ロシア旗艦沈没に焦る習近平氏、台湾統一戦略に影響

ロシア旗艦沈没に焦る習近平氏、台湾統一戦略に影響
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK18BHY0Y2A410C2000000/

『「私は破壊の激しい前部の小口径砲塔へ向かった。そこは見るも無残なありさまで、砲座という砲座はすべて修復不能なまで粉砕され……」

帝政ロシア・バルチック艦隊の旗艦スヴォロフに乗り組んでいた参謀、ウラジミール・セミョーノフは、1905年5月27~28日の日本海海戦で生き残ったものの使命として、壮絶な戦闘と海底に沈む旗艦の最期を克明にづづっている。日本側による日露戦争の記録も引用した回想録「THE BATTLE OF TSUSHIMA(英語版)」(邦訳は「壊滅!!バルチック艦隊―日本海海戦の回想」)である。

対馬の高台には、ロシア・バルチック艦隊旗艦スヴォロフに乗っていた司令長官、ロジェストヴェンスキーを入院先だった佐世保の海軍病院に見舞う連合艦隊司令長官、東郷平八郎の姿を描く巨大レリーフが立つ

日露戦争の日本海海戦後、ロシアの傷兵が上陸した対馬に立つ記念碑

海戦が終わった5月28日、惨敗したバルチック艦隊の傷兵143人がボートで漂着した対馬で島民に救助され、民家に分宿のうえ医師の手当てを受けたエピソードが残っている。

対馬の高台には、日露両軍の将を描いた巨大なレリーフが立つ。撃沈された旗艦スヴォロフからバルチック艦隊を指揮した司令長官、ロジェストヴェンスキーは重傷を負いながらも生き残り、佐世保の海軍病院に入院する。レリーフには、ロジェストヴェンスキーを丁重に見舞う連合艦隊司令長官、東郷平八郎の姿がある。

中国の海軍力は「張り子の虎」か

ロシア国防省は14日、黒海艦隊の旗艦だった大型巡洋艦モスクワが沈没したと発表した。火災の後、オデッサ沖をえい航中だったという。ロシア艦隊の旗艦が戦時に沈没したのは、冒頭で紹介した対馬海峡沖でのスヴォロフの最期以来である。歴史を知るロシアの知識人らにとっては衝撃的だ。

ロシア黒海艦隊旗艦モスクワだとされる艦艇(ウクライナのゲラシチェンコ内相顧問のテレグラムから)=共同

しかもその艦船は、首都モスクワの名を冠していたのだから心理的なダメージも大きい。第2次大戦後の戦史をひもといても、似た事件は、1982年のフォークランド戦争でのアルゼンチン海軍巡洋艦ヘネラル・ベルグラノ沈没があるぐらいだ。

注目すべきは、この戦史に残る黒海での大事件が、中国の安全保障関係者にも極めて大きな衝撃を与えた事実である。ロシア側は触れたがらないが、ウクライナ軍の新鋭国産地対艦ミサイル、ネプチューン2発の命中が引き起こしたのは確かなようだ。米国防総省高官も断定している。

「それが事実なら中国が誇る海軍力も『張り子の虎』にすぎない、ということになってしまう――」。中国の関係者の頭をよぎる不安の原因はどこにあるのか。その物語は、バルチック艦隊の旗艦スヴォロフの沈没後、ちょうど100年目だった2005年、中国東北部の遼寧省大連市の造船所で、残骸にみえる艦船を中国初の空母に変身させる大胆な改修工事が確認されたことから始まる。

空母「遼寧」と旗艦モスクワは同郷

残骸にみえる艦船とは、1985年に当時、ソ連だったウクライナ南部の都市ミコライウにある著名な黒海造船工場で起工した空母ワリャーグだった。ミコライウは、今回のロシアによるウクライナ侵攻でも両軍が対峙した大都市だ。沈没した旗艦モスクワもミコライウの別の造船所で建造された。歴史は場所を変えながらつながっている。

ソ連崩壊で空母ワリャーグの建造は中断した。管轄権を持つウクライナが後に各種機器を外した「スクラップ」として、中国軍人が関わるペーパーカンパニーに売却し、最終的に大連にえい航された。

ウクライナから購入した旧ソ連製の空母ワリャ-グを改修した中国初の空母「遼寧」=ロイター

ちなみに旧ソ連の船を改修することになった大連=Dalianの街の名は、ロシア語に由来する。日清戦争後の三国干渉で清国から大連がある遼東半島先端部の租借権を得たロシアが、当地の寒村をロシア語で遠方を意味する「ダルニー」と名付けた。

中国は、旧ソ連製の空母、キエフとミンスクも似た枠組みで研究用に購入した。空母キエフは、空母ワリャーグと同じようにミコライウで建造され、最後は中国・天津のアミューズメントパークで一般公開された。

現地で実際に中に入った印象は、ヘリコプター搭載が主の小さめの旧型軽空母という感じだった。関係者によれば、旧ソ連の空母を時間をかけて地道に研究した結果、経験がなかった中国の関連技術も徐々に向上したという。

中国・天津のテーマパークで一般公開された旧ソ連製の空母キエフ

とはいえ、2012年、中国初の空母「遼寧」として就役したワリャーグの装甲が、旧ソ連の基準であるなら、旗艦モスクワのように新鋭ミサイルの攻撃で簡単に沈む恐れがある。

空母遼寧は台湾海峡を含む周辺部を航行するなど中国海軍の重要な駒だった。だが仮に国家主席で中央軍事委員会主席の習近平(シー・ジンピン)が台湾への武力行使を決断した場合でも、実戦に容易に投入できない脆弱な艦船とみられてしまう。

もちろん、その後に就役した改良型の 中国国産空母、山東では防御性能が増強された可能性はある。建造中の3隻目の空母も進水が近いとされる。それでも中国空母が台湾付近や、太平洋へ出ようとすれば対艦ミサイルなどの射程に入る。台湾側の増強も進んでいる。
台湾統一狙う習主席が得た教訓

武力による台湾統一を排除しない中国にとって今回、ショックだったのは装備、兵力、資金などあらゆる面でウクライナ軍を圧倒しているはずのロシア軍の意外なもろさである。同じように甘い見立てで武力行使に踏み切ってもロシア大統領、プーチンの轍(てつ)を踏みかねない。

海を隔てた台湾を瞬時に攻略するのは、ウクライナよりもさらに難しい。島の中心部に険峻(けんしゅん)な高山が多い台湾は、守りに適した天然の要害でもある。緒戦でもたつけば米軍など援軍が到着。西側各国が連携した厳しい対中制裁や海上封鎖も始まってしまう。エネルギーや食料を海外に頼る巨大な貿易立国、中国が受ける打撃は、ロシアとは比べものにならない。

2月4日、北京で会談する中国の習近平主席㊨とロシアのプーチン大統領=AP

中国が旧ソ連の軍事技術を様々な形で導入してきたのは事実だ。中にはロシアが中国に譲ろうとしなかった兵器の技術を、ウクライナを通じて入手したものさえある。中国の戦闘機「殲15」は、ウクライナが保有していた「スホイ33」の試作機から艦上機に関する技術を取得し、開発に成功したとされる。

今、死力をつくして戦っているウクライナ、そしてロシアは共に中国へ兵器や軍事技術を供与してきた。3国の因縁は深く複雑だ。ロシアとウクライナの危うい関係は、中国と台湾に似た面もある。ウクライナでの激戦の最終決着の形は、遠く離れた極東の中台関係にも波及しうる。日本海海戦から117年を隔てたロシア旗艦沈没の衝撃は、必ずその最終決着の形に何らかの影響を与えるだろう。(敬称略)

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中沢克二(なかざわ・かつじ)

1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』