演出されたルーブル上昇 ロシア経済は最悪レベルへ

演出されたルーブル上昇 ロシア経済は最悪レベルへ
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/26536

『ウクライナへの侵略により、欧米や日本から厳しい経済制裁を科されて暴落したロシアの通貨ルーブルが急回復している。プーチン大統領は「ロシアにパニックを起こそうとした欧米の制裁は失敗した」と豪語するが、ルーブルは制裁への対抗策や輸入の減少で無理やり上昇が〝演出〟されているのが実態だ。プーチン政権は表面上の経済不安は抑え込んでいるものの、ソ連崩壊以後で最悪レベルの国内総生産(GDP)の落ち込みや失業者の急増などが見込まれており、ロシア経済はかつてない低迷に陥りつつある。

(Max Zolotukhin/gettyimages)

 「ロシアの市場にパニックを引き起こし、銀行システムを破壊し、物資の急減を狙った経済制裁は明らかに失敗した」「ロシアは前例がない圧力に耐えつつ、安定を維持している」。

 プーチン大統領は4月中旬、経済政策協議の場でこう断じた。その根拠として示したのが、通貨ルーブルの回復だった。

 事実、ルーブルは急回復している。侵攻開始直前に1ドル=80ルーブル前後だったルーブルは、欧米諸国が制裁を発表した3月上旬には115ルーブル前後に落ち込み、7日には一時150ルーブルにまで暴落。その後乱高下したが、3月下旬からは一転して上昇し、現在は侵攻前よりも高い水準にまで回復している。

 ルーブルの暴落は、明らかに欧米諸国の経済制裁の狙いのひとつだった。欧米や日本は3月上旬までに、ロシア中央銀行が海外の中央銀行に保管している外貨準備を相次ぎ凍結した。

 外貨準備は、自国通貨が下落した局面などで売却することで、通貨を買い支えることができる。制裁により、約6300億ドル(約82兆円)規模とされたロシアの外貨準備のうちの約半分が凍結され、ルーブルの買い支えは困難になったとみられていた。

 欧米諸国はさらに、ロシアの主要銀行を国際銀行間通信協会(SWIFT)からも排除した。これによりルーブルは市場の信頼を失い、下落は加速した。

ロシアが講じた2つの対抗策

 何が為替相場に変化をもたらしたのか。最大のポイントは、ロシア政府が打ち出した2月28日と3月31日に導入した2つの対抗策だ。

 ひとつ目の対抗策は、ロシア国内の企業が輸出で得た外貨を3日以内に強制的にルーブルに換金するというものだ。これにより人為的にルーブルの〝需要〟を生み出し、ルーブルを買い支える効果を生む。企業は輸出で得た収入を、より安定的な外貨で保管することができなくなるが、企業側の都合などは考慮されずに導入が決まったものとみられる。

 もうひとつは、ロシアが「非友好国」と定める国々がロシア産天然ガスを輸入する場合は、その支払いをルーブルで行わせる施策だ。これも同様に、ルーブルの需要を強制的に生み出す狙いがある。』

『ロシア産の天然ガスの約7割の輸出先である欧州諸国からは、購入契約に違反しているとして拒否する声が相次いだ。これに対しロシアは、天然ガスの輸出を手がけるガスプロム傘下の銀行が外貨で入金できる特別な口座を開設。そこに外貨で代金が振り込まれれば、ルーブルへの換金を代行するというスキームを打ち出した。

 このスキームをめぐっても批判が上がるが、いずれにせよ天然ガスの輸出代金がロシアに入る限り、ルーブルは買い支えられる。欧州連合(EU)諸国は現在、天然ガス需要の約4割をロシアに依存。ロシアのウクライナ侵攻以降の1カ月で、EUはロシア産エネルギーの調達費用として350億ユーロ(約4兆8000億円)を支払ったとされ、制裁を受けても、現時点では潤沢な外貨がロシアには流入し続けている。

 ルーブルの上昇を支えているとみられるもう一つの要素がある。輸入の減少だ。商品を海外から輸入する際に、支払いに使う外貨を調達する必要性が低下していることも、ルーブル相場を押し上げているとみられる。

 戦争による物流網の混乱や経済制裁を背景に、ロシアとビジネスを行うことのリスクが高まり、欧米や日本など多くの海外企業はロシアへの輸出を控えはじめたもようだ。例えば日本の場合、3月の対ロシア輸出額は自動車やその部品輸出の急減により、前年同月比で31.5%減少した。ロシア国内の自動車工場の稼働停止などが背景にある。ロシアビジネスを継続することによる企業評価へのダメージや、ロシア経済そのものの悪化を懸念する多くの海外企業がロシアビジネスから撤退・縮小する動きを強めており、各国の対ロシア輸出は急減しているとみられている。

 現在のルーブル相場の上昇は、国際市場でルーブルが価値の高い通貨であることを意味しない。それでもプーチン氏が強引にルーブルを買い支える背景には、ウクライナへの侵略が自国経済に与える影響を不安視する国民の目を誤魔化す狙いがある。
歴史的にルーブル価格を注視するロシア国民

 モスクワなどロシアの主要都市には、いたるところに外貨とルーブルの換金所がある。ソ連崩壊以後、自国通貨の暴落を何度も経験し、財産が紙くずになってきたロシア国民にとっては、ルーブルが下落する前にいかに好条件でドルやユーロに換金できるかが生活防衛には必須となっている。そのためルーブルの換金レートを示す電光ボードに、外貨で収入を得るわけでもない多くの市民が関心を寄せている。

 ウクライナ侵略によりロシアは巨額の戦費を喪失し、各国からの厳しい経済制裁を招き、国際的な経済システムから切り離されつつある。そのような厳しい状況から国民の目をそらすためにも、ルーブルの安定維持はプーチン政権にとり必須だ。

 ただ、このような対抗策でルーブルを支え続けることがいつまでできるかも不透明だ。欧州では今、ロシアへのエネルギー依存を縮小させる動きが急速に広まっている。すでにバルト3国は4月下旬、ロシア産ガスを輸入停止したと明らかにした。イタリアも北アフリカのアルジェリアからの天然ガス輸入拡大で合意。イタリアはスペインを経由した天然ガス輸入の拡大に向け、パイプライン敷設も協議を開始した。

 さらにポーランドとブルガリアをめぐっては、ロシアは提示した支払い条件に同意しなかったとの理由で、4月下旬にはガスの供給を止めた。天然ガス輸出を欧州への脅しに使う姿勢を改めて鮮明にした格好だが、このような動きが欧州のロシア離れを加速させ、結局はロシアの収入の減少につながるのは確実だ。』

『欧州向けの天然ガスを中国やインドなどが代わって購入することも困難だ。ガス輸出にはパイプラインの敷設が必須だが、新規に建設するには何年もの時間がかかる。

 天然ガスを液化して液化天然ガス(LNG)として輸出するにも、ロシアの製造設備は限られている。プーチン大統領はまた、天然ガス以外でもルーブル払いを促進するよう指示を出しているが、結果的にはロシアが市場を失う動きを加速させかねない。
進み続けるロシア経済の長期低迷

 国際金融協会(IIF)は3月10日、2022年のロシア経済が15%のマイナス成長に落ち込むとの見通しを発表したが、これはソ連崩壊以後で最悪の水準だ。欧州復興開発銀行(EBRD)も3月31日、10%のマイナス成長を予想した。EBRDは、23年はゼロ成長を予想しており、ロシア経済の長期低迷は避けられない。

 ロシアの首都モスクワでは、外資系企業の撤退で20万人規模の失業者が出る可能性があることを市長自らが公言した。プーチン政権の圧制と経済的な先行きを絶望して、IT技術者や企業経営者などロシアの経済発展を担う数十万人の若者らがロシアを脱出したとの調査結果もある。

 ルーブル相場が表面的に回復しても、ロシアの実態経済の悪化は今後確実に表面化していく。実現の見通しが立たないウクライナ支配というプーチン政権の願望に引きずられるロシア国民は、その失政の尻拭いをさせられることになる。』