アップルは中国から動くか 変質する「ナッシュ均衡」

アップルは中国から動くか 変質する「ナッシュ均衡」
本社コメンテーター 中山淳史
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD110D30R10C22A4000000/

『ロシアのウクライナ侵攻以降、企業への地政学的な影響が大きなテーマになっている。
米インテルによれば、半導体に使われる物質の広がりを元素の数で表すと、1980年代が11、90年代が15、2000年以降は60以上に増えている。数の推移は半導体の性能向上が材料研究の進歩のたまものであることを示すが、問題は原料鉱物の産出場所だ。

21世紀になって使われ始めたパラジウム、ロジウム、ルテニウムなどはロシア産の比率が高いことが今回の侵攻でわかった。先端的な半導体製品ほど新しい元素を必要とし、このままでは産出国もロシアやウクライナ、アフリカの紛争地帯に集中する可能性が高まるというから、企業は現在の供給網を再検討する必要がある。

ロシアと関係が深く、台湾への侵攻リスクも増しているとされる中国と企業の関係はどうだろう。リスクが顕在化した時の打撃はロシアの比ではない。企業には「相手を刺激するからいたずらに動けない」との事情もあるだろうが、中国との関係に、変化の波が寄せつつある可能性はないか。

「囚人のジレンマ」で損失を最小化

政治や経済の分析に使う「ゲーム理論」に「ナッシュ均衡」という考え方があり、情勢を理解する上で役立つとされている。

プレーヤーが複数いて相手の出方がわからない時に、どのプレーヤーも自分の損失を最小限にすべく、一定の妥協を容認しながら均衡状態を求める、というものだ。

ナッシュ均衡は「囚人のジレンマ」と呼ばれる状況でも知られ、例えば2人の共同犯(囚人)が別々に留置されているとする。

検察官から刑の軽減を条件に自白を求められた場合、2人は最も刑期を短くできる「黙秘」(利益の最大化)ではなく、どちらも刑期をほどほどにできる「自白」(損失の最小化)を選択しがちになる。

黙秘をすると、もう一方が自白した場合に自分の刑だけが重くなり、互いに疑心暗鬼になるからだ。

「損失の最小化」はウクライナ侵攻前のロシアと米欧の関係でもみられた。

ロシアは北大西洋条約機構(NATO)の影響力を排除したいが、天然ガスや石油を西側に売りたい。

欧州連合(EU)や米国はロシアの軍事的脅威を取り除きたいが、天然ガスや希少鉱物がほしい。

そうした二律背反の落とし所を探り、ナッシュ均衡に至った状況では「最初に自分の利得に走ったプレーヤーが最も損をする」という経験則もある。

実際、均衡を破ったロシアは主要国が経済制裁などで結束したため、大きな打撃を受けている。

損失は米欧や日本企業にも及んでいるが、だからこそ企業は均衡を壊したロシアとの関係を避ける動きを強める。

ハイテク産業なら希少鉱物の調達先を新たに求めるか、希少鉱物をなるべく使わないか、または一度輸入したものを再生利用する技術の確立に動く。

中国との協力関係に変化も

では、中国との関係はどうか。米アップルを例に考えてみよう。

米国と中国はすでにハイテク分野などで輸出規制を相互に設けているが、アップルは従来続く均衡状態をおおむね保ち、スマートフォン「iPhone」のほぼ全量を中国で生産(台湾の鴻海精密工業などに委託)する。

一方、中国政府は世界貿易機関(WTO)に加盟した01年ごろから製造用地の手当て、インフラ整備、サプライヤーの誘致などを通じて、同社に全面的に協力してきた。

アップルはiPhoneなどの製造、販売両面で中国と関係を築いてきた(21年9月、北京市内)=ロイター

従来の均衡点とは、中国が「技術移転を受け、雇用も生み出せるから何でも要望を聞く」。アップル側は「市場へのアクセスが速くなるから中国政府の懐に飛び込み、ウィンウィンの関係を保ちたい」というものだっただろう。

しかし、米中摩擦にロシアと日米欧の対立も加わり、協力を前提とする関係は変質している可能性が高い。

アップルは台湾侵攻の懸念がある中でも台湾製半導体を使い、台湾企業の中国製造拠点で組み立てをする。中国事業に対し、同国政府が介入する場面(例えば、アップルの中国人顧客のデータを同国内に移転させ、データの提供を中国の法律に準拠させた、など)も増え、株主や米政府関係者から懸念の声が高まっている。

日本企業も頭の体操を

ヒントはバイデン政権の動きかもしれない。

2月に米国が表明した「インド太平洋戦略」で柱の一つは供給網の再構築だ。欧州とも供給網や最先端技術での協力を話す「米EU貿易・技術評議会」が始まり、「ウクライナ後」と「台湾有事」を意識した供給網づくりが動き出した可能性を感じる。

アップルもおそらく米国政府と情報交換をしつつ、様々な対策を用意し始めたはずだ。例えば、中国が現状を保つならコストを考えて製造場所と供給網を今のままにする。一方、中国が台湾問題で均衡を破る兆しがあれば、米国政府の協力も仰ぎ、大規模に動く。

何も言わないアップルだが、実はナッシュ均衡の変質を想定し、動く、動かない場合の損失利得を計算しているのは確実だ。筆者が複数のアップルウオッチャーへの聞き取りで得た結論でもある。

一方で、アップルの供給網はiPhoneの場合で延べ38万キロメートルに及び、地球から月までの距離に匹敵する。見直しにかかる時間と費用が莫大なほか、中国の反発も予想され、困難な作業になる。

翻って日本だ。アップルは中国に自前の製造資産を持たないが、日本の自動車産業などにはそれがある。変質するナッシュ均衡を巡り、タブーなき頭の体操がアップルと同様に必要、ということだ。

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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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分析・考察

アップルはグローバリズムの縮図である。

その強さは物作りの技術ではなく、アーキテクチャーである。

アップルにとって中国は加工工場であり、市場でもある。ファーウェのCFOがカナダで捕まったとき、そのカバンから出てきたのはファーウェの携帯とタブレットではなく、iPhoneとiPadだった。

アップルが自分のサプライチェーンをどのようにして強靭化するかは自分で考えるだろうが、中国を軸とするシンプルな供給網から樹形の強靭化した供給網に変わるだろう

2022年4月13日 11:3
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中山 淳史

自動車、電機など産業動向、経営トレンドに精通。編集委員、論説委員などを経て2017年2月より現職。「GEと東芝」「移動の未来」などで講演多数。2001年の米同時テロをニューヨーク駐在時に取材。アルゼンチン留学も。

アップルは中国から動くか 変質する「ナッシュ均衡」(10:35 更新)
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