作戦を阻止できなかったことに留まらず、より大きな問題として長年にわたり太平洋での影響力を過剰評価し、防衛力への十分な投資を怠り、中国の戦略的意図の評価に失敗したことを表す。

② ドローンなどを含め豪州の東側方面での防衛力を集中的に強化することが必要だ。

③ 豪州は未だソロモン諸島を取り戻すことは可能だ。

と言う。しかし、そう楽観的にはなれない。扉の間に足を入れることに成功した中国が引くとは思えない。

 更にジェニングスは、今回、合意に基づき、5月21日の豪州の選挙が終わる迄に、中国軍の貨物機や船舶がホニアラに「補給」や「寄港」のために必要な物資、「主要プロジェクトの実施」に必要な物資を搬入するだろうと予測する。中国のやり方からすると、あながち否定できない。また、モリソン首相が今週追加建造すると発表した哨戒艇二隻は、ホニアラにある豪州・ソロモン共同施設に配備するようソロモンに提案すべきだと言う。良いアイディアではないかと思われる。

 4月19日と翌日、中国とソロモン諸島は協定を「最近」締結したと夫々発表した。タイミングは如何にも電撃的だった。4月22日の米国安全保障会議(NSC)のインド太平洋調整官であるキャンベルらのソロモン到着前に、先制的に締結を既成事実化したようだ。

 中国が香港国家安全維持法でやったような迅速な既成事実化と同様だ。西側が裏をかかれたとの感を免れない。時系列的には、4月18日に米国がキャンベルのソロモン訪問の日程を発表し、19日に中国が締結したことを発表し、20日にソロモンが中国に追随した。しかも中国、ソロモン共に正確な締結日は明かさず、単に「最近」としている。』

『勿論合意文書は明らかにされていない。われわれが知り得るのは、3月末に漏洩されたテキストだけである。忍び足で相手にわからないようにし、一挙に既成事実を作る中国のやり方には、十分に注意する必要があろう。ソロモンのソガバレ首相は、来年、選挙をしなければならないが、この点も注視する必要がある。

日本の外交姿勢による貢献の可能性も

 米国のキャンベルは、クリテンブリンク国務次官補とともに、予定通りソロモンを訪問し、22日にソガバレ首相と会談し、中国軍の駐留や軍事施設建設に向けた動きがあれば、「相応の対応を取る」と強く警告したという。

 米国側は会談で「安全保障協定には目的や意図、透明性に懸念がある」と指摘し、ソガバレは「(中国の)軍事基地建設や長期的な軍の駐留はあり得ない」と改めて説明したが、米国は「地域のパートナー国と協調しながら、今後の推移を注視する」と強調し、米国はソロモン諸島での大使館開設を繰り上げ、病院船の派遣による公衆衛生支援や海洋安全保障協力などを進める方針も示したという。

米国の強い立場が相手に正しく理解されたことを期待したい。

 豪州、ニュージーランド、島嶼国と日米両国が、本気で緊密に連携、協力していくことが重要である。

4月18日の日米豪NZの4カ国会合も良かった。島嶼国との関係はオーバーキルにやれば逆効果になる。外交と軍事を旨く調整していく必要がある。日本の柔らかな外交は良い貢献になるのではないか。

 4月25~27日に、上杉謙太郎外務大臣政務官が、自衛隊機でソロモン諸島を訪問した。日本の懸念を伝えると言う。また、5月には林芳正外相がパラオを訪問する計画と言われる。』

「インド太平洋2022年国際海事博」から中露排除と太平洋島嶼国

北の国から猫と二人で想う事 livedoor版:「インド太平洋2022年国際海事博」から中露排除と太平洋島嶼国
https://nappi11.livedoor.blog/archives/5340667.html

『オーストラリア国防省や海軍が支援する隔年開催の博覧会「インド太平洋2022年国際海事博覧会: INDO PACIFIC International Maritime Exposition 2022」が5月10日から12日までシドニーで開催されるが、中国軍関係者の出席が禁じられていたことがわかった。
貿易制限措置など両国の関係悪化が背景にある。博覧会には日本を含む40カ国の海軍幹部が出席する。

中国は例年参加していたが、豪海軍のマイク・ヌーナン副将軍は両国の緊張関係を理由に招待しないという。オーストラリア放送協会(ABC)が報じた。日本からは酒井良海上幕僚長が出席する。

博覧会では世界中の700以上の防衛関連企業の出展者が最新の海軍技術を披露する。会議ではオーストラリア北部の都市ケアンズCairnsから1700キロ以内に中国が海軍基地を構築する可能性があると指摘される中国・ソロモン諸島間での安保協定締結についても言及される予定だ。、、

ウクライナ侵攻を受けて、ロシアの招待も見送られている。参照記事
RIUZNG75LVIYRKJCY36DT2LB4A

米国は対中抑止の戦略上、インド太平洋地域を重要視している。ロイター通信は5月2日、バイデン政権は太平洋島しょ国との外交関係を強化し、各国首脳を年内にホワイトハウスに招く方針だと報じた。

FireShot Webpage Screenshot #1443 – ‘島しょ国の

林芳正外相は2022年5月6日から8日まで太平洋の島国フィジーとパラオを訪問し、首脳と会談した。中国とソロモン諸島が締結した(中国との)安全保障協定について懸念を共有すると、両国からは同様の見解が示された。

米国、豪州、ニュージーランド同志国などと連携し、太平洋島嶼国に対して日本の強みであるインフラ整備を通して「自由で開かれたインド太平洋」の実現に取り組む考えを示した。参照記事

https _imgix-proxy.n8s.jp_DSXZQO1888588002052022000000-5detail_palau

今春に入って南太平洋のソロモンが中国と安保協定を結んだ。詳細は明らかになっていないが、事前に流出した草案にはソロモンが中国軍の派遣や艦船の寄港を認める軍事面の協力が含まれていた。

ソロモンとキリバスは2019年に台湾と断交し、中国と国交を結んだ。インフラ整備などの支援で攻勢をかける中国との協力に傾く。

中国の援助を受けた国を巡っては債務を返済できず、港など公共施設の権益を中国に渡す「債務のワナ」の可能性が指摘される。中国の軍事拠点になる懸念もある。参照記事

北朝鮮、19万人隔離・治療 初の死者公表、35万人発熱

北朝鮮、19万人隔離・治療 初の死者公表、35万人発熱―コロナ感染爆発の恐れ
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022051300234&g=int

 ※ 「一人の感染者も、いない。」んじゃなかったのか…。

 ※ いきなり、『同通信によると、北朝鮮全土では4月末から「原因不明の熱病」が急速に広がっており、これまでに約35万人が発熱し、うち約16万2200人が完治した。12日だけで約1万8000人が発熱した。』…、とはまた極端な話しだ…。

 ※ どういう「政治的な思惑」が、あるんだろう…。

『【ソウル時事】北朝鮮の朝鮮中央通信は13日、新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」感染が確認された1人を含め「熱病」で6人が死亡したと報じた。全土で約18万7800人が隔離や治療を受けているという。コロナ感染が爆発的に拡大している恐れがある。

【写真】北朝鮮の百貨店で消毒などに当たる従業員

 北朝鮮では新型コロナの感染事例が初めて公表されたばかりだった。同通信によると、北朝鮮全土では4月末から「原因不明の熱病」が急速に広がっており、これまでに約35万人が発熱し、うち約16万2200人が完治した。12日だけで約1万8000人が発熱した。』

対ロ制裁、むしろ欧米に打撃 プーチン大統領主張

対ロ制裁、むしろ欧米に打撃 プーチン大統領主張
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022051300434&g=int

『【モスクワAFP時事】ロシアのプーチン大統領は12日、ウクライナ侵攻に伴う対ロ制裁について、ロシアよりも欧米の方が打撃を受けていると強調した。ロシアは「外部からの挑戦」に対する回復力が強いとも主張した。

忍び寄る先制核使用の恐怖 プーチン大統領は本気なのか

 テレビ放映された政府の会議で語った。「狭い視野と大げさな政治的野心、ロシア恐怖症によって、自身の国益や経済、国民の暮らしに打撃を与えている」と欧米を非難。「欧州の一部で20%のインフレが起きているのを見ればよく分かる」と述べた。

 さらに「制裁に固執すれば欧州連合(EU)とその市民にとって最も困難な結果になるのは避け難い」と心配してみせた。一方でロシアは「自信を持って対応している」と語った。 』

コソボ、欧州評議会に加盟申請 セルビア猛反発

コソボ、欧州評議会に加盟申請 セルビア猛反発
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022051300753&g=int

『【ベオグラードAFP時事】コソボは12日、人権や民主主義について協議する欧州評議会への加盟申請を行った。コソボによる2008年の一方的な独立宣言を認めていないセルビアが猛反発している。

フィンランドの加盟方針歓迎 「円滑かつ迅速」に手続き―NATO

 コソボのゲルバラ外相は「この(西バルカン)地域でコソボこそが最も民主的な国家だ」と主張。加盟申請したことをフェイスブックを通じて公表した。

 これに対し、セルビアのブチッチ大統領は「あらゆる手段」で加盟に反対していくと誓った。ただ、「平和的で外交的なやり方」でと強調した。

 欧州評議会からは3月、ロシアが脱退した。ウクライナ侵攻を受け、ロシア追放を求める声が高まったのを受け自ら脱退を通告した。 』

コスタリカで緊急事態宣言 政府機関にサイバー攻撃で

コスタリカで緊急事態宣言 政府機関にサイバー攻撃で
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN130E00T10C22A5000000/

『【メキシコシティ=清水孝輔】コスタリカの大統領府は12日までに、身代金要求型ウイルス「ランサムウエア」に感染したのを受け、緊急事態宣言を発動した。4月から財務省など複数の政府機関が攻撃を受けたという。今回の宣言を受け、サイバー攻撃への対策に十分な資金を充てられるようにする方針だ。

コスタリカは4月12日に財務省が攻撃を受け、オンライン納税などのシステムが使えなくなっている。そのほかにも科学技術・通信省や労働・社会保障省など複数の機関に影響が広がっている。「Conti(コンティ)」という攻撃者グループがコスタリカの政府機関から流出したとされる資料を公開したという。

コスタリカでは8日に中道右派のロドリゴ・チャベス前財務相が大統領に就任した。チャベス氏は複数の女性からセクハラで告発されるなど国民からは不信感もある。就任直前にサイバー攻撃を受け、新政権は対応を問われている。』

防衛相「超大型放射砲の可能性」 12日の北朝鮮ミサイル

防衛相「超大型放射砲の可能性」 12日の北朝鮮ミサイル
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA131SR0T10C22A5000000/

『岸信夫防衛相は13日の記者会見で、北朝鮮が12日に発射した3発の弾道ミサイルに関する見解を示した。「超大型放射砲(多連装ロケット砲)の可能性を含めさらなる分析を進めている」と述べた。

2019~20年に発射が相次いだ短距離弾道ミサイルの一種で、複数のロケット弾をほぼ同時に飛ばす。韓国メディアによると韓国軍も同様の見方を提示している。

日本の防衛省は12日、3発について最高高度100キロメートル程度、通常の弾道軌道なら350キロメートルほどの距離を飛んだと公表した。日本の排他的経済水域(EEZ)の外に落下したと推定した。

岸氏は13日の記者会見で北朝鮮の行動を「断じて容認できない」と非難した。日本政府は12日、北京の大使館ルートを通じて北朝鮮に抗議した。

【関連記事】北朝鮮、短距離弾道ミサイル3発発射 日本EEZ外に落下か 』

[FT]オーストラリア総選挙、野党・労働党に追い風

[FT]オーストラリア総選挙、野党・労働党に追い風
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB134EU0T10C22A5000000/

『3年前のオーストラリア総選挙(下院選)で、スコット・モリソン首相が率いた保守連合に屈辱的な敗北を喫した労働党の党首選にアンソニー・アルバニージー氏が出馬した。出陣式の会場として最大都市シドニーのパブ「ユニティー・ホール・ホテル」を選んだのには理由があった。

総選挙に向けた討論会でモリソン首相(右)と握手する労働党のアルバニージー党首(11日、シドニー)=ロイター

このパブはアルバニージー氏の地元、グレインドラー選挙区にある。1891年にはここで、労働党のニューサウスウェールズ支部が誕生した。労働党は3年前、選挙期間の大半で世論調査の支持率ではリードしながら敗北した。出直しが必要だった同党にとって、このパブは大きな象徴的な意味を持っていた。

そして今、21日投票の次期総選挙を前に、労働党はまたも支持率で先行している。同党のアルバニージー党首は9年ぶりの政権交代と首相の座の獲得を目指す。

新型コロナウイルスの感染拡大、気候変動対策をめぐる国内の対立、中国との関係悪化など、豪州が揺れ動いた後の総選挙になる。モリソン氏は台頭する中国に対抗するため、米国、英国と共に地域の安全保障の新たな枠組みである「AUKUS(オーカス)」を設けた。

労働党の支持率は54%

8日の第2回党首討論会後にニュースポール社が実施した世論調査の支持率は、労働党が54%で、46%の保守連合を引き離している。投票まで2週間という時点の調査でこれほど大きな差をつけて逆転を許した例は、豪州の現代史に見当たらない。

それでも選挙戦はなお「形勢が変わってもおかしくない状況だ」と話す労働党のメンバーもいる。「少し不安になってきた」

この労働党員の心理の背景には、アルバニージー氏がこれまでの選挙で苦戦を続けてきた事実がある。同氏は1996年から下院議員を務めているが、ラッド、ギラード両首相の労働党政権で閣僚を務め、党首に選ばれるまで、その存在は「陰の実力者」として評価されていた。

総選挙の公示日の翌日、有権者は物価高騰に苦しんでいたのに、アルバニージー氏は記者団から金利と失業率について問われ、うまく答えられなかった。その後、新型コロナに感染した。遊説に戻った後も、障害者福祉向上に向けた政策をスムーズに説明できなかった。

ギラード元首相の戦略ディレクターを務めた経験があるメルボルン大政治学部のプリンシパルフェロー、ニコラス・リース氏は、こうしたアルバニージー氏の失態がモリソン氏の得点にはつながっていないと指摘する。こうしたエピソードは「むしろ政治家の親近感を高めることになる」という。

モリソン首相の経済運営手腕を疑う有権者

リース氏によると、金利、物価上昇率、エネルギー価格の高騰が有権者の切実な問題になっている。(こうした現状を解消できない)モリソン氏が、経済運営の手腕は自分のほうが勝ると言い張っても、有権者には響きにくくなっている。公示後、南太平洋のソロモン諸島が中国と安全保障に関する協定を締結した。安保問題に強いとけん伝してきたモリソン氏にとっては痛い出来事だった。

59歳のアルバニージー氏は、そつがなく自己主張の強いモリソン氏に比べ、地に足のついた政治家として自分を押し出している。公営住宅でシングルマザーに育てられた「ハウソ(houso)」という自らの生い立ちを強調する。討論会で同氏は自分が「3つのことを強く信じて」育ったと語った。3つとは、労働党、カトリック教会、プロラグビーチームのサウスシドニー・ラビトーズだ。

「オーストラリアの人々は(アルバニージー氏が)苦労人で、好人物だと知っている」とリース氏は話す。

アルバニージー氏は学生時代に政治活動を始めた。地方政治家として地元で活躍した後、下院議員に当選した。労働党が下野した10年間、陰の実力者とされた。党内から攻撃を受けるモリソン氏とは正反対に、アルバニージー氏には分裂した労働党を総選挙に向けてまとめ上げたという評価がある。

労働党は選挙運動の焦点を中核的な政策に絞り込んでいる。高齢者介護の予算増額、低所得の住宅購入者向けのシェアードエクイティ(共有持ち分)制度、汚職を取り締まる連邦機関の設置、賃金の引き上げ、多国籍企業の税逃れの封じ込め、気候変動対策の強化などだ。

アルバニージー氏はシャープな人物像の演出にも努力している。イメージチェンジと減量をして、フィルム・ノワール(犯罪ドラマ)の主人公のような雰囲気を醸し出す写真でファッション誌に登場した。同氏の選挙コマーシャルのナレーターには、サウスシドニー・ラビトーズの共同オーナーで俳優のラッセル・クロウ氏を起用した。

労働党の政策を嫌ってきた財界の各方面など、これまで同党への支持が広がっていなかった層への訴求にも取り組むようになった。

モリソン氏とアルバニージー氏の双方と一緒に仕事をしてきたコンサルティング会社テイラー・ストリート・アドバイザリーのクリストファー・ブラウン会長は2人を評して、いずれもビジネス感覚は持ち合わせていないが、アルバニージー氏は急進的な姿勢を改め、インフラ担当相を務めてから、財界の受けがよくなったと話す。

中国の報復で豪州企業に打撃

ブラウン氏は「労働党政権が商工会議所を震え上がらせるような時代は去った」と言い切る。それでもアルバニージー氏について「(総選挙での)勝利を求めているが、どれだけ熱弁をふるっても、それだけでは勝てない」と指摘する。

一部の財界人は、防衛問題で「大きく出た」あげく、貿易上のニーズと安保のバランスを取れなかったモリソン政権にいらだちを募らせている。

中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の排除、AUKUSへの参加、新型コロナ発生源の調査要求によって、最大の貿易相手である中国との緊張を高めた。大麦生産者からワインメーカーに至るまで、豪州企業は、中国が報復としてしかけた貿易戦争で打撃を受けている。

匿名の大手輸出企業のトップによると、モリソン政権の一連の動きをみて、アルバニージー氏支持に転じる企業経営者もいる。

ユニティー・ホール・ホテルでよく一杯やるという元市職員のジェームズ・マカロックさんはさらに端的に2人を評価する。住宅価格高騰と気候変動への対策ではアルバニージー氏がモリソン氏に勝るが、突き詰めて重要なのは人物より政策だと話した。「アルバニージー氏はとりわけ強力なリーダーではないが、私たちには変革が必要だ」と話す。

アルバニージー氏・労働党の主な主張

【中国】
モリソン氏は、アルバニージー氏が中国に弱腰だとのイメージを植え付けようとしているが、アルバニージー氏は過去の労働党政権下で米海兵隊が豪北部ダーウィンに駐留していたと説明する。モリソン氏が入閣していた政権の時代にダーウィン港は中国共産党の関連企業に売却されたとアルバニージー氏は指摘した。

【経済】
税制の構造改革に関する大きな提案はしていないが、賃上げを約束し、最低賃金を5%の物価上昇に合わせて引き上げる考えを示している。

【気候変動】
労働党は2030年までに二酸化炭素(CO2)排出量を05年比で43%削減するという計画を公表しており、これはモリソン政権の目標を大きく上回る。アルバニージー氏は再生可能エネルギーの利用を推進する構えだが、(資源産業に関わるケースが多い)地方の有権者の離反を防ぐため「脱石炭」は掲げていない。

By Nic Fildes

(2022年5月12日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

(c) The Financial Times Limited 2022. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation. 』

スリランカ新首相に親インド派 大統領は延命模索

スリランカ新首相に親インド派 大統領は延命模索
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM125AN0S2A510C2000000/

『【ムンバイ=花田亮輔】外貨不足で経済が混乱するスリランカで、市民らの退陣要求に直面するゴタバヤ・ラジャパクサ大統領が延命を模索している。複数の同国メディアや英BBCなどは12日、野党の統一国民党(UNP)総裁で首相経験者のウィクラマシンハ氏が新首相に就いたと伝えた。同氏は親インド派だ。

インドはスリランカへの影響力を中国と競っており、ゴタバヤ氏は親中派と目されてきた。

ロイター通信によると、ウィクラマシンハ氏の首相就任は6回目。直近ではスリランカの対中傾斜を修正したシリセナ前大統領の時代に首相を務めた。欧米にもパイプがあり、スリランカが経済支援を求める国際通貨基金(IMF)などとの協議の進展も期待している可能性がある。

政権運営を軌道に乗せるには政界の幅広い勢力から支持を得る必要がある。

ゴタバヤ氏は辞任要求を拒否してきた。11日の演説で「国民の信頼できる首相と閣僚を週内に任命する」と話していた。同氏は挙国一致内閣の樹立を念頭に「すべての党首と協力し、政治的安定をもたらすために努力する」と表明した。憲法改正による大統領権限縮小にも言及した。

スリランカでは世界規模での新型コロナウイルスの感染拡大で、主な外貨獲得の手段だった観光業が低迷。外貨準備が急減し、輸入が停滞して燃料、食料などの生活必需品が供給不足で値上がりした。ロシアのウクライナ侵攻が燃料、食料の国際価格を一段と引き上げ、スリランカ国内に波及し、最大都市コロンボなどでは生活苦を訴える市民がゴタバヤ氏の辞任を求める抗議デモを続けている。

ゴタバヤ政権は治安維持に向けた規制を強めている。10日には市民の略奪や破壊行為に対し、発砲による抑止を治安部隊に命じた。

4月はゴタバヤ氏の弟のバシル・ラジャパクサ財務相ら大半の閣僚が一斉に辞任。それでも抗議デモは収まらず、9日には兄のマヒンダ・ラジャパクサ氏が首相辞任を表明した。同日には全土に外出禁止令が出されたが、デモは継続されている。マヒンダ氏が逃れたと報じられた海軍基地の周辺にも、抗議の市民らが集まった。

この記事の英文をNikkei Asiaで読む
Nikkei Asia https://asia.nikkei.com/Spotlight/Sri-Lanka-crisis/Embattled-Sri-Lanka-president-replaces-prime-minister-in-closed-ceremony?n_cid=DSBNNAR 』

シーア派の中東での分布

【地図と解説】シーア派の中東での分布
http://ikeuchisatoshi.com/i-1135/

 ※ パキスタンのイスラムは、スンニ派だったよな…、と思って分布を調べた…。

『(2014年6月18日作成者 池内 恵 カテゴリー 地図で見る中東情勢, 『シーア派とスンニ派』)

「地図で見る中東情勢」の第4回。

イランによるイラクへの介入が、予想通りというか予想よりもさらに早く進んでいます。

また、米国がイラクをめぐってイランと同盟しかねない勢いというのも、あくまでも「理論的にはそういう可能性も」と話していたのですが、すでに現実味にあふれたものになっています。

イランのイラクへの影響力という際に常に挙げられるのが、シーア派のつながりです。

この地図は、中東諸国でシーア派が多数派の国、規模の大きな少数派を形成している国を緑色と濃い緑色で示してあります。
Lines in the sand_Shia from Iran to Syria
出典:Global Times

シーア派はイスラーム世界全体では少数派ですが、それは人口の多い東南アジアやインドがほとんどスンナ派であるというせいもあります。中東ではスンナとシーア派の人口は全体ではかなり拮抗しており、シーア派は一部の国では多数派になっています。

過半数となっているイランとイラクのほかに、レバノンでは過半数ではありませんが最大の宗派になっています。シリアではアラウィ―派をシーア派とみなして加えれば15-20%。あまり知られていませんが、イエメンでも北部にシーア派の一派ザイド派がいます。そしてアラブの湾岸諸国でもクウェートではかなりの大きな少数派、バハレーンでは人口では多数派だが王家・支配階級はスンナ派。

しかしこの地図だと国単位で一色に塗ってあるので、国の中での地域ごとの宗派の分布がわかりませんね。

次の地図を見てみると、もっと詳細な分布がわかります。

Shiite_simple.jpg
出典:NPR, Vali Nasr, The Shia Revival

パキスタンにもいるんですね。ただしシーア派の中でもイスマーイール派などで、イランの12イマーム派とは宗派が違います。

もっと詳細な、宗派分布の地図は下記のものです。クリックするとより広域が表示されます。

Sectarian-Divide.png
出典:Financial Times

サウジアラビアについて、アラビア半島中央部のネジュド地方、つまりサウジアラビアの王家・支配部族の本拠地についてはワッハーブ派で緑に塗られていて、それに対してエジプトやヨルダンに近い紅海沿岸のヒジャーズ地方は「普通の」スンナ派でパープルグレーに塗り分けられています。このことも今後の展開によっては意味を持ってくるかもしれません。

さて、このような中東一円でのシーア派の広がりの中でイラクの宗派・民族構成を詳細に見てみると、こんな感じです。クルド人はスンナ派ですが、アラブ人と言語・民族を異にする別のエスニシティを形成しています。シーア派はアラブ人でスンナ派と同じですが、宗派の違いから異なるエスニシティ意識を強めているのが現状です。

Iraq_ISIS_WP_Izady Columbia U
出典:ニューヨーク・タイムズ

人があまり住んでいないところは白っぽくしてあるところもいいですね。アンバール県をISISの支配領域としてべたっと塗ると、見た印象は広大な領域を支配しているように見えますが、可住・可耕面積はほとんどありません。

ISISの侵攻は北部から中部にかけてのスンナ派が多数を占める地帯では一気に進んだことがわかります。しかしバグダード以南に浸透するのはかなり難しそうです。またその際は激しい戦闘になり流血の惨事となるでしょう。

ただしイラクのシーア派とスンナ派は共存していた時期も長いので、常に宗派が違えば争うわけでもありません。国内・国際的な政治情勢の中でエスニシティの構成要素は変わり、帰属意識は強まったり弱まったり融合したりします。ですので、宗派紛争は必然ではないのです。近い将来は紛争が不可避にも見えますが・・・

そもそも、これらの地図で模式的に示されるほど画然と宗派ごとに分かれて住んでいるわけではありません。

次の地図では、複数のエスニシティ(宗派+民族)が混住しているエリアを斜め線で示してくれています。

Iraq_Sect_ratio.jpg
出典:ワシントン・ポスト

さらにこんな地図もありました。シーア派、スンナ派、クルド人の多数を占める地域の間に混住地帯を色分けしています。さらに、特定の都市や地域に少数ながら存在するトルクメン人、キリスト教アッシリア教徒(ネストリウス派)やカルデア派、ゾロアスター教系でイスラーム教やキリスト教が混淆したヤズィーディー教徒などの居住する都市を表示しています。これらの少数派も明確なエスニシティ意識を持っており、戦乱期にはしばしば迫害を受けます。

欧米の市民社会はキリスト教のルーツに近い由緒正しい中東のキリスト教少数教派の迫害には敏感に反応しますし、トルクメン人はチュルク系の同系民族としてトルコが庇護する姿勢を見せています。これらの少数派を巻き込む内戦は、必然的に外国勢力を巻き込む国際的なものとなります。

Iraq_Sect_Ethno_ratio.jpg
出典:globalsecurity.org

特に危惧されるのはバグダード近辺などの大都市で宗派が複雑に入り組んで混住しているエリアです。

信頼性は私は判定できませんが、下の最後の地図は、バグダードの2005年と2007年のスンナ派とシーア派の居住区を色分けしたこのような地図があります。細かく入り組んでおり、しかも2006年から2007年に多発した宗派間の紛争の影響もあり、住民が移動している様子が示されています。赤い点は10以上が死んだ爆破の生じた地点です。
Baghdad_quarters_sectarian.jpg
出典:Vox, BBC

このような場所で宗派コミュニティ間での暴力の応酬が広がったり、エスニック・クレンジング的な強制退去などが行われたりすると内戦の激化が生じます。また、シリアで起こったように、街区ごとに武装集団が浸透して支配地域を広げていくような、虫食い状の陣取り合戦が展開されると、内戦は長期化し、都市は荒廃を極めるでしょう。

そのようなことにならないようにイラク内外の諸勢力がなんとかしてくれればいいのですが。』

「4月のパキスタン政変の黒幕は陸軍」SNSで批判拡散

「4月のパキスタン政変の黒幕は陸軍」SNSで批判拡散
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGV11B9N0R10C22A5000000/

『パキスタンで4月、当時のイムラン・カーン首相が失脚し、シャバズ・シャリフ氏が新首相に就任した政権交代で、背後に陸軍トップの意思があったと批判する投稿がSNS(交流サイト)で相次いでいる。シャリフ政権はカーン氏の陣営による組織的な攻撃だと主張して取り締まりに乗り出し、複数のブロガーが身柄を拘束されている。

下院の不信任投票は賛成が過半数で、カーン氏の失職が決まった。ツイッターには、国軍トップのカマル・ジャビド・バジュワ陸軍参謀長が何らかの役割を果たしたと非難する複数のハッシュタグが並んだ。多くは、中立のはずのバジュワ氏が、実際にはカーン氏の解任を画策したと示唆している。

地元紙の報道によると、4月中旬までにパキスタンの国語であるウルドゥー語による「(有権者が選んだわけではない)輸入された政府は許せない」というハッシュタグが1700万回、ツイートされた。反軍の意味を持つほかのハッシュタグも多数のツイートがあった。
失脚したパキスタンのカーン前首相の演説を聞く支持者ら(4月21日、同国北部ラホール)=ロイター

「輸入された政府は許せない」というハッシュタグは、カーン氏が率いる政党「パキスタン正義運動(PTI)」が始めた。いまの与党はPTIが偽アカウントを使い、ツイッターのトレンドを作り出したと主張している。

パキスタン陸軍は、シャリフ党首のパキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派=PML(N)をはじめとする野党連合とPTIの対決に関して中立を保つと繰り返してきた。

一方、カーン氏の支持者らはSNSでバジュワ氏を激しく非難してきた。カーン氏によると、与党の議員たちが賄賂を受け取っており、それと引き換えに忠誠心を変えることをバジュワ氏が黙認したという指摘だ。バジュワ氏が米国の要請を受け、カーン氏の失脚を画策したという臆測も広がる。

不信任決議で失脚したパキスタンのカーン前首相(4月21日、同国北部ラホール)=ロイター

カーン氏は2021年、情報機関のトップ人事を巡り、バジュワ氏との関係が悪化したとみられている。その前には、カーン氏が陸軍の支援を受けていたと考えられていた。

インターネット上でのバジュワ氏批判を受け、パキスタンの連邦捜査局(FIA)のテロ対策チームが各地で数回の家宅捜索を実施し、SNS上の活動家を数十人拘束した。PTIのSNS部門の責任者、陸軍などに(ネット上で)組織的な攻撃をしかけたとされる同党の党員も拘束された。拘束を危惧して身を隠すPTIの党員もいると伝えられる。

弁護士によると、数人のPTIの党員は電子犯罪防止法違反の容疑で逮捕された。「ヘイトスピーチ 」で有罪になれば、量刑は最高で禁錮5年になる。

(寄稿 カラチ=ミフラ・ハーク)』

ブルーダイヤモンド事件

ブルーダイヤモンド事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 ※ これは、確か貼らなかった(パソコン内の自分用のフォルダには、収集してある)んで、知らない人が多いかもしれない…。

 ※ 今回、貼っておくことにする…。

『ブルーダイヤモンド事件(ブルーダイヤモンドじけん、英語: Blue Diamond Affair)は、1989年にサウジアラビア王室サウード家で発生したタイ人従業員による宝石窃盗事件に端を発する一連の未解決事件と敵対的外交関係。この事件によりサウジアラビアとタイ王国の関係が30年以上にわたり悪化することとなった[1]。』

『窃盗事件

1989年、タイ人労働者クリアンクライ・テチャモンが、使用人として勤めていたサウジアラビア国王の長男ファイサル・ビン=ファハド王子の宮殿から宝飾品や高価な宝石類など計91kg(200ポンド)[2]:183を盗み出した[3]。

クリアンクライは王子の寝室に出入りすることが可能で、盗んだ宝飾品等は宮殿の掃除機の紙パックの中に隠した。

盗難品の中には貴重な50カラットのブルーダイヤモンド等の宝石が含まれており[4]、クリアンクライはこれらの宝飾品等をタイ王国ラムパーン県の自宅に送った[5]。

宝石の処分が難しいと判明すると、クリアンクライは宝石をわずかな対価と引き換えに売り始めた。バンコクの宝石商サンティ・シタカナンは宝石類が売りに出されていることを知り、その価値からするとほんの僅かな金額でほとんどの宝石をクリアンクライから買い入れた[6]。

盗難品の回収

タイ王国国家警察庁は、チャラー・カーディテ中将率いるチームの捜査の結果、クリアンクライを逮捕し、サンティの取り調べを行い、盗まれた宝飾品のほとんどを回収した。

クリアンクライは懲役7年の有罪判決を受けたが、警察の捜査に協力し自供したため、3年後に釈放された。

チャラー中将のチームはサウジアラビアを訪問し盗難品を返却した。しかし、サウジアラビア当局は、返却された盗難品の中にブルーダイヤモンドがなく、返却された宝石の約半分が偽物だったことを突き止めた[7]。

バンコクでは、チャリティーイベントで撮影された写真に写っていた政府関係者の妻の多くがサウジアラビアの宮殿で盗まれたダイヤモンドのネックレスに似た品を着用していた、という噂が地元紙の間で流れた。

この噂は、タイ警察や要人が宝石を自らの懐に入れたのではないか、というサウジ側の疑念に油を注いだ[8]。

捜査

サウジ王室と親しいサウジアラビア人実業家モハメド・アルルワイリはバンコクに渡り独自に捜査を行っていたが、1990年2月12日に行方不明となり、殺害されたものと推定されている[9]。

また、アルルワイリ失踪前の1989年1月4日にはサウジアラビア人外交官1人がバンコク・バーンラック区シーロム通りで殺害され、1990年2月1日にはさらに3人のサウジアラビア人外交官がバンコク・ヤーンナーワー区トゥンマハメクで殺害された[10][11]。

これらの殺害事件はいずれも未解決であり[2]:185、宝飾品窃盗事件との因果関係も明らかになっていないが、サウジアラビア政府は「…タイ政府はアルルワイリやサウジアラビア人外交官3人の暗殺の真相解明について十分な調査を行っていない」との見解を示している[11]。

その後、チャラー中将は、1995年に盗難事件にかかわったとされる宝石商の妻子が殺害された事件で、殺害を命令した容疑で死刑判決を受けた[12]。

タイ最高裁は判決を支持し2009年10月16日にチャラーに死刑判決を言い渡したが、この判決はタイ国王ラーマ9世の84歳の誕生日に国王によって懲役50年に減刑された[13]。

他にも警察官6人が殺害にかかわったとして有罪判決を受けている。このうち、パンサック・モンコルシルプ警察中佐は2002年に無期懲役の判決を受け、2005年の控訴審でも支持されたが、2012年に釈放された[14]。

外交・経済への影響

「en:Saudi Arabia–Thailand relations」も参照

サウジアラビアとタイの関係は、殺害事件の後さらに悪化した。

サウジアラビアはタイ人に対する就労ビザの発行を停止し、自国民にバンコクへの渡航を控えるよう勧告した。また、在タイ外交団を代理公使レベルまで格下げした[15]。

この結果、サウジアラビアで働くタイ人の数は、1989年の15~20万人から2008年にはわずか1万人にまで減少した。

サウジアラビア国内での就労が許可されたタイ人労働者が減ったことによりタイが被った損失は、送金額で約2,000億バーツ(約7,000億円[注 1])に上った[16]。

その後

2016年3月17日、クリアンクライ・テチャモン(当時65歳)はラムパーン県の自宅で取材に応じ、残りの人生を僧侶として過ごし、自身の不誠実な行為を懺悔すると話した。

窃盗罪でタイの刑務所に5年近く収監されていたクリアンクライは、所在不明のブルーダイヤモンドは呪われていると信じており、自身と家族に災いをもたらしたと話した[17]。
チャラー・カーディテは国王により恩赦が与えられ、2015年8月に釈放された。その後、クリアンクライの出家式に参列している[18]。

2019年3月22日、タイ最高裁は1990年のサウジアラビア人実業家モハメド・アルルワイリ拉致殺害事件について、警察官5人を証拠不十分で無罪とした。

この5人の警察官については、長年再三にわたり告訴が却下されている。刑事裁判所は2014年に訴えを却下する判決を下し、翌年の控訴審でも支持された[10][19]。

2022年1月25日、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン王太子とタイのプラユット・チャンオチャ首相がサウジの首都リヤドで首脳会談を行い、両国の外交関係を正常化することで合意し、30年以上にも及ぶ関係の冷え込みに終止符が打たれた[20]。

サウジアラムコ、タイへの原油輸出拡大 両国関係修復で

サウジアラムコ、タイへの原油輸出拡大 両国関係修復で
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGS1281R0S2A510C2000000/

『【バンコク=村松洋兵】サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコは12日、タイ国営のタイ石油公社(PTT)とエネルギー協力を強化すると発表した。サウジアラビアからタイへの原油輸出などを拡大する。両国政府は約30年前に起きたタイ人によるサウジ王室の宝石窃盗事件で悪化した関係を1月に修復していた。

両社が11日にタイの首都バンコクで覚書に署名した。サウジからタイへの原油や石油化学製品、液化天然ガス(LNG)の供給を増やす方針だ。脱炭素に向けクリーンエネルギーの分野でも協力する。水素エネルギーや二酸化炭素(CO2)貯留、電気自動車(EV)を例に挙げた。

PTTのアタポン社長は「従来のエネルギーの枠を超えて協力を拡大する」と述べた。アラムコのイブラヒム副社長は「幅広い領域で関係を深める重要な一歩だ」と語った。

サウジとタイは1989年に起きた「ブルーダイヤモンド事件」を巡って関係が悪化した。サウジ王室の宮殿で働いていたタイ人労働者が、約2000万ドル(約26億円)相当とされる宝石類を盗み出したことを受け、外交関係を格下げした。

1月にタイのプラユット首相がサウジを訪れ、ムハンマド皇太子と関係修復と経済協力の強化を合意した。タイの貿易統計によると、同国の2021年の原油輸入は金額ベースでアラブ首長国連邦(UAE)が首位の約27%、サウジが2位の約18%だった。』

ロシア、略奪穀物を輸出か エジプトなどで寄港拒否

ロシア、略奪穀物を輸出か エジプトなどで寄港拒否
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB131EX0T10C22A5000000/

『【カイロ=時事】米CNNテレビは12日、ロシアが侵攻したウクライナから大量の穀物を略奪し、実効支配するクリミア半島を経由して地中海沿岸の各国へ輸出を試みていると報じた。ウクライナの事前通報を受け、穀物を積んだロシアの貨物船は寄港を拒まれたという。穀物の出所を偽装するため、他の船に積み替えて再び輸出を図る恐れもあるとしている。

報道によると、約3万トンの穀物を積載した貨物船が、クリミア半島セバストポリを4月下旬に出港。黒海からボスポラス海峡を通って地中海に達し、エジプト北部アレクサンドリアに向かったが入港を拒否された。その後、レバノンのベイルートでも拒まれ、現在はロシア軍基地があるシリア北西部ラタキアに係留しているという。

ロシアとウクライナは世界屈指の小麦輸出国。世界最大の小麦輸入国でもあるエジプトやレバノンなど中東諸国では、ロシア軍のウクライナ侵攻に伴い調達が滞り、深刻な物価高騰に見舞われている。

国連食糧農業機関(FAO)当局者は今月初め、ロシアがウクライナで穀物70万トンを略奪した可能性を指摘していた。CNNはウクライナ当局者や関係者の話として、セバストポリからの穀物輸出量が侵攻後の3月と4月に急増し、ロシア船3隻が不法輸出に関与していると伝えている。

【関連記事】ロシアタンカー、寄港先不明3割 制裁の抜け道か 』

訪問米軍に関する地位協定

訪問米軍に関する地位協定
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%AA%E5%95%8F%E7%B1%B3%E8%BB%8D%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%9C%B0%E4%BD%8D%E5%8D%94%E5%AE%9A

『訪問米軍に関する地位協定(ほうもんべいぐんにかんするちいきょうてい、英語: Visiting forces agreement)は、1998年2月10日にアメリカ合衆国とフィリピンの間で締結された地位協定の1つ。1999年5月27日に発効した。』

『概要

アメリカ軍兵士のフィリピン国内での法的地位について定め、合同軍事演習や有事の際にアメリカ軍の迅速な援助を可能としている。なお協定の締結後にアメリカ軍兵士が罪を犯し、フィリピン側が容疑者の拘束を求めたものの拒否された事件があり、フィリピン国内には不平等だとの批判も存在する[1]。

2020年から2021年の動き

2020年1月23日にフィリピンの国会議員ロナルド・デラロサがアメリカから査証の発給を拒否された。

デラロサは、過去に非人道的な殺人が横行するフィリピンの麻薬戦争を国家警察長官として指揮した経歴があり、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領に近い人物であった。

同年2月11日にフィリピン政府は地位協定の破棄をアメリカ政府に通知したと発表した[2]。

これを受けてアメリカのドナルド・トランプ大統領は記者会見で、「彼らがそうしたいならそれでいい。多額の金を節約できる」と述べ、協定破棄の見直しを求めないことを示唆した[3]。

2020年8月に地位協定は失効する見込みとなっていたが、同年6月2日にフィリピンのロクシン外相はドゥテルテ大統領が協定破棄を保留したと発表した。理由は外交関係の多様化を図ることを挙げた[4]。

2021年7月30日にフィリピンを訪問したロイド・オースティン国防長官と会談したデルフィン・ロレンザーナ国防大臣が協定の維持を表明した。

同月29日にドゥテルテ大統領も会談しており、フィリピン大統領府は30日に「対等な関係での同盟という明確な定義に基づくもの」と説明した。

ドゥテルテは実際の破棄を3度先送りした上で撤回した。背景には中華人民共和国による南シナ海進出への抑止力維持がある[5]。 』

東南アジア条約機構

東南アジア条約機構
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%8D%97%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E6%9D%A1%E7%B4%84%E6%A9%9F%E6%A7%8B

『東南アジア条約機構(とうなんアジアじょうやくきこう、英語: Southeast Asia Treaty Organization, SEATO)とは、アメリカ、イギリス、フランス、パキスタン、タイ、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランドの8ヵ国によって1954年9月8日に結成され1977年6月30日に解散した、西側諸国の反共軍事同盟である。

なお、略称の「SEATO」は、日本では「セアトー」または「シアトー」と読むが、英語圏では主に「シートー」などと読む。 』

『背景

太平洋地域では1951年にサンフランシスコ講和条約が締結され、その前後で米比相互防衛条約、旧日米安全保障条約、ANZUS条約が署名され、米国を中心とする同盟システムの原型ができた[1]。

しかし、イギリス、特に保守党内はANZUSに参加できなかったことに不満があり、イギリス政府で(1)ANZUSへの参加、(2)イギリス、オーストラリア、ニュージーランド間の地域的軍事取り決め(the Australia,New Zealand and Malaya Region: ANZAM)、(3)英国案の太平洋条約、(4) 5カ国軍事参謀機構(Five Powers Staff Agency: FPSA)が検討されたが、いずれも太平洋地域における中心的機関の構築が必要と考えられていた[1]。

一方、アメリカのトルーマン政権は東南アジア地域について植民地宗主国であるイギリスやフランスが責任を持つべきであるとし、同地域への介入には消極的だった[1]。

しかし、1954年3月のインドシナ危機でのフランス軍の危機的な状況がワシントンに報告されると、アイゼンハワー政権はインドシナ問題により積極的に対応するようになった[1]。

1954年3月からのディエンビエンフーの戦いをめぐるインドシナ危機において、アメリカ政府はこの問題に対処するため共同行動や地域グループを提案した[1]。

この提案に対し、イギリス政府は当時のイギリス領マラヤやイギリス領香港の防衛を重視しており、マラヤの北方に緩衝地帯を設ける考えのもと、インドシナ地域への地上兵力の投入には反対していた[1]。

またイギリス政府は和平のため交渉が行われるジュネーヴ会議を目前にした地域グループ(地域機構)の性急な設立には慎重で、設立するならばジュネーヴ会議を妨げない形での恒常的な集団防衛の地域機構とすることを考えていた[1]。

しかし、当初、アイゼンハワー政権はディエンビエンフーの陥落を防ぐための条件付きの軍事行動を共同行動と考えており、その後もジュネーヴ会議でのフランスの立場を強化するための共同グループを想定していた[1]。

フランスからのベトナム独立(独立前は仏印)後、冷戦時代の西側諸国の盟主であったアメリカでは「一つの国が赤化すると、その周辺諸国も赤化する」という所謂「ドミノ理論」が唱えられるようになっていた。 』

『成立

マニラで開催されたSEATO首脳会議

1954年9月8日、東南アジア集団防衛条約(Southeast Asia CollectiveDefense Treaty、通称マニラ条約)がアメリカ、イギリス、フランス、オーストラリア、ニュージーランド、タイ、フィリピン、パキスタン(分離前のバングラデシュを含む)の8カ国により調印され、東南アジア条約機構(Southeast Asia Treaty Organization: SEATO)に発展した[1]。

イギリスはイギリス領マラヤの防衛を主眼としておりシンガポールに本部を置くよう主張したが、本部はタイの首都・バンコクに設置された[1]。機構の意思決定に関しては加盟国の全会一致の行動原則によっていた[2]。

ただし、北大西洋条約機構(NATO)とは本質的に違いがあり、統合司令組織はなく加盟国の軍隊も統合されなかった[1]。

イギリス連邦内では1953年10月のメルボルンでの会談で、オーストラリアとニュージーランドの防衛負担を軽減し、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドの3国からなる英連邦極東戦略予備軍の設立が合意され、マニラ条約の調印とともに実施に移された[1]。

イギリスはアメリカからの最高司令官の任命と米軍の常駐を期待していた[1]。

しかしアイゼンハワー政権では安全保障と財政の両立を図るニュールック(New Look)政策が進められており、インドシナ、台湾海峡、朝鮮半島の3つの地域すべてに軍を駐留させることは困難とされた[1]。

設立直前の1954年の8月時点でも米国統合参謀本部(JCS)はSEATOを集団防衛同盟に発展させることには消極的で、ANZUSやSEATO、北東アジアの諸国の軍事力を強化した上での集団防衛同盟を提唱していた[1]。

結局、英連邦極東戦略予備軍がSEATOに組み入れられることもなかった[1]。

また、NATOでは同盟国が武力攻撃を受けた場合には即座に集団防衛を発動することになっているが、SEATOでは武力攻撃に対して加盟国は憲法上の手続に従って共通の危険に対処するため行動するとされ(マニラ条約第4条1項)、武力攻撃以外の方法による危険に対しても共同防衛の措置について協議するとされていた(同2項)[3]。

なお、アイゼンハワー政権はインドネシア、ビルマ(現在のミャンマー)、マラヤ連邦(現在のマレーシア及びシンガポールを含む)、南ベトナムへも参加や支持、理解を求めた[2]。

このうちインドネシアは1957年の英・マラヤ防衛協定に基づき英軍がマレー半島に駐留してSEATOと結びつくことを警戒していた[2]。

一方、マラヤ連邦自身は非同盟・中立諸国との関係からSEATOと結びつけられるような対応を避けていた[2]。

南ベトナムについては米国がオブザーバー以上での参加を求めたが、ジュネーヴ協定に署名していたイギリスとフランスは南ベトナムを加盟国とする提案には反対した[2]。

結局、南ベトナムは議定書保護対象国にはなったが条約加盟国にはならなかった(南ベトナムは閣僚理事会などにオブザーバー参加した)[3]。

解体

東南アジア集団防衛条約付属議定書で適用範囲とされていたラオスでは、1953年にラオス内戦が勃発したが、SEATOは1959年9月に開催した特別理事会で国連の活動を全面的に支援することを表明するなど国連に対応を委ねるにとどまった[2]。

1960年末の内戦再燃に米国はSEATOとして介入しようとしたものの、内戦だったため外部からの武力介入への対処という根拠に確証を得ることができず、ブン・ウム政権からの監視団の派遣要請もイギリスやフランスの反対で見送られた[2]。

ラオス内戦の状況にタイ政府は危機感を覚える一方、米国のケネディ政権は東南アジア集団防衛条約(マニラ条約)を適用してインドシナ地域に単独で介入することを検討し始めた[2]。

1962年3月、米国がタイの防衛へのコミットメントを確認するラスク・タナット合意が成立したが、東南アジア集団防衛条約(マニラ条約)のもとでの二国間安保協定でありSEATOは完全に形骸化した[2]。

同様に米国と南ベトナム政府との間でも二国間で単独介入のための整備が整えられた[2]。

SEATOに対しては米国政府内からも批判の声があり、1962年3月に中東やアジアを歴訪したボウルズ無任所大使はケネディ大統領への覚書で、段階的にSEATOを解体して暫定的に安保機能を米国との二国間で肩代わりする政策提言を行っている[2]。

1960年代にはフランスとパキスタンがSEATOと一線を画すようになり、フランスは1965年からSEATO閣僚理事会への参加をオブサーバー参加とした[3]。またパキスタンも積極的な討議への参加を避けるようになった[3]。

1960年代の半ばには議定書保護対象国の南ベトナムでベトナム戦争が勃発した[3]。

1964年8月にトンキン湾事件が発生すると、アメリカ議会は東南アジア決議(通称トンキン湾決議)を可決したが、この決議にはSEATOの法的基盤であるマニラ条約に基づいて大統領に武力行使の権限を付与する意味もあった[3]。

ジョンソン政権は国際的及び国内的な政治上の正当性を得るため、1965年5月にロンドンで開催された第10回SEATO閣僚理事会で加盟国に積極的な協力を求めた[3]。

しかし、ベトナムなどでの軍事行動にフランスとパキスタンは反対しており全会一致の原則は困難な状況にあった[3]。

また第10回SEATO閣僚理事会でアメリカは南ベトナム代表団の公開協議の場での発言の機会を求め、駐英アメリカ大使のブルースは「集団行動」を含む共同声明案を提案したが、主催国のイギリスから反対を受けた[3]。

1967年4月、ワシントンで開催された第12回閣僚理事会では、フランスが会議をボイコットし、パキスタン代表が討議に消極的だったこともあり、イギリスは南ベトナムヘの派兵国5カ国と対峙することになり孤立した[3]。

イギリスとってはマレーシア紛争の終結によりインドシナ問題は副次的な重要性しかなくなっており、マレーシア紛争の際にオーストラリアとニュージーランド以外の加盟国から軍事支援を得られなかった不満も残っていた[3]。

1968年1月16日にイギリス首相のウィルソンは1971年に末までにマレーシアやシンガポールを含むスエズ以東から撤退することを発表し、さらに3月31日にはジョンソン米大統領が次期大統領選への不出馬、北爆の停止、ハノイとの外交交渉を提案し、SEATOの存在意義はさらに低下した[3]。

その直後の4月2日からウェリントンで閣僚理事会が開催され、イギリス代表団はジョンソン声明後だったためベトナム問題による孤立は避けられたが、他の同盟諸国からの軍事貢献ができなくなる懸念に対して非軍事分野での貢献を表明するにとどまった[3]。

1973年にパキスタンのズルフィカール・アリー・ブットー政権がSEATOから脱退し、翌1974年にフランスが脱退。そして、機構自体も1977年6月30日に解散した。

なお、イギリス、フランスはアメリカとNATOに加盟しており、またアメリカとオーストラリア、ニュージーランドはANZUSに加盟している。

軍事機構としては解散したが、元となった東南アジア集団防衛条約(マニラ条約)は現在でも有効であり、加盟国間の防衛義務は今でも有効であると確認されている。』

米比相互防衛条約

米比相互防衛条約
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3%E6%AF%94%E7%9B%B8%E4%BA%92%E9%98%B2%E8%A1%9B%E6%9D%A1%E7%B4%84

『米比相互防衛条約(べいひそうごぼうえいじょうやく、英語: Mutual Defense Treaty between the Republic of the Philippines and the United States of America)は、1951年8月にアメリカ合衆国とフィリピンの間で締結された、相互防衛の為の軍事同盟の安全保障条約。有効期間は無期限となっている。』

『設立

1945年2月に冷戦が始まってヨーロッパでソビエト連邦の影響力が増し[1]、米ソ両国の対立構造が深まる中で1949年10月に中華人民共和国が成立した事に伴い、アジア諸国が立て続けに共産化するのではといったドミノ理論が湧き起こった。

1950年6月に朝鮮戦争の勃発によって冷戦構造がいよいよ激化し、アメリカはアジアにおいても共産主義の封じ込めを図る必要に迫られた。

1946年7月にフィリピンが独立した後、1947年3月に軍事基地協定と軍事援助協定を締結してアメリカ軍が駐留していたが[2][3]、正式に相互防衛条約を締結する事で、西部太平洋における安全保障の一角を担わせる事とした。

一方で1954年9月から1977年6月にかけては、反共主義の集団防衛機構として東南アジア条約機構があった。

冷戦から対テロ戦争・対中警戒へ

1989年12月の冷戦終結から1991年12月のソビエト連邦の崩壊によって見直しが図られ、緊張緩和によるアメリカ軍兵力の削減・1991年6月のピナトゥボ山大噴火による基地の被災で基地協定は期限延長がなされず、両政府間で在フィリピンアメリカ軍の撤退が決定した[3]。

まずはクラーク空軍基地から始まって1992年11月にスービック海軍基地からも撤収し、フィリピンにおけるアメリカの軍事的な影響は著しく減少した。

またアメリカのビル・クリントン大統領が軍事費削減を政策とした為、1995年以降共同軍事演習が取り止めとなった(後に再開・後述)。

このアメリカ軍撤収の直後から南シナ海で、中国と東南アジア各国が領有を主張する南沙諸島(スプラトリー諸島)において中国人民解放軍の活動が活発化し、フィリピンが領有権を主張する環礁を占領して建造物を構築した。

またアメリカ軍・アメリカ政権内でも中国脅威論が提唱され始め、1998年2月に「訪問米軍に関する地位協定」が締結され[3]、1999年5月に共同軍事演習を再開した[4]。

2001年9月にアメリカ同時多発テロ事件が発生すると、同年1月に就任したフィリピンのグロリア・アロヨ大統領はクラーク・スービック両基地の再使用を承認し、アメリカの対テロ戦争に協力した。

また2000年半ばからマニラなどで頻発していた爆弾テロをイスラム原理主義過激派「アブ・サヤフ」による犯行と見ていたアロヨは軍による掃討作戦を実施していたが、アメリカ軍もこれに参加して陸軍特殊部隊などがミンダナオ島などで軍事活動を行っている。

2016年3月に両国は中国の人工島建設などに対抗して、アメリカ軍がフィリピン国内の5箇所の基地を利用する協定を締結した。パラワン島のアントニオ・バウティスタ空軍基地、ルソン島のバサ基地、フォート・マグサイサイ基地などが対象である[5]。

2017年5月にフィリピン軍はミンダナオ島のマラウィ市にてアブ・サヤフと交戦状態になった。フィリピン政府はアメリカに対して支援を要請し、同年6月にアメリカの特殊部隊がフィリピン軍を支援した[6]。

「マラウィの戦い」も参照 』

マルコス新政権に米中接近 バイデン氏「同盟強化を」

マルコス新政権に米中接近 バイデン氏「同盟強化を」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM123RM0S2A510C2000000/

『【マニラ=志賀優一、北京=羽田野主】9日投開票のフィリピン大統領選で圧勝したフェルディナンド・マルコス元上院議員に、米中両国がそれぞれ接近している。バイデン米大統領は12日の電話協議で「米フィリピンの同盟関係の強化を継続する」ことを求めた。中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は大使を通じて祝電を送った。中国に融和的と言われるマルコス氏を巡って米中の綱引きが早くも強まっている。

バイデン氏は、マルコス氏の大統領選圧勝が判明した後に電話会談した初の国家元首とみられる。バイデン氏は同盟関係に加え「新型コロナウイルス対策や気候変動、経済成長、人権問題の重視といった幅広い課題で2国間の協力を拡大する」ことを求める考えを伝えた。マルコス氏は6月30日に就任し、任期は6年となる。

フィリピンはかつて米国の統治下にあり、日韓などと並びアジアにおける米国の同盟国の一つだ。かつては米軍基地があり、現在も同国内で米軍の活動を認める「訪問軍地位協定」(VFA)で関係を維持している。米中対立の最前線である南シナ海に位置し、米軍にとっては軍事的要衝となっている。

バイデン氏が早期に電話会談するとともに同盟関係強化を強調した背景には、アジア太平洋地域に影響力を保持しフィリピンとの連携を強化するとともに、対中融和姿勢がうかがえるマルコス氏を引き寄せたい考えがある。

フィリピンは南シナ海の領有権問題を巡り中国と対立する。2016年、国連海洋法条約に基づくオランダ・ハーグの仲裁裁判所は南シナ海での中国の領有権主張を否定する判決を下したが、中国はその後も実効支配を強化し、フィリピン国内には反発もある。一方でドゥテルテ現大統領は同国にとって最大の輸出国である中国(香港含む)との通商関係も重視。融和的な姿勢を貫き、中国が資金援助するインフラ整備計画を実施するなどしてきた。

マルコス氏は「米国との関係は特別」としながらも「ドゥテルテ氏の(融和的な)対中姿勢がフィリピンの唯一の選択肢」と語り、現政権の外交姿勢を踏襲するとみられる。大統領選出馬を申請した21年10月には、在フィリピン中国大使館で大使と会談している。

中国の習主席が大使を通じマルコス氏に祝電を送ったことも12日わかった。習氏は「私は中国とフィリピンの関係の発展を非常に重視し、マルコス次期大統領と良好な仕事関係を築く」と強調。「両国の全面的・戦略的協力関係を深く推進し、両国と両国人民に幸福をもたらすことを望む」と伝えた。

中国もフィリピンの対米接近を警戒している。フィリピンは3月28日から約2週間にわたり米国と過去最大規模の定例軍事演習を実施した。中国は同演習の最終日に、習主席が持ちかける形でドゥテルテ氏と電話会談。習氏は「地域の安全は軍事同盟の強化によっては実現できない」などと主張した。

フィリピンの新政権発足を機に米中がそれぞれフィリピンへの接近を始めた形になっているが、6月末に大統領に就任するマルコス氏が、米国との同盟関係を維持しながら中国にも融和姿勢をとったドゥテルテ氏のような老獪(ろうかい)な二股外交を手がけられるかも試されている。』