法も備えも穴だらけ 安全保障「最悪の事態」想定せずニッポンの統治 空白の危機感①

法も備えも穴だらけ 安全保障「最悪の事態」想定せず
ニッポンの統治 空白の危機感①
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA07COV0X00C22A4000000/

『ロシアのウクライナ侵攻は自分の国が突然、戦場になる現実を国際社会に突きつけた。中国や北朝鮮の脅威に直面する日本も例外ではない。最悪の事態を想定する危機意識を欠いてきた日本は安全保障の備えに穴がある。

ウクライナの首都キーウ(キエフ)の地下鉄はロシアの侵攻が始まって間もなく運行を停止した。列車の代わりに駅構内に広がったのは毛布やテント。深いところで地下105メートルになる駅が臨時シェルターとなった。

ウクライナのゼレンスキー大統領は16日、CNNのインタビューで「ロシアの核使用をただ待つべきではない。各国はシェルターなどで備える必要がある」と呼びかけた。

日本の地下鉄は浅い場所を走っている場合が多くシェルターとして使いにくい。危機管理に詳しい日大の福田充教授は「都内の避難施設で安全性が高いのは地下40メートル超の駅がある都営大江戸線など一部だけだ」と語る。

武力攻撃を受けたときの避難場所として都が指定した施設のなかに地下鉄駅はない。大阪府などが指定した地下鉄駅は深くても地下30メートル程度にすぎない。

「地下シェルターの強化に加えて、既存の地下空間を活用して緊急避難場所を確保」。自民党は2017年の衆院選でこんな公約を掲げた。

内閣官房によると21年4月時点でコンクリートの頑丈な建築物を指す「緊急一時避難施設」は全国に5万1994カ所。爆風被害を抑えやすい「地下施設」は1278カ所しかない。都内には1つもない区もある。

北朝鮮のミサイル飛来を想定した住民の避難訓練も今は実施していない。政府は18年6月、避難訓練を当面停止すると発表した。その10日前に北朝鮮が米国と非核化で合意したためだ。

それから4年。北朝鮮は再びミサイル発射を繰り返す。中国も軍備拡大を進め、米国防総省によれば中距離弾道ミサイルを1250発以上持つ。政府は4月15日に避難訓練の再開を表明したものの、実施時期は未定だ。

台湾有事に対処する法整備には不安があり、万全とはいえない。たとえばウクライナ侵攻でみられた戦争の前触れ段階だ。中国は開戦前に戦力を台湾近海に集め、米国も大規模な軍隊を周辺に派遣する公算が大きい。

このとき米軍が日本で部隊を展開するには制約がある。壁となるのは日米地位協定だ。政府内には米軍が民間空港で離着陸するだけでなく拠点として使うことまで可能と解釈するのは難しいとの見解がある。

米軍を後方支援できるのは安保関連法の「重要影響事態」に認定してからだ。該当するのは放置すれば日本への武力攻撃の恐れがある場合で、米中が戦力を集め始めた段階では適用しにくい。

集団的自衛権は行使できるだろうか。法律上の要件は「密接な関係にある他国」が攻撃され、日本の存立が脅かされる「存立危機事態」のときになる。仮に米中が衝突して米国が攻撃を受ければ使える場合がある。

台湾に関しては中国が中国大陸と台湾を1つの国とする「一つの中国」原則を掲げており、日本は台湾を国家と認めていない。

緊急時は台湾を国際法上の「国」とみなして支援する解釈が可能との意見はある。あらゆる事態を想定して最善の手を打てるようシミュレーションしておくことが欠かせない。

台湾有事に巻き込まれる恐れがある先島諸島の住民を避難させる法制度もこころもとない。国や地方自治体が避難に動く「国民保護法」は武力攻撃が予測される事態にならないと適用できない。

元陸上幕僚長の岩田清文氏は電子戦やサイバー戦などの法整備の遅れを指摘し「日本の法体系は国際環境や戦争形態の変化に追いついていない」と警鐘を鳴らす。

日本は戦後、軍事に関する議論をタブー視してきた。長く野党第1党だった社会党が自衛隊を合憲と認めたのは自衛隊創立から40年後。それも党首の村山富市氏が首相に就いた事情があった。

ロシアのウクライナ侵攻はデジタルと古典的な陸上戦が同時に進み、核の使用まで示唆された衝撃が大きい。

日本は前例のない危機に立ちすくみがちだ。最悪の事態に目をつむり、必要に迫られるまで動こうとしない。有事を回避することを最優先にすべきだとしても、外交や米国との同盟強化、防衛力と法の整備などを進めておく必要はある。それが結果として有事を抑止する手段にもなる。

【過去の連載はこちら】連載「ニッポンの統治」』