露呈した市場のだまし絵 バフェット氏、株急落「予告」
本社コメンテーター 梶原誠
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD071M90X00C22A5000000/




『「株式市場の転機だったと語り継がれるかもしれない」。米連邦準備理事会(FRB)による4日の利上げ決定を受けた世界の株安に、こんな感想が広がった。
震源地・米国で株が急騰した直後に下げが続くジェットコースターのような展開。その真相を、利上げの4日前に解き明かした大物投資家がいる。投資会社バークシャー・ハザウェイを率いるウォーレン・バフェット氏だ。4月30日、ネブラスカ州オマハで開いた株主総会が舞台だった。
同氏はカネ余りで熱狂する投資心理の危うさを、「イリュージョン(錯覚)」と題するだまし絵で説明した。絵は解釈によって、向かい合う2人の顔にも1本の花瓶にも見える。
顔だと長く信じ込んでいた絵が、実は花瓶だったことに気づく「アハ・モーメント(「そうだったのか」と理解する瞬間)」。バフェット氏は、投資家がそれまでの勘違いを悟る転機が「突然訪れる」と予告した。
バブル末期の危険な心理
むろん危うい局面を迎えているからだ。総会では、マネーの投機でカジノ化した市場の象徴としてスマートフォン証券のロビンフッド・マーケッツを取り上げた。
2021年7月末に38ドルで株を上場したが、「ミーム株(はやり株)」ブームでマネーが群がった結果、8月には早くも70ドルを超えた。だが、同じ月には業績不安が台頭して大量の売りを浴び、今年4月には10ドルを下回った。
バフェット氏なら、先週からの株急落を「ロビンフッド現象が市場全体で起きただけだ」と言うだろう。実際、だまし絵で市場心理の激変が説明できる。
まず4日。マネーが飛びついたのは「FRBは怖くない」という油断だった。パウエル議長は記者会見で、市場が恐れていた0.75%の利上げ説を「積極的に議論していない」と語った。広がったのは「曲が鳴っているうちは踊らなければならない」というバブル末期の危険な心理だ。同日のダウ工業株30種平均は932ドル高と、今年最大の上げ幅になった。
マネーには、だまし絵の半分を占める不都合な真実が見えていなかった。パウエル氏は株安の景気への悪影響を聞かれた際「特定の市場を見てはいない」と冷淡だった。かつてインフレ退治のため、政権の圧力に屈することなく引き締めを断行したボルカー議長を「勇気を持って正しいことを貫いた」と絶賛もしていた。
市場はFRBが株に優しいと思い込んでいた。「株高で国民の富が膨らめば消費が増える」。10年のバーナンキ議長の寄稿は、今も強気の根拠に使われる。だが当時は08年のリーマン危機の後遺症でデフレ懸念すらあった。インフレ封じの使命を負うパウエル氏の姿勢が異なるのは当然でもある。
ダウ平均は5日からの4営業日で1900ドルも下げ、世界の市場を揺さぶった。FRBと市場の蜜月という幻想のもろさが、インフレを前に浮かび上がった。
静かに逃げ始める投資家
米国株の歴史的な割高感を示す指標もある。景気循環を加味したPER(株価収益率)で、ノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー教授が考案した「CAPEレシオ」は、大恐慌の引き金を引いた1929年の株価大暴落「暗黒の木曜日」の前と同じ水準だ。
抜け目のない投資家は、静かに逃げ始めている。4月末、米投資銀行が本国で開いたM&A(合併・買収)市場の分析会議で話題を集めたのは、「米買収ファンドの売り急ぎ」だった。保有企業の売却作業を始めると、秋には完了する。その後の市場環境が読めないので今から動くのだ。
再びオマハでのバークシャー総会。バフェット氏は、混迷の世界でも投資家に選ばれる企業の条件を明かしている。「並外れて何かに秀でている」「そのために自己投資をする」の2つだった。
日本企業には耳の痛い忠告だ。横並び意識の強さは、金融などの規制業種を中心になお多い。売上高に対する研究開発費の比率は米企業に引き離されている。
明暗両方のシナリオ浮上
注目すべき「攻めの姿勢」もある。ダイキン工業は4月28日、約300億円を投じてイタリアの油圧機器メーカーを買収すると発表した。M&A業界が色めきだったのは、買収実績のある看板の空調事業ではなかったためだ。ダイキンは地味な油機事業を、市場が拡大しているのに手薄だった海外部門を強化して収益源に育てる。
見逃せないのはダイキンが、8千億円を超える現預金を持つ日本屈指の金持ち企業である点だ。有利子負債をほぼ完済できる実質的な無借金経営を続けてきた。
投資家の立場で見ると、世界の企業より豊富に抱える現金こそが日本企業にちらつくだまし絵だ。金利の急騰に苦しむ外国企業を出し抜く軍資金に化けるか、手元に置いてインフレで価値をすり減らすか。経済環境の一変で、明暗両方のシナリオが浮上した。
世界のカネ余りは峠を越え、市場はかつての寛容さを失った。現金を活用して企業が価値を高めることへの期待は大きくても、説明が苦しければ突然怒りに変わる。これこそが、ウォール街の急変が放つ日本企業への警告だ。
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梶原 誠
東京、ニューヨーク、ソウル、香港を拠点に市場を通して世界を見てきた。アジア通貨危機、日本の金融危機、リーマン危機も取材。編集委員、論説委員、英文コラムニストを経て2017年2月より現職。市場に映る全てを追う。
露呈した市場のだまし絵 バフェット氏、株急落「予告」(10:00)
「強い円」は企業が創る ルービン時代の米国に処方箋(4月22日)』