スリランカ経済危機 「債務のワナ」以前の手痛い失政

スリランカ経済危機 「債務のワナ」以前の手痛い失政
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD0827E0Y2A500C2000000/

※ 良記事だ…。

※ 安易に「債務のワナ」説を唱えずに、産業構造にまで、キチンと言及している…。

※ また、長らく英国の植民地下にあったため、「英語」に堪能な人材が多いことにも触れている…。

※ そう言えば、旧国名は、「セイロン」だったな…。「紅茶」の代名詞だ…。

『1948年の独立以降、最悪とされる危機である。人口2200万人の南アジアの島国・スリランカの経済が破綻の淵にひんしている。

3月に前年同月比18.7%を記録した最大都市コロンボの消費者物価指数は、4月には29.8%へ跳ね上がった。一方、2019年末に76億ドル(約1兆円)あった外貨準備は足元で18億ドルまで目減りし、輸入に頼る燃料や医薬品の欠乏が深刻になっている。

「国際通貨基金(IMF)にもっと早く援助を求めるべきだった」と悔やむアリ・サブリ財務相は、5月4日の国会で「少なくともあと2年は経済的苦境に耐えなければならない」と報告した。

2019年に就任したゴタバヤ・ラジャパクサ大統領(左)は兄のマヒンダ元大統領を首相に就けた(19年10月、大統領選のキャンペーン)=ロイター

生活苦に怒る国民の間で反政府デモが広がり、政府は6日、4月初旬に続いて2度目の非常事態を宣言した。9日にはついにマヒンダ・ラジャパクサ首相が辞意を表明したが、デモ隊は弟で最高権力者のゴタバヤ・ラジャパクサ大統領にも退陣を求めている。

危機に至ったメカニズムはこうだ。

19年4月、コロンボなどで250人以上が死亡する連続爆弾テロが起き、観光産業が打撃を受けた。

追い打ちをかけたのが20年以降の新型コロナウイルス禍だ。

18年には230万人を数えた外国人観光客はもとより、中東など150万人にのぼる出稼ぎ労働者からの送金も途絶えて外貨収入が減ったところを、世界的な生産・物流の停滞による物価高に襲われた。

青息吐息のラクダに載せて背を折った最後のわらが、ロシアのウクライナ侵攻後の商品価格の急騰だった。

「輸入物価の高騰→外貨急減→物資不足→物価上昇」という負の連鎖が止まらなくなった。

中国が途上国へ故意に過大な貸し付けをし、影響力を強める「債務のワナ」にからめ取られたのが危機の原因、とみる向きもある。

5年前、債務免除と引き換えに99年間の運営権を中国へ与えた南部のハンバントタ港は、その象徴とされている。

スリランカ政府が公表する対中債務は全体の1割程度で、対日本と変わらない。

ただしそれは政府からの借入金だけで、国有企業からのものを含まない、といった指摘もある。

ある援助関係者は「融資の金利が高く、採算見通しも甘いのは確かだが、いまの危機が中国のせいなのかは、イエスともノーとも言えない」と言葉を濁す。

はっきりしているのは、コロナ禍やウクライナ危機という不可抗力だけでなく、対中債務を負う国でさえも一様に経済危機に陥っているわけではない、ということだ。

「スリランカはなぜ?」と考えるとき、ラジャパクサ一族の功罪は避けて通れない。

国会議員を長年務めたマヒンダ氏は05年、大統領選に勝利すると、元軍人の弟ゴタバヤ氏を国防次官に据えた。

兄弟は09年、北・東部の分離独立を唱える少数派タミル人の武装勢力を制圧し、26年間続いた内戦を終わらせた。

治安情勢の安定とともに経済ブームが到来した。道路や鉄道、港湾など内戦期に遅れたインフラ整備は、それ自体が景気を押し上げた。

8つの世界遺産を持つ豊富な観光資源も注目を浴びた。

米ニューヨーク・タイムズ紙は「2010年に訪れるべき旅行先」の第1位にスリランカを選び、高級ホテルの建設ラッシュが起きた。内戦終結の高揚感は市民の消費意欲を刺激し、国内総生産(GDP)伸び率は12年に9.2%へ達した。

並行してマヒンダ氏の専横ぶりも目立ち始めた。

10年に再選されると、ゴタバヤ氏以外の一族も政権の主要ポストに就けた。また中国マネーを呼び込み、出身地のハンバントタに港湾だけでなく空港まで整備した。

そんな縁故政治や汚職体質、過度の対中依存への批判が高まり、3選を狙った15年の大統領選で敗れる原因となった。

権力の座を追われたラジャパクサ一族を復活させたのが、19年のテロだ。

治安安定を望む国民は、内戦終結の立役者の再登板を望んだ。

憲法改正で3選が禁じられたため、同年の大統領選はゴタバヤ氏が出馬して勝ち、マヒンダ氏を首相に迎えた。財務相や灌漑(かんがい)相、青年・スポーツ相なども一族に割り当て、縁故政治に拍車がかかった。

振り返れば、一族復権のきっかけだったテロ事件が、経済危機への入り口となったのは皮肉だ。彼らは何をどう間違えたのか。

大統領一族の名を冠したマッタラ・ラジャパクサ国際空港は「世界で最も暇な空港」と揶揄(やゆ)される(13年3月の開業時)=AP

ひとつの失敗はマヒンダ政権期にさかのぼる。

内戦で荒廃した同国でインフラ整備は確かに必要だった。

が、例えば10年に稼働したハンバントタ港は、中古車の荷揚げに使われる程度で利用が低迷する。一族の名を冠して13年に開業した「マッタラ・ラジャパクサ国際空港」も乗り入れる航空会社が少なく「世界で最も暇な空港」と皮肉られる始末。華々しさの陰で経済全体への波及効果には疑問符がついた。

インフラ開発は本来、産業政策と一体で進めるべきものだ。またスリランカのように人口や天然資源に恵まれない国でも、国際的なサプライチェーン(供給網)の一端を担うことで、工業化は可能だ。

内戦終結は、そうした絵を示して外資誘致に乗り出す絶好のチャンスだったが「昔から主要製品だった紅茶、衣料品に続く輸出産業を育てる政策が欠けていた」と日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の荒井悦代・南アジア研究グループ長は指摘する。

もうひとつの失敗はゴタバヤ政権になってからだ。

ラジャパクサ支配の谷間だった16年からの約4年間、スリランカはIMFから15億ドルの拡大信用供与を受ける代わりに、歳入増加で財政基盤の強化を図る構造改革プログラムに取り組んだ。ところが、その終了直後に発足したゴタバヤ政権が推し進めたのは、全く逆行する政策だった。

人気取りを優先した所得税減税は5000億スリランカルピー(約2000億円)の歳入減を招き、「有機農業を推進する」という理由で強行した化学肥料の輸入禁止は、紅茶やコメの不作を招いてしまった。

足元の経済危機で、IMFへの支援要請が遅れたのも、増税策を嫌ったからという事情が透ける。

だがラジャパクサ一族のメンツにかまっていられる余裕はもはやない。

すでに対外借り入れの一部の返済を一時的に棚上げする「選択的デフォルト(債務不履行)」の状態で、今後は世界銀行やインド、中国などからのつなぎ融資で息を継ぎつつ、IMFの指導下で構造改革と債務再編を地道に進めていくしかない。

コロナ後の観光や出稼ぎ送金の復活は期待できるものの「少なくともあと2年」は耐乏生活が待ち受ける。

野党は不信任決議に持ち込み、ゴタバヤ大統領の追い出しを目指すが、政情混迷の先行きはなお不透明だ。ただ、一族の専横を許したとはいえ、スリランカは独立以来、一度も軍事クーデターがなく、常に選挙で政権交代してきた民主主義国家だ。

南アジア周辺国に比べて識字率や英語の普及度が高く、人材力には定評がある。

インド洋で屈指の規模を持つコロンボ港は、アジアと中東・アフリカを結ぶ東西物流の要衝で、近隣にはインドやパキスタン、バングラデシュといった人口大国が控える。

小国ながらも秘めた潜在力を、将来の持続成長にどう結びつけるか。経済危機の脱出と同時に、今度こそ産業の多角化・高度化の具体策が焦眉の急となるだろう。

=随時掲載

高橋徹(たかはし・とおる) 1992年日本経済新聞社入社。自動車や通信、ゼネコン・不動産、エネルギー、商社、電機などの産業取材を担当した後、2010年から15年はバンコク支局長、19年から22年3月まではアジア総局長としてタイに計8年間駐在した。論説委員を兼務している。著書「タイ 混迷からの脱出」で16年度の大平正芳記念特別賞受賞。

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日本経済新聞社 編集委員・論説委員
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ひとこと解説

9日の日本時間夜に、ゴタバヤ・ラジャパクサ現大統領の兄で元大統領でもあるマヒンダ・ラジャパクサ首相がついに辞任を表明しました。

支持者と反政府デモ隊が衝突し、死傷者が出た直後でした。

それまでずっと辞任を否定してきましたが、事態収拾には身を引くしかないと判断したようです。

ただデモ隊は大統領の辞任も要求しており、野党は「挙国一致内閣」の呼びかけを拒む姿勢です。

政情混乱や物価高騰、長時間の停電が、ポスト・コロナで薄日が差してきた観光産業の足を引っ張るのが心配です。

2022年5月10日 9:51 』