上海防疫に習近平氏が「ダメ出し」 焦る首相候補・李強氏

上海防疫に習近平氏が「ダメ出し」 焦る首相候補・李強氏
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK111RT0R10C22A4000000/

『「もし新型コロナウイルス対策に金メダルがあるなら、中国は必ずや、金メダルをもう1枚もらえる」。中国国家主席の習近平(シー・ジンピン)は8日、大々的に開いた北京冬季五輪・パラリンピック総括表彰式で、中国によるもう一つの「世界制覇」を紹介した。これに肝を冷やしたのは、ロックダウン(都市封鎖)が続く上海市のトップ、李強だろう。
北京冬季五輪・パラリンピック関係者を表彰する中国の習近平国家主席(左端、8日、北京の人民大会堂)=共同

なぜなら、もう1枚の金メダルは主催都市、北京市に授けられたものでもあるからだ。感染者が出ると地域を丸ごと封鎖する厳しい「ゼロコロナ」政策の体現を称賛されたライバル北京と、崖っぷちの上海は対照的である。

しかも感染が上海からほかの地域に広がれば、習が秋の共産党大会で誇示したい「コロナへの大勝利」も雲散霧消しかねない。習から信頼される「最側近」を自任してきた次期首相候補、李強としては一大事だ。冒頭の習の言葉が重くのしかかる。
ゼロコロナ徹底を伝えた使者の意味

「上海の新規感染者数は(中国)本土全体のなんと95%を占める。(習は)上海で突出する感染爆発に相当、不満なのだ」

「『ゼロコロナの大方針は決して揺らがない』というトップの厳命を急きょ、上海入りした孫春蘭(副首相)から伝えられるようでは、先が思いやられる」

「(李強は)トップと頻繁に電話で連絡を取り合い、直接、指示を受ける関係だったはずだが……」

そもそも政治に関心が薄い商都、上海の市民らだが、生活が脅かされている以上、無関心ではすまない。様々な臆測が飛び交うゆえんである。隔離先に向かった飼い主を追いかけようとしたコーギー犬が防疫要員に撲殺される映像が出回るなど、街は殺伐とした空気に包まれている。

上海市トップの李強・共産党委員会書記㊨に指示を伝える孫春蘭副首相(上海市政府ホームページから)

上海の庶民が、奇異に感じたのも当然だった。中国のコロナ対策を統括する孫春蘭が突然、上海入りしたのは4月上旬である。李強は、共産党政治局委員として同格のはずの副首相の視察に神妙な面持ちで付き従い、彼女から事細かに指示を受けた。

習の「上意」を使者の副首相から間接的に受け取るしかない姿は、不満が鬱積している上海の人々の格好の話題になった。同じ頃、中国全土から人民解放軍の医療支援部隊2000人も上海入りしていた。

感染者は、上海の外の浙江省などに強制的に連れ出され、濃厚接触者も市の郊外などに設置した臨時隔離施設に次々収容される厳しさだ。緊迫度は封鎖開始の3月28日とは比べものにならないほど高い。

上海市に設置された臨時病院=新華社AP

焦燥感を抱く李強も異例の行動に出た。6日、上海市の全共産党員に向けて公開書簡を出したのだ。「習近平同志を核心とする党中央の強いリーダーシップの下、万難を排して勝利を勝ち取ろう」という趣旨である。「党委員会の名義とはいえ、公開書簡は極めて珍しい」。北京を意識したなりふり構わぬ姿勢には、上海の関係者も驚きを隠さない。

民間主導の発想が住民を救う

鉄の規律に縛られる党員が応じるのは義務だが、長期にわたる封鎖、外出禁止で生活が成り立たなくなった庶民からは悲鳴が聞こえる。小さな子供がいる家庭では、野菜や牛乳などが不足して四苦八苦。何よりも「食」を大事にする中国、とりわけ上海の人々には耐えがたい。食い物の恨みは根深く、後々まで尾を引くのは必定である。

一方、未曽有の危機に直面した上海市民らは、縦割りの官に頼らないユニークな横の連携手法を用い始めたという。行政の末端組織である居民委員会だけでは食料配給、PCR検査の手配、医療提供など様々な仕事をこなしきれない。爆発寸前の住民の姿を見て立ち上がったのが、社区内マンションに住む高いスキルを持つ人々だ。

中小企業の社長さん、IT技術を巧みに駆使する若者、お医者さん、大学の先生……。スマートフォンやパソコンの上でつながる彼らが、手を取り合って独自に団体購入などの様々な仕事を割り当てる。少しの時間、効率よくテキパキ動くことで、コミュニティー全体がスムーズに回り出したのだ。

都市封鎖が続く上海市に運び込まれた医療関連物資(10日)=CFOTO共同

「開放的な上海は、全てにおいて官が口を出す北京とは全く違う。大半のことは民間に任せておけばうまくいく。そういう街だ」。事情通の指摘は興味深い。中央が押し付けるロックダウンとは全く逆の民間の発想が苦しむ庶民を助けているのは、ひとつの救いである。

上海では4割強の地区で順次、外出制限を解除する方向だ。とはいえ感染収束への道はまだ見えない。各地での感染拡大は、近く発表される1~3月期の中国の成長率の下押し要因になる。3月の新車販売数は2ケタ減だった。上海封鎖の影響は4~6月に反映される。2022年の実質成長率の目標である5.5%前後の達成は早くも疑問視されている。

首相として最後の1年になると明言した李克強(リー・クォーチャン)も危機感をあらわにした。経済専門家や企業家らとの座談会では「目下の国際的、国内的な環境には突発的な要因があり、予想を超えている」と率直に吐露している。
責任をとるのは誰か

その「ポスト李克強」の有力候補のひとりが李強と噂されてきた。だが皮肉なことに李克強が触れた国内の突発要因の代表例が、上海で続く都市封鎖なのだ。早期収拾できなければ、李強の経歴にも大きな傷が付く。

そもそも中国経済の中心地が異常事態に陥った政治的な責任は、いつか誰かがとらなければならない。たしかに陝西省西安市などが都市封鎖に至った責任は曖昧になった。だが、少なくとも、しくじった張本人が、政府の経済政策を担う責任者に抜てきされるのならば、かなりの違和感がある。共産党独裁といえども、ひそかに民意は気にせざるをえないのだ。

「李強はすでに(習から)最も信頼される側近ではなくなった」「(来春の首相就任を視野に入れる)早期の中央転出は消えたようだ」。上海で気の早い見方が広がる裏には、習と距離がある各勢力の冷ややかな視線もある。

「浙江閥」と呼ばれる習側近集団の破竹の勢いをそぎたいなら、李強は格好の標的だ。北京と異なる雰囲気が漂う上海は、隠れた政治闘争の舞台になってきた。かつて絶大な勢力を誇ったのは、元国家主席の江沢民(ジアン・ズォーミン)が束ねる「上海閥」だった。習は、党大会を控えた上海での前哨戦にも気を使わざるをえない。

北京冬季五輪・パラリンピックの総括表彰式に出席した習近平国家主席(8日、北京の人民大会堂)

ゼロコロナも絡み政局の不安要因が増えるなか、習は10日、海南島の南部に位置する三亜に現れた。余裕をみせているようでも、決して海外には出ない。過去2年以上、一切、外国を訪問しなかったのは、20年1月のミャンマー訪問での不在中、湖北省武漢市で最初の感染爆発が起き、対策が後手に回ってしまった反省からでもある。

一連の教訓は、ゼロコロナへのこだわりにつながる。感染力の強い変異ウイルス「オミクロン型」への効果は限定的と指摘されても、20年1月に自ら決定し、自ら手配した政策の「輝かしい成功体験」を捨てるわけにいかない。

コロナ禍の2年間で世界と中国は激変した。習が大手を振って海外に出るのは、コロナへの不安がほぼ解消した時になる。間もなくなのか、それとも、かなり先なのか。それは誰にも予想できない。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)

1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』