ウクライナ奮闘の教訓 日本の守る力、自助で強化を編集委員 高坂哲郎

ウクライナ奮闘の教訓 日本の守る力、自助で強化を
編集委員 高坂哲郎
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『ロシアによるウクライナ侵攻が始まって2カ月が経過した。日本はウクライナで起きている事態を注視することに加え、同国が示す教訓を学び取り、日本の守りを改善していくことが求められている。外交で争いを回避する努力は当然であるにしても、外交が必ずしも安全を約束しないことをウクライナの現状は示す。日本は軍事力を誇示する中国やロシア、北朝鮮に包囲され、安全保障環境は悪化の一途をたどっている。

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教訓の第1は「スパイ・工作員の摘発体制の保持」だ。日本ではあまり注目されていないようにみえるが、侵攻を受けたウクライナ側の対応で目を引いたのが、国内に潜むロシアのスパイを摘発する「防諜(ぼうちょう)」に懸命に取り組んでいたことだった。

2014年のロシアによるクリミア半島奪取は計画的に進められたが、当時のロシアの作戦でカギだったのが、事前にウクライナ領クリミアに浸透していたスパイや工作員たちの存在だった。今回は同様の工作をさせないよう、ウクライナの防諜機関であるウクライナ保安局(SBU)は政府内に浸透したロシアの協力者の摘発に動いた。

ウクライナ政府は、期間限定の外出禁止令を出し、それでもなお外出して不可解な動きをとる工作員がいないか目を光らせた。工作員は、ロシア軍の攻撃を誘導するための目印をつける活動などをしていたともされる。

CIA型の対外情報機関持たず

裏表の関係にあるのが、第2の教訓「独立した対外情報機関の保有」だ。ウクライナには、国内でスパイなどの捜査にあたるSBUとは別に、国外での情報活動に従事するウクライナ対外情報局(SZR)を有している。04年の設立と比較的若い組織だが、対外情報収集を専門とする独立した機関を持つメリットは大きい。

米バイデン政権は今回のロシアの侵攻を正確に予測していたが、米軍の情報機関や米中央情報局(CIA)のもたらした機密情報は、部分的にはウクライナにも提供された。情報は、侵攻してきたロシア軍への効果的な反撃に役立ったとみられる。

日本はCIA型の独立した対外情報機関をいまだに持たず、法執行機関である警察が部分的に代行しているにすぎない。「日本の警察は、法執行機関であるがゆえにルールにしばられ過ぎており、生粋の情報機関である我々からみると正直言って物足りない」(欧州の情報機関員)。こうした意識のずれは情報交換などの際にマイナスに作用する。ウクライナは対外窓口としてSZRを有していたからこそ、米欧情報機関と活発な情報交換を続けられ、「ロシアによるゼレンスキー大統領暗殺」といった事態を未然に防いでこられたとみられる。

第3の教訓は「国際宣伝戦を戦える体制の保持」だ。ロシアによる侵攻が始まって以来、ウクライナによる対外的な情報発信の巧みさが目立っている。

避難を余儀なくされる人々の姿や一般市民が虐殺された悲惨な光景、ウクライナ軍がしぶとく応戦する様子などを各国報道機関に取材させる。一方、自国側が不利になるような情報の流出は抑え、各国政府の支援を引き出すことに成功している。有事の広報戦術の巧拙が、侵略を受けた国の運命を左右することをウクライナは示した。同国の取り組みは今後、日本でも入念な検証や研究が求められる。

米国からウクライナに供与済みの自爆型無人機「スイッチブレード」の600型のイメージ=AeroVironment,Inc.提供・共同

防衛作戦面では、第4の教訓として「新兵器を機敏に取り入れた防衛作戦体制」だ。ロシア軍の戦車部隊が小型の自爆型無人機にあっけなく敗れ去る光景を、現在米欧各国の軍隊や日本の自衛隊が衝撃をもって注視している。同様の事態は、06年にイスラエル軍戦車部隊がレバノンを拠点とするシーア派武装組織ヒズボラを攻撃した際にも起きた。当時、陸上自衛隊の幹部だった人物は「イスラエル戦車部隊が苦戦する姿に衝撃を受けた」と語るが、今回はロシア軍の被害規模はイスラエル軍の被害よりもはるかに大きい。

イスラエル軍は突入してくる自爆型無人機を破壊するための移動式レーザー兵器「レーザー・ドーム」を開発中だが、今後、同様の装備体系を日米欧も必要とするだろう。川崎重工業や三菱電機がレーザー兵器の要素技術を持つ。日本政府は従来以上に思い切った予算措置が欠かせなくなる。

防衛作戦面でもう一つ、第5の教訓になるのが「機能する補給体制の保持」だ。補給が戦争の行方を決する重大な要素であることは古くから明らかだが、ウクライナ侵攻は重要性をあらためて印象付けた。ロシア軍は当初、ウクライナ軍をみくびっていたようだ。「短期間で作戦は終了できるとみていたため、そもそも補給をほとんど計画していなかった」(防衛省の情報部門関係者)。一方、ウクライナ軍の善戦を支えているのが、米欧諸国が軍事物資を続々届ける強力な補給体制だ。

補給軽視は旧日本軍も同様だったが、「悪しき遺伝子」は自衛隊にも引き継がれてしまったようにみえる。東日本大震災の際に輸送能力の大幅な不足が露見し、物資不足で災害派遣部隊の隊員たちが苦しんだ。近年の外国製武器の調達コスト膨張で、自衛隊の補給・修理といった兵たん能力は今も厳しい状況にあり、予算・人事など各面で抜本的なてこ入れが必要となっている。

今回、ウクライナが早々と「不本意な降伏」を強いられずに防衛作戦を継続できたのは、国民(非戦闘員)を守る国民保護の体制があったおかげだった。国民保護が第6の教訓だ。同国内には、核戦争に備えていた旧ソ連の遺産として地下避難シェルターが随所に設けられている。仮にシェルターがなかったら、緒戦からいまに至るロシア軍の無差別攻撃で国民の犠牲はけた違いに膨らんでいたはずだ。

旧ソ連や欧州諸国、米国、イスラエルなどが戦後、シェルター整備を国家として進めたのは、戦時中の日本に対する米軍の2度の核攻撃を教訓としたからだ。広島では爆心地近くの旧日本銀行広島支店、市立袋町小学校、広島城内にあった旧軍司令部のいずれも地下室にいた人々が助かっている。

日本では戦後、核攻撃を受けた当事者であるにもかかわらず、各国のようには地下シェルターが普及しなかった。核攻撃の惨禍があまりにむごく、「核は二度と使われてはならない」との戦後の祈りが増幅され、結果的に壮大な思考停止に転化してしまったことがあるとみられる。思考停止を続ければ、新たな惨禍から国民を守れない。

有事のマンパワー確保、課題に

国民保護とセットで考えるべき第7の教訓は、有事の際の軍以外のマンパワーの確保だ。ウクライナ政府は今回の侵攻を受け、男性を対象に総動員令を発して国家機能の維持に従事させている。消防隊員はミサイル攻撃で発生した火災の鎮火を続け、鉄道職員は攻撃されるリスクのある中でも鉄道網を動かし続け、避難民を東部から西部に運んだ。こうした「自助の姿勢」が報道を通じて世界に拡散し、各国国民の感動を呼びウクライナ支援の原動力になっている。

11年の東日本大震災の際、米軍の支援は最初からフル稼働モードだったわけではない。陸上自衛隊のヘリ部隊が、強力な放射線にさらされるリスクを冒しながらも福島原子力発電所に放水した姿が世界に報じられた。日本の自助の精神を見届けた米軍は、一気に支援に動いたのだった。

島国の日本は、女性や子供、高齢者といった「戦争災害弱者」を容易には他国に逃すことはできない。国民保護の観点からも、多数のマンパワーをいかに確保するかが問われる。ウクライナの人々が、文字通り命を削りながら示してくれている重い教訓から学ぶ必要がある。

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高坂 哲郎

編集委員。国際軍事情勢や防衛問題を取材。 ニューズレター「Global Foresight」筆者(水曜日)。登録はこちらから。

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大国駐在者が陥る罠(4月27日)』