欧州で地下シェルターの需要急増 高まる市民の防衛意識

欧州で地下シェルターの需要急増 高まる市民の防衛意識
ウィーン支局 細川倫太郎
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR21DVZ0R20C22A4000000/

『ロシア軍のウクライナ侵攻を契機に、欧州の市民の防衛意識が高まり始めた。フランスやイタリアでは有事の際に人命を守る地下シェルターのメーカーへの問い合わせが殺到している。連日、多くの市民の犠牲が伝えられ、核戦争の脅威も現実味を帯びる。対岸の火事ではないという危機感が人々を駆り立てる。

「侵攻が始まって1カ月強で1200件の問い合わせが寄せられた。その前までは月1回あるかないかだったんだが」。パリの地下シェルター企業アルテミス・プロテクションの創業者、セランヌ氏は目を丸くした。これまでは1人で営んできたが、急きょスタッフを5人ほど雇った。

地下シェルターは一般的に暗いというイメージがあるが、同社のは明るく、デザイン性が高いのが特徴だ。注文に応じてキッチンやソファ、ロフトなども設置でき、緊急時だけでなく日常生活でも使えるようにしている。広さは長期滞在を想定したタイプだと約20平方メートルで、価格は平均30万ユーロ(約4100万円)程度だ。

セランヌ氏はもともとは個人向けの法務アドバイザーだったが、2021年に現在の会社を設立した。フランスでは原子力発電所への依存度が高い。老朽化している施設も目立ち、事故リスクもある。それにもかかわらず、国内には地下シェルターがほとんどないと感じていたのが起業したきっかけだ。

同社の地下シェルターは最低1平方メートルあたり10トンの重さに耐えられ、仮に核爆弾が落下してもそこから2.5キロメートル以上離れていれば壊れない。フランスだけでなく海外からも問い合わせがあるといい、15件程度の売買交渉が進行中だ。セランヌ氏は「ウクライナでの戦闘やチェルノブイリ原発への攻撃を見て、人々がどう自分の身を守るかを真剣に考えるようになったためだろう」とみる。

ロシア軍が一時制圧したウクライナ北部のチェルノブイリ原発は、放射性物質が拡散する懸念が強まった(4月)=AP

住宅新築時に設置する人も

ロシアのプーチン大統領は侵攻の直後、核戦力を運用するロシア軍に対し、任務遂行のための高度な警戒態勢に入るよう命じた。国連のグテレス事務総長は3月14日、「かつては考えられなかった核戦争が今では起こり得る。背筋が凍りつく展開だ」と強い危機感を示した。国際社会は身構え、市民にも動揺が広がった。

イタリア北部の企業ミヌス・エネルジエは地下シェルターの施工を始めて今年で22年になる。これまでに新規施工や改修を合わせて約50件受注したが、この2カ月間で受けた問い合わせは約1000件にのぼる。

カビッキオーリ社長は「プーチン氏が核攻撃を示唆した直後から電話がひっきりなしに鳴り、メールにもすべて返答できなかった。特に女性からの連絡が多い」と話す。当初は「どうすれば退避できるか」など不安に駆られた市民からの感情的な問い合わせが多かったが、現在は少し落ち着いてきた。同氏によると、最近は住宅を新築する際に地下シェルターも設置する事例が目立ち始めた。

ウクライナ侵攻から2カ月半が経過したが、停戦に向けた道筋は見えてこない。ロシア軍はウクライナ東部や南部への攻撃を続け、戦闘は長期化する懸念が強まっている。ジョンソン英首相は23年末まで続く可能性もあると指摘する。

ここにきて高まってきたのは「国境を越えて戦火が広がるのでは」との不安だ。ロシア軍幹部は4月22日、ウクライナ南部を制圧すれば、隣国モルドバ東部の親ロシア派支配地域へのルートを確保できると主張。モルドバへの介入を示唆した。

複数の報道によると、4月25日には同地域の中心都市で複数の爆発があったほか、26日も別の村で爆発があり通信塔が壊れた。「ロシア軍のウクライナ侵攻は始まりにすぎす、ロシアは他の国も占領しようとしている」。ウクライナのゼレンスキー大統領はこう強調し、各国に警鐘を鳴らす。

志願制の防衛組織にも申し込みが急増

自己防衛意識の高まりは地下シェルター以外でも表面化している。
ポーランドのPMシューターが運営する射撃訓練場は侵攻後に顧客が一気に増えた

ポーランドの首都ワルシャワなどで射撃訓練場を運営するPMシューターでは、顧客が侵攻前に比べ約4倍に増えた。銃を扱うのは初めてで、軍隊に入るために使い方を学びたいという人もいる。共同経営者のミオドフスキ氏は「個人だけでなく、社員に訓練させたいという企業もある」と話す。

緊急事態に陥った際にはいかに冷静に行動できるかが重要になる。

「各家庭で水や食料を準備し、情報入手手段を確保しておくことが重要です」「脆弱者を支援することが期待されます」――。スウェーデンでは侵攻前から民間緊急事態庁が「もし危機や戦争が起こったら」というパンフレットを市民に配布している。全20ページの冊子には想定される事態や備蓄品のチェックリスト、警報システムの説明などが掲載され、有事になるべく冷静に対応できるよう支援している。

スウェーデンは伝統的に中立政策を堅持しており、軍事同盟には加盟していない。だが、侵攻で市民の意識が急速に変化した。最近の世論調査では、北大西洋条約機構(NATO)への加盟を「支持する」が初めて半数を超えた。同国では9月の総選挙でNATO加盟が争点の中心になるとみられている。

エストニアでは「防衛連盟」への参加申し込みも増えている=ロイター

バルト3国の1つ、人口約130万人の小国エストニアはロシア系住民を抱え、ロシアの侵攻に対する潜在的な恐怖がある。エストニアの志願制の「防衛連盟」には女性や青年を含め約2万5000人が参加していたが、ウクライナ侵攻が始まると、約1カ月半で新規の加入申し込みが2000件以上あったと報じられている。

武器の使い方や手入れ、爆発物の扱いなどあらゆる「サバイバルスキル」を習得する。徴兵された経験はないが、参加を決めた起業家のマーティンさんは地元メディアの取材にこう強調した。「危機の際に頼れるのは自分だけだ」

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