タイ、中国潜水艦調達が暗礁 ドイツがエンジン供給拒否
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『【バンコク=村松洋兵】タイ政府による中国製潜水艦の調達計画が暗礁に乗り上げている。建造を請け負う中国国有企業はドイツ製エンジンの搭載を予定していたが、ドイツ側が供給を拒んだためだ。タイ政府は当初の合意条件通りでなければ契約破棄もあり得るとしており両国関係のしこりとなる可能性がある。
「エンジンがない潜水艦を購入する必要があるのか」。タイのプラユット首相は4月上旬、記者団にこう語り、契約が順守されなければ調達中止を検討する考えを示した。タイは2017年に同国海軍が中国側から潜水艦1隻を135億バーツ(約500億円)で調達することで合意し、23年の引き渡しを予定していた。
潜水艦の建造を担う中国国有の造船会社は当初、独エンジン大手MTUフリードリヒスハーフェンのエンジンを採用する予定だった。だが、ドイツが中国へのエンジン輸出を拒否し、造船会社が潜水艦の建造を中断しているとタイメディアが2月に報じた。
在タイ・ドイツ大使館は報道を受け「中国はタイとの契約締結前に、ドイツに対し(自国製)エンジンを潜水艦に使うことを伝えていなかった」との声明を出した。
中国側は代替策として中国製エンジンの使用か、中古潜水艦の提供を打診する。中国は21年12月に中古潜水艦をミャンマーに無償譲渡している。
タイ海軍の報道官は取材に対し「中国から直接的に代替策は知らされていない。契約通りドイツ製エンジンを搭載した潜水艦の受領を要求する」と述べた。造船会社の代表者をタイに呼んで協議し、4月末までに結論を出すという。
欧州連合(EU)から中国への武器輸出は禁止されている。天安門事件を受けた措置だった。ただ米政府系メディアのボイス・オブ・アメリカ(VOA)はエンジンを民生用として輸出する抜け穴があったとし、「中国からタイへの潜水艦売却がニュースになり(エンジン輸出の)実行が難しくなった」と指摘した。
またVOAは中国製エンジンでは十分な性能を確保できるか不明として、タイ海軍が当初の設計通りにドイツ製の搭載を求めていると報じた。
タイは14年に当時の陸軍司令官だったプラユット氏が軍事クーデターを起こした後、欧米諸国から批判を受けて中国と接近した経緯がある。インドネシアやマレーシアなど周辺国が複数の潜水艦を保有するなか、タイは1隻も持っておらず、安全保障に不可欠として中国からの調達を決めた。
タイ国立ナレースワン大学の軍事学者、ポール・チェンバース氏は、中国との潜水艦調達契約は「タイが欧米諸国に依存する必要はないというメッセージを発信するのに役立った」と指摘する。
スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、中国からタイへの武器輸出の規模はクーデター後の14~18年で、前の5年間に比べて5倍に増え、米国を逆転した。
だが、新型コロナウイルスの感染が拡大し狂いも生じた。タイは中国から潜水艦2隻の追加調達を計画したが、国民から経済再建を優先すべきだとの批判を受け、凍結を迫られた。チェンバース氏は「潜水艦問題は両国の悩みの種となっており、タイが中国以外の国からの武器調達に傾く可能性がある」と分析する。
タイ政府は次期戦闘機の調達も検討している。機種選定を担う空軍の委員会は3月、米国のステルス戦闘機「F35」を有力候補に選んだ。中国の同「殲20」やロシアの同「スホイ57」も候補に挙がっていた。
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