中国、もう一つの地政学リスクの火薬庫

中国、もう一つの地政学リスクの火薬庫
2・24の先に待つ世界(下)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM088II0Y2A400C2000000/

『「今日のウクライナは明日の台湾」。2月24日のロシアのウクライナ侵攻開始後、台湾のSNSで盛んに発信されている言葉だ。ウクライナへの侵攻を続けるロシアを目の当たりにして中国の習近平(シー・ジンピン)指導部は悲願とする台湾統一や沖縄県・尖閣諸島への攻勢をどう考えているのか。専門家の見解を交えながら、中国を巡る地政学リスクを検証した。

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結論を先にいえば、ウクライナ危機の影響で目先の台湾有事の可能性は小さくなった。市場にとっては安心材料だ。だが「火薬庫」はより巨大化し、リスクが先送りされるにすぎない。

中国でウクライナ軍の頑強な抵抗ぶりに衝撃が走っている。中国人民解放軍にとってロシア軍はまさに仰ぎ見る存在だった。いまも最大の武器供給国で、最新型の第4世代戦闘機の「スホイ35」や対空ミサイルシステム「S400」など軍の先進技術を頼み込んで購入してきた。

解放軍の幹部には旧ソ連留学組が多い。「地上最強」と信じていたパートナーの失態は習指導部の台湾統一戦略にも影響を与えるのは必至だ。

特に地続きで侵攻できるウクライナの首都キーウ(キエフ)でさえロシアが攻略できなかったのは中国にとって完全に想定外だった。中国大陸と台湾の間には百数十キロメートル以上ある台湾海峡がまたがり、押し寄せる中国海軍には台湾の巡航ミサイルが待ち受ける。キーウ攻略より難易度は格段に高い。

ロシア軍がウクライナで苦戦した結果、中国の台湾侵攻は遠のいたとの見方=ロイター

中国の対米強硬派の有識者の間では、今年秋の共産党大会で3期目入りが確実視される習氏の次の任期が切れる2027年までの台湾侵攻を予想する声が目立っていた。だが、最近は統一戦略の見直しで大幅にずれ込むとの見方が増えている。

中国の安全保障問題に詳しい東大の松田康博教授は「台湾の武力統一のハードルが上がっただけに、中国は核による軍拡のスピードを加速させる」と指摘する。巨大な核戦力を構築して米国の介入を抑止し、台湾の「独立派」を封じ込めるとの見立てだ。

2021年版の「ミリタリー・バランス」などによると、中国は320発の核弾頭を保有する。米国防総省は中国が27年までに最大700発まで増やす可能性を指摘する。「30年までに少なくとも1000発の弾頭を保有することを意図している」とも分析。米国(現時点で約3800発)やロシア(同4325発)との距離を急ピッチで縮める行動に出そうだ。

中国・台湾の軍事専門家である防衛省防衛研究所地域研究部長の門間理良氏は「台湾本島の攻撃を見込みにくくなった習指導部が(台湾の南西に位置し、台湾が実効支配している)東沙諸島の奪還に動くシナリオも捨てきれない」と話す。27年までに実績作りに動く可能性があるとの見立てだ。

 ウクライナから購入した中国初の空母「遼寧」=防衛省統合幕僚監部提供

中国は東・南シナ海の「面の支配」を着々と進め、台湾を周辺から孤立させる戦略を描いている。米インド太平洋軍のアキリーノ司令官は3月、AP通信のインタビューで、中国が領有権を主張し周辺国と争っている南シナ海の南沙諸島の3礁を完全に軍事化したと指摘した。3礁はミスチーフ礁(中国名・美済)、ファイアリクロス礁(永暑)、スービ礁(渚碧)で「ビッグスリー」と呼ばれる。

中国は東・南シナ海を管轄する海警局の増強も進めている。中国海軍が保有するコルベット艦「056型」20隻を海警局に移管する計画だ。

近海防御用の艦艇で、速射砲や対空ミサイルなども備える。海上保安庁の巡視船よりはるかに戦闘力は高いとされる。20年時点で、海保が保有する巡視船の69隻に比べ、海警局は131隻とすでにほぼ倍を保有。この差がさらに開くことになる。尖閣諸島周辺の海域に中国公船が現れる頻度も増えそうだ。

中国が勢力を拡大しているのは海洋だけではない。インドとの国境線が画定していないカシミール地方では、中国軍が新たな橋を建設し、実効支配の動きを強めていることが今年になって判明し緊張が続いている。中印両国がともに核保有国であることにも留意が必要だ。(北京=羽田野主)

力の空白が招く紛争の「飛び火」

世界のどこかで大規模な戦争が起きると、別の地域の野心的な国家指導者などが「このタイミングで動けば、他国から大きな妨害も受けずに目的を達成できる」と考え、新たな軍事行動に出たり攻勢を強めたりする。こうして地政学リスクが「飛び火」する現象が往々にして起き、時に市場を大きく揺さぶる。

典型的なのは、1950年6月に北朝鮮の韓国侵攻で勃発した朝鮮戦争のさなかに、中国軍が隣国チベットに侵攻し、翌年制圧・併合してしまった出来事だ。

もう一つの連鎖の事例は、56年にエジプトがスエズ運河国有化を一方的に宣言、これにイスラエルと英仏の3カ国が反発し、第2次中東戦争(スエズ動乱)が勃発した時だった。ソ連がエジプト側に回り、一時は衝突が核戦争に拡大する懸念が高まった。

その間隙を縫う形で同年10月、ソ連の支配下にあったハンガリーで自由を求める群衆が蜂起。ソ連は武力鎮圧に動き、ハンガリー動乱が始まった。

ロシアによるウクライナ侵攻を引き金とする「飛び火リスク」が懸念されるのは、中国とその周辺地域だけではない。

リスクの高い地域の一つが中東だ。イスラム教シーア派盟主のイランと、同スンニ派盟主のサウジアラビアは、イエメンなどを舞台に現地の武装組織を使う形で「代理戦争」を続けている。さらにイスラエルの関与が問題を複雑にしている。イランを敵視するイスラエルはサウジからみるとまさに「敵の敵は味方」と言うべき存在で、「水面下でのサウジとイスラエルの関係はもはや準軍事同盟」とみる向きもある。

イランの核開発を凍結する「イラン核合意」は、トランプ米前政権下で崩壊過程に陥り、同合意を再建しようとする欧州諸国の取り組みもロシアのウクライナ侵攻後は事実上停止している。互いに敵意を向け合うイランと「サウジ・イスラエル準同盟」の緊張は、ささいな出来事を引き金にミサイルを撃ち合う大規模衝突を引き起こす危険をはらんでいる。
サウジアラビアの石油貯蔵施設がイエメンの新イラン武装組織から攻撃を受けた(3月25日)=ロイター

韓国では5月、尹錫悦(ユン・ソクヨル)次期大統領が率いる新政権が発足する。保守勢力が政権の座に返り咲くのは5年ぶりで、米国との同盟を強化する見通しだ。こうした動きにいら立った北朝鮮がミサイル発射や核実験などの軍事的挑発を強める恐れもある。

ロシアや中国の経済・軍事支援で政権の命脈を保ってきた北朝鮮としては、軍事的に活発に動くことで米バイデン政権がウクライナに集中できない状態をつくることができれば、中ロ両国の国益に貢献できる。朝鮮半島の動向からも再び目が離せなくなってきた。

国同士の衝突とは別に、世界の主要な大国や国連がウクライナ情勢に忙殺されている隙を突く形で、特定の強権国家がこれに反発する国内勢力を弾圧する動きを強める展開もありうる。現在そうした事態が懸念されるのは、イラクやエチオピア、ミャンマーなどだろう。(編集委員 高坂哲郎)

=おわり

[日経ヴェリタス2022年4月17日号より抜粋]』