「工作員」プーチン氏の限界

「工作員」プーチン氏の限界 日本、国防予算に転換を
政治部長 吉野直也
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA10A880Q2A510C2000000/

『工作員(スパイ)は諜報(ちょうほう=インテリジェンス)はできるものの、戦略(ストラテジー)は描けない――。

スパイの役割をパズルに擬するなら完成図を知らされずに1つのピースを埋めるために奔走する職務の印象だ。

旧ソ連の国家保安委員会(KGB)出身でスパイ活動が染みついているロシアのプーチン大統領に戦略を持てというのは、土台無理な話である。

ウクライナ侵攻の長期化は「工作員」プーチン氏の限界と迷走がもたらした帰結ともいえる。

「唯一の正しい決定だった」。9日の第2次世界大戦の対ドイツ戦勝記念日。プーチン氏の演説はウクライナ侵攻を巡る歪曲(わいきょく)された歴史観とそれに基づく妄言と虚言にまみれた。

この的外れな演説を含め2月24日のウクライナ侵攻以降、ロシアの軍や情報機関、政府高官はどんな気持ちでプーチン氏を眺めているのだろうか。

ウクライナへの非道な行為はおかしいと思いながらもロシアで生きていくためには追従するしかないという諦念に近い感情、もうひとつはプーチン氏の主張を本当に信じ込んでいる洗脳状態。この2つに大別できるかもしれない。

様々な場面でプーチン氏の言い分をよどみなく代弁する彼らの表情をみていると、演技なのか、洗脳されているのか判別しにくい。9日の演説でもプーチン氏の背後に居並ぶ軍幹部の無表情が気になった。奥底に沈殿している心の動きまではうかがえない。

プーチン氏を止める手立てがロシア内部にない以上、米欧や日本が支援するウクライナとの戦いは長引く。他国の領土を力で奪う行為を許せば、中国などに誤ったメッセージを送りかねない。

この戦いが日本に与える示唆は他国からの侵攻を防ぐための抑止力を備えることだ。

自民党は4月にまとめた防衛力強化に関する提言で、防衛費について5年以内に国内総生産(GDP)比2%以上を念頭に増やすよう求めた。

日本の防衛費は2021年度当初予算でGDP比0.95%。北大西洋条約機構(NATO)の基準で、領海を警備する海上保安庁なども入れて補正予算を含めても1.24%だ。

日本は防衛費、米欧は国防費と呼ぶ。07年に防衛庁から防衛省に格上げした際、名称問題で国防省も候補に挙がった。決め手は定着していた防衛の呼称だった。

国防(national defense)は防衛(defense)よりも広い概念でとらえられる。

他国の脅威から軍事力で国を守るのは同じだとしても国防は軍事力だけでなく科学技術、公共事業、原子力、インテリジェンスなど国の総合力を指す。

日本の防衛予算は「防衛省の予算」という色合いが濃い。

12月に編成する予算案は夏の各府省庁の概算要求をもとに財務省が査定する。国防という考え方をとりづらく、各府省庁の縦割りに沿って予算案ができる仕組みだ。

例えば米国は科学技術予算のうち45.7%を国防用が占めるのに対し、日本は2.9%にとどまる。

防衛次官経験者は「科学技術を軍事と民生に厳密に分けようとするのが原因だ。軍事アレルギーを克服しない限り、国家の産業競争力は落ちる」と語る。

戦略なき、工作員の末路は予想がつかない。6月の主要7カ国(G7)首脳会議の議長国、ドイツのショルツ首相はロシアの侵攻後、国防費をGDP比2%以上へと増額する方針を発表した。

「来年の議長国は日本。共同文書の中核は台湾有事を念頭に置いたG7の結束になるだろう」(自民党の佐藤正久外交部会長)

日本がG7をけん引するためには国防への決意が欠かせない。来年度予算案の編成は「防衛省の予算」ではなく、「国防予算」への転換が前提となる。(政治部長 吉野直也)

政治部長 吉野直也

政治記者として細川護熙首相から岸田文雄首相まで15人の首相を取材。財務省、経済産業省、金融庁など経済官庁も担当した。2012年4月から17年3月までワシントンに駐在し、12年と16年の米大統領選を現地で報じた。著書は「核なき世界の終着点 オバマ対日外交の深層」(16年日本経済新聞出版社)、「ワシントン緊急報告 アメリカ大乱」(17年日経BP)。ツイッターは@NaoyaYoshino

【お知らせ】
31日午後6時から日本経済新聞社の政治部長と経済部長が独自の視点でニュースを解説する「Angle LIVE」をオンライン開催します。テーマは「ウクライナ侵攻 長期化のインパクト」です。

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【過去のAngle】

・新「悪の枢軸」か プーチン氏との戦い
・プーチン氏の妖気の正体 日本に迫る平時の防衛
・プーチン氏の終わりの始まりか ウクライナ侵攻の末路

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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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別の視点

30年前ソ連邦が崩壊したが、気がついたら、今のロシアの権力構造とソ連時代とほとんど変わっていない。

プーチン一人の頭ですべてが決まる。三人いれば文殊の知恵といわれるように、一人よりも三人のほうが賢い決定がなされる。本来、政治は異なる意見を汲み上げ、それを正しい戦略にして実行する。残念ながら、強権政治ではそれができない

2022年5月12日 10:54』