〔「ナラティブ(narrative)とは〕

〔「ナラティブ(narrative)とは〕

日本大百科全書(ニッポニカ)「ナラティブ」の解説
https://kotobank.jp/word/%E3%83%8A%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%96-590017

『文芸理論の用語。物語の意。1960年代、フランスの構造主義を中心に、文化における物語の役割についての関心が高まった。その過程で、「ストーリー」とは異なる文芸理論上の用語として「ナラティブ」という言葉が定着した。

 物語に関する理論的探究は、アリストテレスの『詩学』にまでさかのぼることができるが、20世紀のロシア・フォルマリズム、および構造主義では、さかんに物語構造についての研究が行われて、やがてナラトロジーnarratology(物語学)という独立した分野を成立させるにいたった。

ナラトロジーは、物語を、その物語内容storyと語り方narratingの双方から、またその相互作用において研究することを目的とし、物語を、始点、中間点、終点を備えた一体性をもった言葉の集合であり、何らかの事象の再現行為であると考える。

例えば「水は二つの水素原子と一つの酸素原子からできている」という言明は、事実の叙述であって、時間的な経過をともなった事象の再現ではないが故に、物語ではない。

一方、「やがて雨が降り出した」という文は定義上物語である。

ナラトロジーは、主に詩や小説といった文芸作品を対象に精緻な分析を行うことで、時制、叙法、態といった多くの理論装置を生みだしたが、そこに共通しているのは、物語に普遍的な構造への関心、語り手の位置、語りが生みだす時間などへのこだわりである。

論者によってその理論は大きく異なるとはいえ、総じて物語の内容以上に形式に注意を向けているといってよい。

代表的な研究者としては、ロシアの民話が31の類型へと還元しうることを示したウラジーミル・プロップVladimir Propp(1895―1970)、現象学的な観点からわれわれが時間を経験する形式として物語をとらえたポール・リクール、プルーストなどを素材に語りの構造がいかに作品の独自性を生みだすかを問題にしたジェラール・ジュネットなどが挙げられる。

 しかしナラトロジーが、民話学、記号学、レビ・ストロースによる神話の構造分析など他領野の強い影響のもとに成立したように、ナラトロジーの影響も文芸理論の分野だけにはとどまらなかった。

『物語の構造分析』Introduction àl’analyse structurale des récits(1966)を書いたロラン・バルトが、同時に『神話作用』Mythologies(1957)で消費社会に潜む多様なナラティブ(神話)のあり方を分析してみせたことが示すのは、ナラトロジーが当初から、言語に限らないあらゆる領域におけるナラティブを問題にしようとしていたことである。
1970年代以降、文化を意識されないナラティブ(神話、イデオロギー)の集合としてとらえ、その機能のさまを明らかにしようという潮流が広がった。

そこに広くみられたのが、人間はナラティブを受容することで、さらにナラティブを語ることで、自己と社会を分節化し、構造化していくのだという考え方である。

こうした考えをナラトロジーの影響だけに帰することはできないし、必ずしもナラティブという言葉さえ共有されていたわけではないが、そこには広い意味でのナラティブに対する着目が存在した。

ナラティブは、国民、エスニシティ、ジェンダーなどの成立に深く関わるとされた。つまり、特定のナラティブを通じて世界を認識することで、社会的な権力構造と主体の位置が構成されると考えられた。

 歴史学では、ヘイドン・ホワイトHayden White(1928―2018)などが、歴史叙述はしばしばナラティブの形をとり、それは体制を擁護する働きをもつと論じた。

歴史が多様な語り方の可能なナラティブにすぎないのかは意見の分かれるところだが、歴史学がナラティブとしての権力作用をもつという考えは広く受け入れられ、各国で勃興した歴史修正主義、すなわち国民国家の再興を志向する観点から歴史を読み替えていこうとする動きと関わって議論を呼んだ。

これには、歴史が解釈(物語)を避けられないとしても、歴史家には事実の痕跡を通して「真実」を探究する義務があるというカルロ・ギンズブルグCarlo Ginzburg(1939― )のような立場も存在する。

 精神医療の分野では、主体は社会的言説の作用であるという社会構成主義の影響のもと、ナラティブ・セラピーの考え方が関心を呼んだ。

ナラティブ・セラピーは、家族やカップル内部でのナラティブを重視し、カウンセラーや自助グループのあいだでそのナラティブを書き換えていくことで、個人の行動パターンや自己認識をかえていこうとする。

1990年代以降、ナラティブという概念はその輪郭を曖昧にしつつも、政治学、社会学、国民国家研究、カルチュラル・スタディーズといった分野に根をおろしている。

[倉数 茂 2018年3月19日]

『ロラン・バルト著、篠沢秀夫訳『神話作用』(1967・現代思潮新社)』
▽『ロラン・バルト著、花輪光訳『物語の構造分析』(1979・みすず書房)』
▽『ウラジミール・プロップ著、北岡誠司・福田美智代訳『昔話の形態学』(1987・白馬書房)』
▽『ヘイドン・ホワイト著、原田大介訳「歴史における物語性の価値」(W・J・T・ミッチェル編、海老根宏・原田大介ほか訳『物語について』所収・1987・平凡社)』
▽『ポール・リクール著、久米博訳『時間と物語』1~3(1987~1990・新曜社)』
▽『ジェラール・ジュネット著、花輪光・和泉涼一訳『物語のディスクール――方法論の試み』(1991・水声社)』
▽『小森康永・野口裕二・野村直樹編著『ナラティヴ・セラピーの世界』(1999・日本評論社)』』

2019年 第一回 edge NOKIOO【ナラティブ・コミュニケーション】
https://www.nokioo.jp/workstyle/21