NATO拡大が招いた不安定化 米高官、四半世紀前に警鐘

NATO拡大が招いた不安定化 米高官、四半世紀前に警鐘
ワシントン支局 坂口幸裕
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN183JX0Y2A410C2000000/

『ロシアによるウクライナ侵攻は北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大を巡る対立が一つのきっかけになった。ベルリンの壁崩壊から30年あまりを経て、冷戦期にもなかった激しい戦闘が欧州で続く。NATO拡大は冷戦後の米国の政策で最も致命的な誤り――。米外交官ジョージ・ケナン氏による四半世紀前の警鐘がいま重く響く。

「メルケル氏とサルコジ氏は(多数の民間人殺害が判明した)首都キーフ(キエフ)近郊ブチャを訪れ、ロシアへの譲歩政策がもたらした結果を見てほしい」。ウクライナのゼレンスキー大統領は3日、ドイツのメルケル前首相とフランスのサルコジ元大統領を名指しする異例の批判を展開した。

念頭にあったのは2008年にルーマニアの首都ブカレストで開かれたNATO首脳会議だ。

当時、ブッシュ米大統領(第43代)がウクライナとジョージアの加盟を主張したのに対し、独仏の首脳だったメルケル氏、サルコジ氏がロシアに配慮して阻止に動いた。その結果、今回の侵攻につながったとの思いがゼレンスキー氏にはある。

NATO首脳会議が採択した「ブカレスト宣言」では、クロアチアなどとの間で加盟に向けた手続きを開始することを明記。ウクライナとジョージアについては、具体性を持たせない形で「将来加盟させることで合意した」との文言を盛った。

これをもって、当時のウクライナはNATO加盟に道が開けたと解釈する一方、米国の専門家の間ではその宣言を起点にロシアのプーチン大統領がNATO不信を増幅させたとの見方が多い。

額面通りに受け止めたプーチン氏

NATOは北大西洋条約10条に基づき新規加盟への「門戸開放」政策をとる。全加盟国の同意を前提に「いかなる欧州の国」も招き入れることができると定める。ブカレスト宣言では、原則論を維持しつつ、米欧の双方が都合よく解釈できる表現で折り合った。

米ジョンズ・ホプキンス大のメアリー・サロッティ教授(国際関係史)は米公共ラジオ放送NPRで、ブカレスト宣言を巡り「できあがった妥協案が最悪の結果を招いた」と話した。「遠い将来の話で当面は実行に移さない」という不作為の合意だったにもかかわらず「プーチン氏は額面通りに受け止めた」とみる。

米欧の軍事同盟であるNATOが発足したのは1949年。東西冷戦が89年に終結した後は、ソ連など旧共産圏の脅威に対抗するという創設当時の目的は薄れた。西側陣営に対峙した旧ソ連を中心とする軍事同盟「ワルシャワ条約機構」に参加していた国も次々とNATO入りした。

99年に東側の一員だったチェコ、ハンガリー、ポーランドが、2004年には旧ソ連から独立したバルト3国を含む7カ国がNATOに加わった。冷戦終結時に16カ国だった加盟国は30カ国に膨らんだ。冷戦後の存在意義を模索していたNATOを使い、民主主義を欧州全体に根付かせようとする米政権の思惑も働いた。

「(NATO拡大の決定は)冷戦時代の雰囲気に戻り、ロシア外交を我々の好まない方向に向かわせるかもしれない」。元ソ連大使で旧ソ連への封じ込め政策を立案したケナン氏は97年2月、米紙に「致命的な誤り」と題する論文を寄稿した。米政府内には同じ懸念を抱く高官もいたが、NATO拡大は止まらなかった。

アジアでも対ロシアで温度差

NATOの根幹である北大西洋条約の第5条は「締約国への武力攻撃を全締約国への攻撃とみなすことに同意する」と定める。一つの加盟国への攻撃を全体への攻撃と捉え、加盟国は攻撃された国の防衛義務を負う。

そこに旧ソ連地域の「裏庭」として影響下に置きたいウクライナを加入させることはプーチン氏にとって「レッドライン(越えてはならない一線)」になった。

2月24日から続くウクライナ攻撃とそれに伴う対ロシア制裁で、米欧や日本などとロシアの対立は決定的になった。ロシアと中国が結びつきを深めるのを前提に、西側諸国がアジアや中東などの国と関係を構築する努力が一段と重要になる。

例えば、東南アジア諸国連合(ASEAN)。加盟10カ国のうち、対ロ制裁で米欧と足並みをそろえるのはシンガポールのみだ。ロシアの国連人権理事会の理事国資格を停止した決議にはベトナム、ラオスが反対し、インドネシアやマレーシア、タイのほか、シンガポールも棄権に回った。

ある西側の国連外交筋は「(バイデン政権が重んじる)人権や民主主義にこだわりすぎると、中間派の中には同調できない国もある。開発や気候変動など協力できる分野で接点をつくっていくべきだ」と話す。

足元では戦後の国際秩序に挑戦する動きがやまない。イデオロギーの垣根を越えた仲間づくりを意識しなければ、権威主義国家に付け入る隙を与えかねない。

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