30年前のトラウマ 対ロ制裁、いかせぬ経済・金融カードニッポンの統治・第2部 空白の危機感②

30年前のトラウマ 対ロ制裁、いかせぬ経済・金融カード
ニッポンの統治・第2部 空白の危機感②
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODE113V00R10C22A4000000/

『2月27日午前9時。日曜日の首相公邸に松野博一官房長官や国家安全保障局長の秋葉剛男氏らが駆けつけた。案件は国際銀行間通信協会(SWIFT)からのロシア除外。日本以外の主要7カ国(G7)は同日未明に方針を決めていた。

【前回記事】法も備えも穴だらけ 安全保障「最悪の事態」想定せず

ロシアにウクライナ侵攻の代償を払わせ、国際秩序の破壊に歯止めをかける。国際決済網から締め出すSWIFT排除はその切り札だった。

「G7と協調してやってくれ」。岸田文雄首相は米欧と足並みをそろえるよう指示し、11分で協議を終えた。SWIFT排除を表明したのは同日夜だった。

半日あまりとはいえ日本は米欧に出遅れた。ロシアからエネルギーを輸入しているだけに、迅速に対処しなければ国際社会から誤解を招きかねなかった。

背景には財務省や外務省などの受け身の姿勢があった。「SWIFTはベルギーに本部がある民間団体で日本は直接関与できない」と首相官邸に説明してきた。金融を安全保障のカードにする意識は薄かった。

平時に備えをせず、国際社会から遅れそうになると追従する――。こんな構図は他の場面でもみられた。

4月5日。「ロシア産石炭の輸入禁止は電力需給を考えれば容易でない」。欧州連合(EU)の欧州委員会が禁輸案を示すと経済産業省は首相官邸や与党に説明してまわった。

G7は7日、ロシアによる民間人虐殺を受けて首脳声明で石炭禁輸を打ち出した。首相が日本も歩調を合わせると表明したのは翌8日だった。

輸入を止める時期や方法を経産省と詰めないままの政治判断で、政府内には「禁輸すれば冬に停電しかねない」との懸念がある。ロシア産の代替策はいまだみえない。

対ロシア制裁を巡る政府の姿は30年前と重なり、そのトラウマを引きずる。

日本は1991年の湾岸戦争で、米国が求めた自衛隊派遣はできなかった。多国籍軍へ拠出した130億ドルは金額の割に「少なすぎ、遅すぎる」と評された。

政府は人的貢献の必要性を痛感し、国連平和維持活動(PKO)協力法を制定して自衛隊の海外派遣に道を開いた。

その後のイラク戦争などでも自衛隊派遣のあり方に関する議論が中心で、経済力も外交手段に使うという意識は抜け落ちていた。

ウクライナ侵攻で日本は当初、金融やエネルギーの対ロ制裁をためらった。

台湾有事ではどうなるか。中国の国内総生産(GDP)はロシアの10倍、日本との貿易総額は15倍に上る。制裁は報復措置が予想されるためハードルは対ロシアよりも高くなる。

一方で日本との取引に依存する中国企業も少なくない。東京に駐在する社員は「日本が米国にならって電子部品などの対中輸出を制限しないか」と情報収集している。

日本は中国が貿易を止められたら困る戦略物資を把握し、万が一の事態に備える対抗手段として持つこともできる。

日本のGDPは世界3位で、民主主義陣営では米国に次ぐ。宮沢喜一氏は冷戦終結時に「マネー・トークス、経済が強いのはちっとも恥ずかしいことではない」と語っていた。経済力と人的貢献の両輪が危機時の国際協調には欠かせない。

安倍政権で官房副長官補を務めた同志社大の兼原信克教授は苦言を呈す。

「日本は有事で経済力をどう活用するか考えてこなかった。ウクライナ侵攻を第2の湾岸戦争と位置づけて総点検すべきだ」

【過去の連載はこちら】連載「ニッポンの統治」

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鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
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分析・考察

「背景には財務省や外務省などの受け身の姿勢があった。「SWIFTはベルギーに本部がある民間団体で日本は直接関与できない」と首相官邸に説明してきた。金融を安全保障のカードにする意識は薄かった」との記述があるが、この財務省や外務省の説明は正しい。

金融を安全保障のカードにするにしても、日本が金融制裁でできることはロシア中銀が日本に置いている円資産の凍結や、ロシアが日本円で起債することを阻止することくらいしかない。

金融や経済を安全保障の手段として使うためには、相手が日本に依存してなければならないが、円の国際化にも失敗し、日本市場に依存していない国に、安全保障上の措置を適用することはできない。

2022年4月26日 2:54 』