フィリピン大統領選のポイントは 南シナ海情勢にも影響

フィリピン大統領選のポイントは 南シナ海情勢にも影響
世論調査はマルコス氏先行、現職ドゥテルテ氏 後任指名せず
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM129M50S2A410C2000000/

『【マニラ=志賀優一】フィリピンで5月9日、6年に1度の大統領選が実施される。米国とも中国とも関係が深い国だけに、誰が次期大統領になるかによって南シナ海やアジア太平洋地域での安全保障を巡る構図にも大きく影響する。主要候補の顔ぶれや政策について解説する。

6年に1度、再選は認められず

フィリピン大統領選は6年に1度、直接選挙で実施される。大統領に加え、副大統領、上下両院議員、州知事など地方の主要ポストも同時に決める国政・地方統一選挙で、同国の行方を大きく左右する一大イベントだ。大統領候補と副大統領候補は「ランニングメート」として連携して選挙戦に臨むが、それぞれが直接選挙で選ばれる。そのためペアで当選するとは限らず、結果的に主張の異なる2人が選出される「ねじれ」が生じる可能性もある。

大統領の再選は憲法で認められていない。そのため依然高い支持率を誇る現職のドゥテルテ大統領は退任し、立候補した10人の中から新しい大統領が選ばれる。投票日当日の5月9日から数日以内に大勢が判明する見通しで、6月30日に就任する。

人口が約1億1千万人のフィリピンは平均年齢が25歳前後と若い。同国選挙管理委員会によれば、有権者のうち18~41歳が占める割合は50%を超える。当選には若年層から支持を集められるかが重要な要素となる。

マルコス氏が支持率でリード

調査会社パルスアジアが3月に実施した次期大統領選の世論調査では、独裁政権を敷いた元大統領の長男、フェルディナンド・マルコス元上院議員(64)が56%の支持率を獲得した。ほかの主要候補では現職副大統領のレニー・ロブレド氏(57)が24%で2位、マニラ市のイスコ・モレノ市長(47)が8%、元プロボクサーのマニー・パッキャオ上院議員(43)が6%と続く。

マルコス氏は元大統領の長男として高い知名度を持ち、上下院で議員を務めるなど政治家としてのキャリアを積んだ。SNS(交流サイト)を精力的に活用しており、フェイスブックのフォロワー数は約580万人に上る。若年層の多いフィリピンは、旧マルコス政権の独裁や人権侵害、1986年の民主化革命を体験していない人が多い。マルコス氏はSNSで若年層に対し経済の立て直しの必要性などを訴える。

フェルディナンド・マルコス氏=ロイター

ロブレド氏は現職副大統領だ。貧困の撲滅や新型コロナウイルスの感染防止対策などに積極的に取り組んできた。強権的な政権運営をしてきたドゥテルテ大統領と対立してきたこともあり、現政権に不満を持つ270人以上の大学教授やエコノミストらがロブレド氏の支持を表明している。

レニー・ロブレド氏=ロイター

モレノ氏は貧困層が多く住むトンド地区の出身で知られる元俳優。マニラ市長としては公共衛生や住宅環境の向上、都市の美化などを推し進めてきた。大統領に選出された場合は、社会インフラ整備や社会サービスを改善したり、地方都市の発展を後押ししたりするという。
イスコ・モレノ氏=ロイター

ボクシング界の英雄、パッキャオ氏も主要候補の一人だ。今回の大統領選に出馬するためボクサーを引退した。自身が大統領になれば、政府機関での不正を一掃するとしている。出身である南部ミンダナオ島で支持が拡大できるかが焦点となる。

マニー・パッキャオ氏=ロイター

対中姿勢が争点に

主要な争点の一つが対中姿勢だ。南シナ海に面するフィリピンは米国の同盟国だ。ただドゥテルテ氏は米国と距離を置き、領有権問題で対立しながら通商面で関係が深い中国に対して融和的な姿勢を取った。その結果として故アキノ前大統領の政権に比べてドゥテルテ政権下では中国による直接投資は大幅に増加した。

次期大統領の対中姿勢は南シナ海の安全保障体制にも影響を及ぼす。

ドゥテルテ大統領=ロイター

マルコス氏はドゥテルテ氏の姿勢を踏襲する。2021年10月の出馬申請後に在フィリピン中国大使館を訪れ大使と会談したほか、「ドゥテルテ氏の対中政策が我が国の唯一の選択肢だ」とも発言している。フィリピンの最大の輸出相手国は中国(香港含む)だ。中国との通商関係の維持を経済立て直しの糸口にするとみられる。

ロブレド氏は領有権問題を重視する姿勢を見せる。国連海洋法条約に基づくオランダ・ハーグの仲裁裁判所は16年、南シナ海での中国の領有権の主張には国際法上根拠がないとの判決を下した。ただその後も中国の海洋進出は続いている。ロブレド氏は「仲裁裁判所の判決こそ、(中国の)侵略を阻止するため他国に協力を呼びかけるカードだ」と中国に強い姿勢で臨むことを表明した。

モレノ氏は「南シナ海問題で中国は敵ではないが、中国はフィリピンの主張も尊重すべきだ」と語る。一方で、南シナ海におけるエネルギー開発については中国企業との連携に意欲的とされ、通商面を重視する可能性がある。

パッキャオ氏は「中国との連携を深めるため、平和について議論する政府間パネルを創設したい」と具体案を提示している。

そのほかにはドゥテルテ政権の政策を踏襲するかどうかも注目される。大型インフラ整備計画「ビルド・ビルド・ビルド」では鉄道や地下鉄の整備を進める一方、一部では計画に遅れが出ている。次期大統領がインフラ整備を当初計画通りにすすめるのかどうかも今後の経済政策の焦点になりそうだ。

エネルギー政策も争点の一つだ。電力需要を満たし環境負荷も低減するために、マルコス氏は原子力発電の導入を進めると明言した。他の候補も原発推進はおおむね認めているが、建設後30年以上稼働していないルソン島南西部のバターン原発を使用するかについては是非が分かれている。同原発はマルコス氏の父が大統領だった時代に建設され、マルコス氏は同原発の利用を視野に入れるが、安全性などについては疑問が残っている。

マルコス氏=ロイター

マルコス氏はドゥテルテ氏の政策に近いとされる一方、ロブレド氏やパッキャオ氏は対中政策などを巡りドゥテルテ氏と対立する。ただドゥテルテ氏自身は特定の大統領候補を後継者として支援しない異例の選挙戦となっている。

副大統領選はドゥテルテ氏長女が優勢

大統領選と同時に実施される副大統領選では、ドゥテルテ氏の長女であるサラ・ドゥテルテ氏(南部ダバオ市長)が優勢だ。最新の世論調査で支持率は56%で、2位と36ポイントの差をつけている。今回の大統領選に出馬していれば最有力候補になると目されていた人物だ。

サラ氏は大統領候補のマルコス氏と連携して選挙戦に臨んでいる。ダバオ市長として南部に強いサラ氏と、北部ルソン島に厚い支持基盤を持つマルコス氏が組み、全土に支持を広げてきた経緯がある。

選挙は「お祭り」 コンビニで疑似投票も

次のリーダーを決める大統領選はフィリピンにとって一大イベントだ。選挙集会では候補者の顔がプリントされた自作のポロシャツなどを着た支持者でごった返す。
セブンイレブンは飲料用カップを使い「模擬大統領選」を実施する

選挙に合わせてキャンペーンを打つ企業もある。フィリピンのセブンイレブンは、投票の2カ月前となった3月9日から4月27日まで「7―エレクション2022」と銘打った疑似投票を実施。セルフサービスで入れる飲料用カップに大統領選の主要候補のイラストが描かれており、購入実績を疑似投票の結果として公開している。

店の前に貼られたポスターには「スピーク・カップ!」と書かれている。カップと「声を上げよう(スピーク・アップ)」という英語にかけた表現だ。選挙権を持たない未成年の消費者も参加でき、選挙への関心を高めるとともに消費促進にもつなげている。

グラフィックス 佐藤綾香 』