「ミームの戦争」

「ミームの戦争」:何故に、「Zの戦争」は、平和裡に終わらないであろうのか?
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Kamil Galeev 記者による2022-4-19記事「War of memes: why Z-war won’t end with peace」

『ミームとは、脳内に保存され、他の脳へ複製可能な情報。社会的な物語。(ネットでは、文字を付け加えた画像の意味だが)。

 ロシア人たちの文化的な「思い込み」(memes)は、ウクライナを、フェイクで劣った存在だと確信している。

国家として、少しも認めてはいない。それゆえ、今やっていることは、「侵略」ではなく「解放」だと信じている。

これはロシアの文化エリートたちも、心の底からそのように思っているのである。騙されるな。この戦争はプーチン独りが続行させているわけじゃない。全ロシアの有権者が支持して続行させているのだ。ゆえに、この戦争は、ある段階で平和的に終わったりはしない。ウクライナ軍がロシア軍を根こそぎに滅ぼすまでは、平和は来ないのだと思いなさい。
 異常な深い思い込みから抜けることはない普通のロシア人たちにとって、今次戦争はフェイクを本来の姿に立ち戻らせる「人道作戦」と同義であった。だから、ウクライナ人が本気で反撃してきたことが、まったく信じられないのである。普通のロシア人には。

 私〔Kamil Galeev〕は、来る5月9日(対独戦勝記念日)より前に、露軍がウクライナの複数の都市を核攻撃したと聞かされても、すこしも驚かぬ。

 ※いま、気付いた。なぜ米国が、MRAPのサープラスではなくて、M113を送ることにしたのか。NBCフィルターが付いてないんだよ、MRAPには! 「ペントミック師団」の「大隊」版移植が、急がれているのだと思う。

 ロシア人はマリウポリの破壊の状況をメディアを通じて承知しており、それはとても良いことであると、全員思っている。すべてのウクライナの都市がああなるべきだと思っている。だからロシア国内にはもう、核の敷居は無いも同然。全有権者が、ウクライナの都市を徹底破壊することを、熱烈に支持しているのだ。

 1987ノーベル文学賞受賞者のヨシフ・ブロツキー(1940~1996、ユダヤ系)は、ロシア文学の正統を受け継いだ最後の詩人だった。

 彼は1972にソ連政府により国外追放されて以後、米国で受け入れられた(1980に米市民権獲得)。

 ブロツキーは米国で自由を得てから、「ウクライナの独立」をニュースで聞いて、詩を作っている。

 ブロツキーは概略、こう表現している。

 ――ウクライナ人よ、くたばれ。おまえたち屑はポーランド人とドイツ人に輪姦されるんだ。ドニエプル河に唾を吐いて逆流させることができると思うのなら、やってみろ。

 これが、ロシアの生んだ最高の文化人が抱いた、そして黙っていることができなかった、赤裸々な本音である。心の叫びである。他のロシア人が何を思っているのかについては、ここから推し量れるだろう。

 ブロツキーはこうも詠じている。
 ――おまえたちウクライナ人が苦しみながら死ぬときに引用する詩は、ロシアのプーシキン(アレクサンデル)であって、くそったれのシェフチェンコ(タラス)ではない。

 ここはものすごく重要なところである。
 非ロシア人には、その機微は、さっぱりわからないであろう。だから、以下、長文によって説明を申し上げる。

 西洋人は、広く翻訳されているロシアの文学(トルストイ、ドストエフスキー、チェホフ……etc.)しか知らない。じつはロシアには、他国言語には翻訳されていない作家や作品が、ゴマンと存在する。

 レーニンが贔屓にしていた、サルティコフ-シェドリンの詩作も、他国語訳は無いはずだ。

 というのは、読む者の側に、ロシアの歴史についての知識がないと、その訳文に長大な訳注を付けないことには、外国人はとうてい、その意味を取れない場合が多いのである。小説なら訳注だらけでも味わえようが、韻文は困る。だから、訳されない。

 ロシア文学の神髄は詩である。小説ではない。
 ロシア文学の神聖な正統は、詩の中に保持される。そしてそれは、西欧言語へは翻訳困難なのだ。

 過去、ロシア人に最も大きな影響を与えているロシア人作家は、誰か? プーシキン(1799~1837)である。
 プーシキンの言葉遣いが、正しい近代ロシア語の権威ある基準にされている。プーシキン以前のものは、「古文」の扱いなのである。じっさい、ロシア人はそれを読解できない。

 ロシアの小学校では「プーシキンがロシア語をつくりました」と教わる。

 ここで、ベネディクト・アンダーソン(コーネル大の政治学者で2015没。1983の『想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』で有名)の解説を借りたい。

 アンダーソンいわく。近代社会が成立する以前の世界では、言語は、「口語」と「神聖文」の二本建てであった。神聖文は、西欧であれば、ラテン語が該当した。ラテン語で会話する者はいなかったけれども、聖職者はラテン語を読んだり書いたりすることはできたわけである。

 そして、英語だろうとスペイン語だろうとフランス語だろうと、「土語」には方言が多彩で、地方が違うと、もうその言葉が通じなかったりしたものであった。近代以前には。

 近代以前の世界は、言語においても「多様」だったのである。

 欧州には、ロマンス系、ゲルマニック系、スラヴィック系の三大土語圏があり、その内部では多様をきわめていた。神聖文語としてはラテン語がひとつだけ、存在した。

 共通文語は、国際コミュニティを可能にした。ラテン語の上には欧州圏が。コーランのアラビア語の上にはイスラム圏が。漢字の上には中夏圏が成立可能であった。

 ハンチントンは宗教に着目して世界をいくつかの文明圏に分けたものだが、彼の切り分け方は、かなりテキトーなものだと思う。

 アンダーソン式に世界を捉えるなら、「神聖文語」(教会の聖職者たちが使う正式な文章)によって世界を切り分け直すことができよう。

 神聖文語で書かれている神聖なテキストを、現代の土語・口語に訳すことは、神聖を穢す冒涜だと考えられていた時代もあった。それもあって、庶民は神聖文語を読めないのが普通だったのである。

 印刷出版物の普及と、中央集権国家の登場が、古い世界(庶民の口語によるコミュニティ統一はぜったい不可能な多様世界)を一変させた。

 広い地域の全住民を統一して統治したいと思ったら、為政者の言語を全住民に強制するのが、便利であった。
 フランス王朝は、パリで話されていたフランス語だけが正しい言葉遣いであると決めて、仏国内に押し付けた。

 それはラテン語のように神聖ではなかったが、地上の権力を代表した。

 標準語でないテキストは、出版されなかった。印刷されなかった方言は、自然に消滅に向かった。

 中央集権国諸国が、それぞれの標準語を制定したことにより、それまで存在した、ラテン語による統一世界は、また分断された。

 近代国家が一国内を言語的に統一しようと、初等学校の一律教育によって統治圏の隅々にまで「ミーム」を押し付ける。その教材を提供してくれたのが「国民詩人」だったと言える。ロシアでは。すなわち、プーシキン。

 プーシキンの作品が文芸としてすぐれていたかは誰も問うところではない。19世紀のロシア国家がプーシキンの言葉遣いで国内の言語を統一しようとしたことで、プーシキンがロシア文学にとっての永遠の北極星の座を与えられた。

 ところで東欧において、かつて「神聖文語」だったのは何か? それは「古代教会スラヴ語(Old Church Slavonic)」である。

 OCSは、もともとブルガリアで話されていたスラブ語だったが、聖書のスラブ語訳に使われたことから、今日のルーマニア、モルドヴァ、ベラルーシ、ロシアの教会の間で通用するようになった。
 いわば、ロシア世界の出発点は、ブルガリアにあったのだ。

 そのあたりはスラブ語とロマンス語がまざりあっていて、口語では互いに話が通じない地域だった。

 モスクワあたりは、中世には「Zalesye」と言った。「森の後背地」という意味だった。ブルガリア周辺よりもはるかに後になって、森林帯の中に植民されたコミュニティだったことをこの名が示唆する。

 ※モンゴル騎兵は森林を敬遠した。キエフは草原なので占領されたが、モスクワは防衛できた。

 ロシア人にとって、「ロシア世界」とは、民族とも庶民語とも関係はない。教会がOCSを使っていたなら、そこは「ロシア圏」なのだ。だから、ロマンス語を話すルーマニアも、ロシア人は、ロシア世界だと看做すのである。リトアニアがロシア圏だと彼らが信ずる理由も、そこの教会がOCSを使っていたから。

 ウクライナやベラルーシの住民は、民族的にはロシア人ではない。しかし教会がOCSを使っていた。だから中世の西欧人は、ウクライナやベラルーシの住民のことも「ロシア人」と呼んだのである。

 現代ロシア人は、過去に教会がOCSを使っていた地域ならば、そこはすべてロシア領土だとマジで考えている。民族や口語言語など、いっさい、関係がないのだ。

 エカチェリーナ2世(~1876没)の時代にウクライナとベラルーシはロシアによって統治され、統一行政言語が押し付けられた。すなわち、プーシキンの言葉遣いが、押し付けられている。

 今のロシア語には、フランス語の文法の影響が強い。これも、プーシキンがフランス文化の強い影響を受けており、彼自身が仏語を流暢に話せたことに由来する。

 ロシア語の正しい綴りを決めたのも、プーシキンだった。OCSには未だ一定の決まりはなかった。

 詩人のタラス・シェフチェンコは、ウクライナ統一国家にとっての「プーシキン」となり得るわけである。シェフチェンコの遺した詩が、近代ウクライナ語の「標準原基」になり得るわけである。それが定着すれば、ウクライナはロシアではないということになる。だからロシア人はシェフチェンコを許容できない。

 プーシキンはウルトラ鷹派だった。1830にポーランドで反露叛乱がおきた。そのときプーシキンは、やつらを全滅させねばならないと書いている。

 コーカサス戦争に関しても、ジェノサイドを讃える詩を、プーシキンは書いている。

 ロシア人にとってはプーシキンが唯一絶対であり、トルストイやドストエフスキーなどは、霞んだ添え物でしかない。

 2017にプーチンの腹心のキリレンコはいみじくもこう言った。「ロシア国家は条約の上には存在していない」と。ロシアのツァーリは、それを破れる力を手にしたなら、まっさきに破るのである。

 伝統的にウクライナの教会は、司教を選挙によって任命した。ロシア本国ではそんなことは考えられなかった。宗教人も、すべてツァーリの任命というのが、ロシア流なのである。
 シェフチェンコは、反露であった。すなわち反政府詩人であった。
 この文化の違いは、埋められない。

 ウクライナには、何世紀も、「選挙」の伝統があるのだ。そしてロシアにはそれは皆無なのである。

 プーシキンの詩の一節。「然り、余は奴隷である。ただし、《世界のツァーリ様》のしもべなのだ!」

 こんな詩人が絶対化されているロシア外交と、いかなる平和的妥協など、あり得ようか? 』